16 襲来ー3

 鬼堂きどう家と黒衆くろしゅうが属する神狩かがり一族の発祥は、南方は火の国と伝えられる。


 彼らは、同じくその地に生を享けた御間城みまきの帝に従って秋津洲あきつしまを東征した後、朝廷内に『常盤台ときわだい』という異形、霊障の対処を専門とする部署を得て、急速に勢力を拡大させていった。


 それに伴って、当初、ただ一家より始まった一族はその数を増やし、やがて御三家と呼ばれる三つの家が、その他の家と所属する術者たちを従える体制を創り上げた。


 その三家の名を、時任ときとう、九条、鬼堂という。


 このうちの時任家が始まりの家、すなわち神狩一族宗家を代々継承し、残る二家は、宗家の足元を支える二柱家にちゅうけと呼ばれた。


 以来、神狩一族の発展と繁栄は、央城のそれに重なる。


 しかし、人が増え、社会が複雑化していくにつれて、人と人が争い合う事態もまた激化していった。それは、神狩の一族も例外ではなかった。


 鳳紀ほうき五〇五年――秋。


 央城おうきの双門の一つ、羅睺らごう門に妖種ようしゅが現れたという報せが、常盤台に届く。


 羅睺門は、帝の居城である瑞籬宮みずがきのみやに通じる要衝であるから、当然、常盤台の術者たちは対処に動いた。


 結果としては、妖種は滅された。


 だが、これと同時に、常盤台は、当代の神狩一族宗家にして常盤台の長官、すなわち神祇頭じんぎのかみの要職を担っていた時任ときとう保名やすなが、二四歳という若さで戦死した、と発表した。


 その後、時任保名に後継者たるべき実子が居なかったことから、九条家と鬼堂家の間で神狩宗家の名跡を巡る争いが勃発した、とされている。


 この時の二柱家の当主が、共に二五歳だった、鬼堂式部しきぶと九条青明せいめいである。


 常盤台に名を連ねる官吏としても神狩一族の術者としても遜色なく、それぞれが一族内外に強固な人脈を築いてもいたから、争いは容易に決着せず、事態は混迷の一途をたどった。


 しかし、翌年の新春、朝廷が発表した人事で、常盤台の神祇頭には九条青明が就任。

 そして鬼堂式部には、東方四国の一つ、の国の国司という席が用意された。


 こうして、およそ五百年以上に渡って鉄の結束を誇ってきた神狩一族が、二つに分たれることになった。

 その後、九条家と共に都に残った者たちは央城神狩、鬼堂家と共に阿の国に移った者たちが黒衆と呼ばれることになったのである。


 ***


「顔だけじゃなく、頭もいいのね、斗和田とわだのお兄さん」


 大山椒魚の真ん中の頭の上に、降って湧いたように人影が現れた。


「――女?」

「小娘じゃないか」


 その姿に、周囲から一斉に声が上がる。


 確かにそれは、二緒子や三朗と同世代に見える少女だった。

 紫色の生地に、青、赤、黄、黒の差し色が入った、何とも派手な色合いのうちぎをまとい、市女笠いちめがさを被っている。

 笠の縁から垂れる長く薄い紗――虫垂むしたぎぬが視線を遮るので顔立ちまでははっきりしないが、瓜実型の小さな顔の印象だけは見て取れる。


「何者だ‼」

「私がお探しの術者。『半裂はんさき』の主よ」


 戸渡左門の喚き声に、少女は、ぽんと自分で自分の胸を叩いてみせた。


「『半裂』?」

「可愛いでしょう? 身体は大きいし、頭は三つもあるし、おめめもくりくりしてるし」


 紗の隙間から覗く眸が、にこりと笑う。

 つまり、『半裂』とは、この大山椒魚の名前であるらしい。


「貴様のような小娘が術者だと? 笑わせるな!」

「ご挨拶ね」


 重なる喚き声に、唇が尖る気配がした。


「無能なおじさんに限って、女だの年齢だので人を莫迦にしてくるのは、央城も東方も変わらないのねえ」

「なっ」

「で、そう言う奴に限って見た目も貧相、それ以上に霊力ちからも貧相。ろくなものじゃないのよね。あーあ、つまんない。鬼堂興国おきくにの部下にはこんなのしか居ないの? どうせなら、顔が良くて頭もいいって噂の息子なら良かったのに」

