3 鬼堂数馬という術者ー3

 治癒を終えた時には既に日没が迫っていたので、数馬かずまは、妖種ようしゅ退治の間、街道を封鎖する為に派遣していた黒衆くろしゅうの郎党二人が戻るのを待って、荷駄を預けていた最寄りの村に引き返し、そこで一泊することを決めた。


 妖種が退治されたと聞いた村長たちは、大喜びで『術者様たち』を邸に招いた。


 そこまでは、二緒子がこれまで経験した『役』と同じだった。

 違ったのは、その後だ。


 数馬は、戎士じゅうし組の為に、村長の邸の中庭に天幕を張ったり、井戸や厠を使ったりできるよう交渉してくれ、簡単な炊き出しまで頼んでくれた。

 しかも、一刻程どこかへ消えていたと思ったら、掘り起こしたばかりと思しき薬草の束を手に戻ってきて、伊吹椎菜いぶきしいなに渡していた。体力の回復に効くから、よく煮出して源七郎げんしちろうに飲ませておけ、と。


 夕暮の中、二緒子におこは中庭の一角で足を止めて、その様子を見ていた。


 不思議な気持ちだった。


東北護台とうほくごだい』に東の諸国から妖種退治の案件が舞い込むと、黒衆は、まずその時に手の空いている術者に『えき』を割り当てる。


 その連絡が里目付さとめつけを通して八手やつでの里にやってくると、今度は族長と上役たちが、やはりその時に手が空いている戎士組を、その術者の下につける。依頼文の内容から、最難度の狩りになると予想される場合は、遊撃要員として水守家が加えられる。


 つまり、戎士の側から見ると、行き先や難易度以上に、黒衆の誰がその『役』を率いるのか、毎回その場になってみないとわからない訳で、殆ど富くじである。


 それで言うと、二緒子が経験した過去三回の『役』の術者たちは、『外れ』だった。

 妖種の対処は戎士組に丸投げし、自分は後方の安全地帯で高みの見物を決め込んでいるか、戎士たちの奮闘で妖種が弱り切ったところへ登場し、とどめだけを刺して悦に入るような者たちばかりだったからだ。

 それでいて、近在の人々の感謝を独り占めし、自分たちばかりが饗応だの賄賂だのを受けているのだから、普段、あまり他者の悪口を言わない二緒子ですら『何だかなあ』と思ったものだった。


 だから、斃すべき妖種の下見や分析まで自ら行い、自ら現場に立って郎党や戎士たちに指示を出し、率先して戦闘の一端をも担った数馬の姿は、意外などというものではなかった。

 まして、戎士に対して『やられた者は放っておけ』と見棄てるのではなく、自ら手を尽くして救済しようとするに至っては、衝撃すら覚えていた。


 薬草を受け取った伊吹椎菜が、何度も頭を下げながら、甲斐源七郎を運び込んだ天幕の方へ走って行く。

 踵を返した数馬が、ふと二緒子を見やり、こちらへ歩いてくる。

 二緒子は慌てて脇へ退いて、頭を下げた。


一也いちやは大丈夫か?」


 通り過ぎるかと思ったが、数馬は二緒子の傍らで足を止め、声をかけてきた。

 いつも通り、その顔に表情というものはなく、声音も無機質ではあった。

 だが、二緒子はそこに、そこはかとない気遣いの響きを感じ取っていた。


「は、はい。殆ど神力ちからを使わずに済みましたから」


 それも、これまでとは全く違った。

 術者に『役』を丸投げされた八手一族の組長たちは、それをまたそっくり水守家に丸投げしてきたので、一也は毎回、二緒子を護りながら、使えるだけの霊力と神力を振るい、何とか妖種を斬ってのけた後は、その場で昏倒してしまうことが多かった。

 怪我を負うことも度々だった。


 しかし、数馬は、八手一族と水守家がそれぞれの特性を生かして連携できるよう采配を振り、どちらか一方だけに過度の危険を押し付けることなく妖種退治を完遂させてくれた。

 おかげで、一也は神力を使い果たすこともなく、怪我を負うこともなかった。


「本当に、ありがとうございました」

「――最も効率良く『役』を完遂させる方法を考えるのは、私の役目だ」


 感謝の深さで頭を下げたが、数馬は受け取ることなく、視線を背けた。


「別にお前たちの為ではない。勘違いするな」

「っ――はい。申し訳ありません」


 見えない手で、いきなり頬を叩かれたようだった。

 二緒子は数歩後ずさり、小さく身を縮めながら、頭を下げた。


 怯えを滲ませた少女の姿に、青年がハッとする。

 まだ十七、八歳の若い顔を、苦いような表情が走り抜けた。


「――問題がないなら、いい」


 だが、数馬は、次の瞬間にはその表情を消していた。


「明日は早立ちだ。お前も早く休んでおけ」


 淡々と言い置いて、そのまま、傍らを通り過ぎていく。


「はい」


 頭を上げて、二緒子はその背を見送った。


 鬼堂数馬。

 あの鬼堂興国おきくにの息子。


 初対面は、斗和田とわだにおける鬼堂家の本陣だったが、その時から、黒衆の中でも図抜けて強い霊珠れいじゅを持っていると思っていた。


 だからこそ、その立場とも相まって、初対面の時の二緒子は、彼に恐怖しか感じなかった。一也と変わらない年齢なのに、常に能面でも貼り付けているかのような無表情も、淡々とした無機質な話し方も、冷たいものにしか感じられなかった。


 だが、斗和田からの国までの道中、数馬は一度も、父親や他の黒衆のように、二緒子たちを化け物と見下したり、威圧したりすることはなかった。

 鬼堂興国が『質』を二緒子に換えるとか四輝しきを取り上げるとか言い出して一也と衝突した折は、仲裁にも立ってくれた。


 ただ、その一方で、主に逆らったことは罪だとして、一也を牢に入れる裁定を下した。

 そして、彼から言い渡された、『何があろうと、黒衆、一般の人々、八手一族の者に、神剣、神力を向けることは禁止』という命令が、その後の、八手一族の理不尽な横暴や嫌がらせの助長に繋がったことを考えると、あの時は素直に感謝する気持ちにはなれなかった。


(よくわからない人)


 逢う度に印象が変わる。

 それでも、やはり鬼堂数馬という人間は、あの父親や他の黒衆たちとは『違う』。

 それだけは確かだと、この時の二緒子は思ったのだった。

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