60 七尾清十郎ー1
七尾清十郎には、彼らの姿を視界に映す度に、思い出す光景があった。
視界を煙らせる赤。
肉を裂き、骨を断つ衝撃が、握り込んでいる剣の柄から臓腑の底まで伝わってくる。
爆ぜる断末魔が耳の奥で渦を巻き、鼓膜を灼き潰していくようだった。
――『役』の筈だった。
いつもの通り、黒衆と共に異郷の地へ赴き、異形を狩る。
だが、
それでも、初めは、何の疑問も覚えなかった。
家族と同胞を護る為、命じられたことを命じられた通りにこなす。
それが正しいことだと、信じて疑ったことなど無かったからだ。
だが。
『
『それを渡せと言われてハイと渡すほど、我ら
その真摯な叫びを聞いた時、胸の奥で淡い靄が渦を巻いた。
『下賤の田舎術者どもが、この鬼堂興国に向かって何を偉そうに』
一族の生殺を握る絶対君主のせせら嗤いを耳にした時、その靄はさらに大きく、濃くなった。
後から思い返せば、それこそ、数代ぶりに里にただ一人誕生した『先祖返り』として、幼少の頃から強固に植え付けられてきた価値観が揺らいだ瞬間だったのだろう。
だが、『質』の少女を、里で待つ妻子や同胞たちを想えば、命令に逆らうことはできない。
だから、殺した。
それまで妖種を斬ることしか知らなかった愛用の大剣に初めて人の血を吸わせた瞬間、言いようのない悪寒が全身を貫いたが、手を止めることはできなかった。
それに足を止められれば、空間そのものを固定する霊能の術に捕らえられる。
そこを、斧や鋤や鍬を持って参戦した村人たちに滅多打ちにされれば、相手を田舎術者と侮っていた黒衆は勿論、戎士たちですらどうすることもできなかった。
と言って、
だから、殺し続けるしかなかったのだ。
途中、清十郎が従っていた鬼堂興国率いる本陣に先行して湖の方へ向かい、真神の所在を探っていた二番組と四番組が、『
『同胞を殺された』という怒りのままに、『先祖返り』の神力と抜きんでた身体能力を以て、神和一族の『念縛』に捕らわれる前に距離を詰め、大剣で斬り、『繰糸』で縊って、術者を斃した。
だが、愛用の大剣を柄まで血に染めて戦い、殺し続けた、その果てに。
自分たちを『化け物』と罵った、幼い少年の叫びを聞いた。
十七歳の若者が、最後の一人になっても、まだ戦う術を知らない幼い弟妹を背に庇って、命懸けで抗う姿を目の当たりにした。
真神の消滅と共に湖が崩壊し、生き残った黒衆や戎士たちと共に逃れた高台から、溢れた濁流が麓の村を押し流していく光景を見た。
そして、斗和田から戻って、妻と共に眠る双子の寝顔に、兄姉たちの腕の中で母を求めて泣いていた同い年の赤ん坊の顔が重なった時、自分たちが一体何をやったのか――気が付いた。
***
「組長! 伊織様!」
「戻ったか、
「はい」
清十郎が振り返ると、初対面の十人が十人とも『人が良さそう』と評する顔が、ほっと綻んだ。
「加勢が間に合わず、申し訳ありません。あ、でも、三朗殿がいる? 良かった。無事、取り戻されたんですね」
瓦礫の山をひょいひょいと身軽に避けてやって来た青年が、そこに水守家の三人が揃っていることを確認して、居住まいを正す。
「ええと、
「初めまして」
一番組の副長であれば、当然斗和田にも従軍していたし、絶対に『初めまして』ではない。
だが、一也は混ぜ返すようなことはせず穏やかに答礼し、弟妹二人も素直にそれに倣った。
その様子に、竜之介はホッとしたように息を吐いて、清十郎に視線を向けた。
「ご無事で何よりでした。先に
「そうか……」
「数馬様から退去の許可が出たということだったので、それならと、女たちには真っすぐ里へ戻ってもらい、桧山様たちには、
「わかった」
一つ頷いてから、清十郎は視線を巡らせた。
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