「なっ、なっ、なっ」


 ぽんぽんと投げつけられる言葉に三朗が目を丸くしていると、戸渡左門の顔が真っ青になり、次いで、真っ赤になった。


「お、お館様を呼び捨てにするとは。小娘が、後で後悔しても遅いぞ!」

「後で後悔するって言い回しが既に頭の悪さを証明しているわよ、おじさん」

「喧しい!」


 怒鳴りざま、戸渡左門は右手を跳ね上げ、掌を虚空に向けた。


 その上に、淡い緑色の光を放つ繭玉ぐらいの大きさの光の珠が浮かび上がる。

 次の瞬間、その光の珠がふっと空に溶けて、二本足で立って四本の長い手を振りかざした、青鈍あおにび色の猿が出現した。


「やれ!」


 命令と共に、猿が大山椒魚目掛けて跳躍する。

 四本の手の内の三本が山椒魚の三つの頭を掴み、残る一本が、頭上の少女に向かって伸びた。


 だが、それが華奢な身体を掴む寸前、ぴかり、ぴかり、と光が奔った。


 次の瞬間、猿の手は、中途で真二つに断ち切られていた。

 切り口から緑色の体液が撒き散らされ、先端の方は地面に落ちて、つかの間びくびくとのたうった。


 同時に、大山椒魚が正面から猿に体当たりを食らわせる。

 猿は呆気なく空を飛んで『美波屋』の屋根に落下し、そのまま奥の棟を突き破って、仰向けにひっくり返った。


 その上で、再び鋭い光が躍った。

 猿の喉が大きく裂け、緑色の体液が噴き上がる。六本の両手両足が、びくん、びくんと痙攣しながら跳ね上がる。

 その動きが次第に小さくなり、噴出する体液が途絶えたところで、青鈍色の猿は手足の先から細かい塵に変じ、消え始めた。


「はい、おじさんの敗け。私たちの勝ちね」


 語尾に、ひゅっ、と風を切る音が重なった。


 同時に、一也が動いた。

 腰に佩いている鉄剣の方を抜き放つや否や、虚空で何かを打ち払う。


「あら、庇うの? 黒衆なんて、あなたにとっては仇敵でしょ?」

「今は鬼堂家の戎士じゅうし。となれば、義務は果たさねばならないので」

「そうしなければ自分の命が無いのだものね。ほんと、『しち』は大変ね」


 大山椒魚の頭の上に悠然と立ったまま、少女が笑った。


 その足元で風が巻く。

 それが、白色の体毛を持つイタチのかたちを取った。

 ただ、その大きさは普通のイタチの三倍はあり、空にくねっている大きく長い尾の先端は鎌のようにとがり、冴え冴えと光っている。この刃が戸渡左門の『使』を一瞬で切り刻み、今も危うくその首を刎ねるところだったのだ。


「『使』が、二体だと?」


 戸渡左門が頬を引き攣らせた。


『神縛り』は、自らのたましいで異形のたましいを縛る術であるから、術者にも大きな負担がかかる。

 異形の力にもよるが、通常は一体が限界だということを、三朗ですら知識として知っていた。


「あら、これだけじゃないわよ?」


 ところが、少女はあっさり首を振ると、両手を軽く翻した。

 その両脇に再び光が閃き、二つの影が滲み出る。

 一つは、背中にびっしりとハリネズミのような棘を生やした、牛ほどもある大きさのモグラ、もう一つは、上半身は青色の髪と肌を持つ人間の女で、下半身が青光りするトカゲという異形だった。


「『半裂』、『風鎌かざかま』、『泥炭でいたん』、そして『竜子たつこ』よ」


 唖然とし、次いで呆然となった戸渡左門や八手やつで一族の戎士たちに向かって、純粋に自慢する様子で両手を広げる。


「可愛いでしょ。強そうでしょ? 実際に、私たちの玩具たちはとても強いのよ。だからね、力比べに来たの。鬼堂興国が手に入れたって言う、最強の玩具たちと」


 一也、二緒子、三朗を順に見据えて、少女はにっこりと笑った。


「てことで、少し私たちと遊んでちょうだい」


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