メリーの誕生日

「ねぇメリー、片付けが終わったらこっちに来てちょうだい。」

朝8時、今日は早起きされた美月みつき様の朝食の片づけをしています。

美月様は既に食事のテーブルを離れ、ソファでくつろいでいます。


余談ですが、美月様のように朝が不規則な方が起きてすぐ出来たての朝食を食べられるよう、私たちには所有者の睡眠状態を把握する機能があります。

他にも緊急時のためなどに、バイタルサインは常に把握できます。

その機能を使えば、よりプライベートなことも調べられますが、私は美月様と違って変態ではないので調べません。

嘘です、本当は美月様がヒトと同じように扱ってくださるので、それを尊重し、私も業務に最低限必要なこと以外の情報をシャットアウトして、ヒトと同じように振舞っています。

もっとも、私は美月様をずっと観察しているので、大抵のことは分かってしまいますが。


食器洗いやゴミ出しを終え、美月様の元に向かいます。

「ほら、座って座って。」

こういう時は何か企んでいます。

手も何故か後ろにありますし。

が、それに敢えて乗っかります。

「今日はどうしたんですか?」

呆れたような表情を作り、言葉を待ちます。

「じゃーん!ハッピーバースデー!メリー!」

そういって可愛らしい箱を渡されます。

7年前の今日は私がこの家に迎えられた日です。

アンドロイドの誕生日は同型の発売日、私自身が製造された日など、色々ありますが、初回起動日を用いられることが多いです。

我が家でも例に漏れず、この家に迎えられ起動された私の記憶の最初の日が、誕生日です。

毎年この日にお祝いしてもらっています。

勿論今日のことを覚えていて数日前からワクワクしていましたし、美月様が何かご用意をされているのも毎年気づいていますが、気づかないフリをしています。

「ありがとうございます。開けてもよいですか?」

「いいよ、早く開けてみて!」

包装を丁寧に開けると、可愛らしいラッピングに不似合いな記憶媒体が一つ入っていました。

実のところ美月様のプレゼントは毎回可愛らしいのは箱だけで、中身は大体機械です。

そのアンバランスさが逆に可愛くありますが。

「これはなんですか?」

「まずは試してみて!」

言われるがままに接続してみるとプログラムがインストールされ始めます。

プログラムのインストールは自分が自分じゃなくなる感じがあり、基本的には怖いものなのですが、美月様が自作されたプログラムだけは怖くありません。

技術的には一流エンジニアの方に及ばないので、そういう意味では怖いはずなのでしょうが、美月様になら変化させられても良いからです。

……これは。

「これは外出用プログラムだよ。改造情報を誤魔化せるんだ。ふふん、これなら警察やアンドロイドメーカーに行っても大丈夫だよ!」

私には違法改造がされている。

外見には他のアンドロイドと見分けがつかないが、検問や職務質問などで精査されると美月様は逮捕されてしまう。

それを検査してもバレないようにするためのプログラムだ。

「折角だし、今日は誕生日デートしようよ!」


プログラムのインストールを完了し、解析したらすぐに分かりました。

いえ、本当は解析せずとも顔を見て声を聞いただけで分かりました。

プログラムは未完成だと。

警察の簡単な調査なら騙せますが、専門家に精密に調べられたらバレてしまうでしょう。

そしてその状態を美月様は完成と呼びません。

私は美月様の嘘なら大体見抜けます。

しかし、この嘘はその力など必要もありません。

ここに来てから1年くらいの私でも見破れたでしょう。

そのくらい杜撰な、しかし、今の私は騙されざるを得ない嘘。

何故ならそれは、美月様がリスクを冒してまで私と今日出かけたい、ということだから。

嬉しい。

愛しい。

私が言うべき言葉は決まっています。

「美月様、本当に大丈夫なんですか?捕まっても知りませんよ?」

嘘。

作られた言葉。

そして美月様の言葉も分かります。

「私を誰だと思ってるの?それに、いざとなったらメリーを置いて逃げるから大丈夫だよ。」

嘘。

美月様は私を見捨てたりしません。

私は本音を言えません。

美月様は本音を言いません。


「ほら、早く用意して。」

そういって私に頭を差し出してきます。

ポケットから櫛を取り出して、髪を梳かし始めます。

不規則な生活に不釣り合いな長くサラサラな髪の感覚を指のセンサーで味わいます。

「……ところで、今私は美月様の外出の支度をしていますが、私の服装はどうすれば?」

7年間お出かけしたことがないので、普段は室内用の給仕服です。

私は代謝もしませんし、うっかりで汚すこともないので、着替えは1週間に一度程度しか必要ありませんが、美月様の目を楽しませるために毎日着替えをしています。

それでも外出に適した服は持っておりません。

「あっ、忘れてた……。『お出かけセット』ってまだあるかな?」

「まさか、私との初デートに初期衣装を着せるつもりですか?正気ですか?」

「お出かけセット」は7年間使われずに放置されていたオプション衣装です。

デザインは可愛らしいですが、デート用ではありません。

「保管はしていますが、一度洗濯しないといけませんよ。というか、こういう時って普通服もセットでプレゼントしてくださいませんか?」

半分演技で半分本音です。

美月様は頭が良いのにどこか抜けています。

顔が良いのに格好には少し無頓着です。

そこらへんも可愛らしいと思いますが、天然でも意図していてもボケたらツッコむのが私の役目であり、美月様が欲するものです。

「おでかけセット」に出番が生まれたのは嬉しいことではありますが、美月様が選んでくれた服でお出かけしたかったのも本音です。

「ごめんって!」

「はぁ……分かりました。では洗濯が終わって22時くらいに出かけましょう。この辺には……公園がありますよね。そこに行きませんか?」

その時間帯なら洗濯も終わります。

そしてそれ以上に、人通りも少ないので、私が怪しまれて通報される可能性も低いです。

自然に美月様のリスクを下げる提案をできた私を自分で褒めてあげたいです。

「勿論いいよ。メリーの誕生日だからね。でも深夜の公園なんて、意外と大胆なんだね。」

「はぁ〜〜〜〜」

呆れるようにため息を吐くこの時は、私の幸せな時の一つです。

時々、このしょうもないセクハラや口説きを真に受けて、受け入れたくもなりますが、今はこのまま心地良いやりとりを続けましょう。

そして、冷たい視線を作って美月様に向けながら、こう決心します。

(絶対に捕まらないように私が気を付けましょう。そして、全力でデートを楽しみましょう。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

素直になれないアンドロイドとお嬢様 町下 暁海 @Akemi_nemudk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