アラン・フィンリー探偵事務所 ～奇妙な依頼～（女×男女不問）

第1話 奇妙な依頼

・クレシダ：

あなたが連絡をくれた方ですか？

・アラン：

ええ、そうです。

・クレシダ：

私はロンドン警視庁のクレシダ・ライルです。

あなたのお名前を伺（うかが）ってもよろしいですか？

・アラン：

ええ

僕の名前はアラン・フィンリー

・クレシダ：

ご職業は？

・アラン：

探偵です

・クレシダ：

そうですか・・・

（時は少し遡（さかのぼ）る）

・アラン：（モノローグ）

三月の某日、暦（こよみ）の上ではもう春だというのに、この時期のロンドンはまだ寒い

特に朝であれば、なおさらだ。

僕はいつものように、イーストエンドの路地にある、ビルへと向かう

事務所へ入ると、入り口で取って来た郵便物をデスクの上に置き、給湯室へと向かう

そして、ハロッズのブレンドティーでミルクティーを作り、

このミルクティーを飲んで、僕の一日が始まる

・クレシダ：（モノローグ）

ロンドンは５月にならないと、春らしい気温にはならない、３月でも雪が降る日もある

こんな時期にスプリングコートなんて着る人の気が知れない

私は、いつものパブで朝食をとったあと、オフィスへと向かう

今日は何もない、のどかな一日だといいのだけど・・・

・アラン：（モノローグ）

僕はデスクの椅子に座り、のんびりと、事務所に届いた郵便物を眺める

いつもの、見慣れた広告ばかりだ

しかし今日は、そんな、いつもと変わらない郵便物の中に、少し重みのある封筒があった

・アラン：

差出人はアイラ・テイラーか・・・

・アラン：（モノローグ）

その差出人の名前は記憶にない

僕は慎重に封筒をあけた

・アラン：

これは・・・

・アラン：（モノローグ）

中には手書きの便箋（びんせん）と、ドアのものと思われる鍵が２本入っていた。

手紙の内容はこうだ

・クレシダ：（モノローグ）

拝啓（はいけい）、探偵様

突然ですが、あなた様に私の命を守って頂きたいのです

私は、ある重大な事実を知ってしまい、命を狙われております。

それについては、あなた様に直接お会いしてからお話したいと思います。

・アラン：

これは何とも穏（おだ）やかじゃないな・・・

・アラン：（モノローグ）

手紙は続いていた

・クレシダ：（モノローグ）

もし、あなた様とお会いする前に、私が殺された場合を考えて、私の家と部屋の合鍵を託します。

部屋のパソコンの中には、私が知った「事実」に関する資料が入っています。

私の身に万が一の事がありましたら、パソコンの中の資料を公表して下さい。

その場合、私は報酬がお支払い出来ない状態でしょうから、あなた様には前金にて報酬をお支払いいたします。

・アラン：（モノローグ）

と書かれていた。

そして、依頼人の住所と連絡先の電話番号、文の最後にパソコンのログインＩＤとパスワードが書かれており、

八千ポンドの小切手が添えられていた

・アラン：

八千ポンド・・・探偵に支払う金額にしては多すぎるな

・アラン：（モノローグ）

僕は最初、この依頼を断ろうと思った

身辺調査は探偵の仕事だが、身辺警護（けいご）は探偵の仕事ではない

彼女は探偵ではなく、シークレットサービスに相談すべきだ

・アラン：

断るなら、早い方がいいだろう・・

・アラン：（モノローグ）

僕は取り急ぎ、依頼人のアイラ・テイラーに連絡をしてみる事にした

しかし、何度コールしてもアイラ・テイラーが電話に出る事はなかった

・アラン：

嫌な予感がするな

・クレシダ：（モノローグ）

今日の私は、朝から雑多（ざった）な仕事に追われていた

会議の資料、事件の調査報告書、その他、諸々の書類の処理・・心底うんざりする。

だが、こういった事も警察官の仕事なのだから仕方がないか

・アラン：（モノローグ）

僕は、この依頼を受けるかどうかを、アイラ・テイラーに直接あって、事情を聞いてから決める事にした。

そして、僕はアイラ・テイラーに会うため、手紙に書かれている住所へと向かった

手紙に書かれている住所に行ってみると、そこには１軒の家が立っていた

僕は、その家の玄関先まで行き、ベルを鳴らした

それが、この物語の始まりだという事にも、気づかないままに

玄関先のベルを鳴らしたが、反応はなかった

僕はドアノブを回してみた・・が鍵がかかっている

もしやと思い、アイラから送られてきた鍵の一つを、鍵穴に挿してみた、

すると、カチャリという音をたて鍵は開いた

僕はこの時、何かのゲームを強（し）いられているような、憂鬱（ゆううつ）にも似た、嫌な感覚に包まれた

・クレシダ：（モノローグ）

書類の処理をする度（たび）に「私はこんな事をするために、ここに居るのだろうか」と思う

けど、実際のところ、この寒空の下、現場に出る事を考えると、書類の処理方が、遥かに楽だけど

まぁ、都合のいいジレンマという奴ね

・アラン：（モノローグ）

僕は扉を開けて中に入った。

家の中は人の気配は感じられないが、それでも、慎重に部屋を確認していく

家の中は、あまり生活感を感じない。使用感があるのは、キッチンくらいだ・・

家の中を一通り確認し、あとは二階の一番奥の扉を残すだけとなった

他の部屋には、かかっていない鍵が、この扉にだけは、かかっている

僕は迷いもなく、もう一つのカギを鍵穴にさした。

やはり、カギはこの扉のモノだった

僕はこの時も、何かのゲームを強（し）いられているような感覚に包まれた

・クレシダ：（モノローグ）

私は、暖房の効いた部屋で、書類の処理をしながら、まだ朝だと言うのに、今度新しく出来た店の、「パスティー」が気になっていた。　まったく呑気（のんき）なものね

昼食には、いつもサンドイッチを食べているけど、「評判の店」と言われれば、気になるものだ、今日は少し早めのランチにするかな

・アラン：（モノローグ）

二階の一番奥の部屋は書斎のようだ

部屋の様子から、ここの住人が、多くの時間をこの部屋で過ごしていた事が分かる

壁には本棚が置かれ、薬品や化学系、医療に関する専門書が並べられていた。

別の棚には、趣味の類（たぐい）であろう、ミステリーや、ハードボイルドの本が、大量に並べられている。

窓際には、少し広めのデスクがあり、その上には、パソコンと、いくつもの書類や本が置かれていた。

この部屋を見るからに、この家の住人は、科学者か研究者なのだろう

書斎としては、どこにでもありそうな部屋だ

ただ一つ、部屋の隅で、女性が血を流して倒れている事を除けば

・クレシダ：（モノローグ）

時計の針が１０時半を指した頃、私の思惑（おもわく）を嘲（あざ）笑うかのように、デスクの電話がなり、私は現場に駆り出される事となる

まぁ、所詮（しょせん）現実なんて、そんなもんなのだろうね

・アラン：（モノローグ）

部屋の状態を見て、僕は考える

倒れている女性は、依頼主のアイラ・テイラーであり、状況から見て、もう生きてはいないだろう

死体を見つけた以上、善良な市民である僕は、警察を呼ばなければならない

しかし、僕の手元には、八千ポンドの小切手がある

不本意ではあるが、これが僕の手元にある以上、僕は依頼を断っていない状態になる

それに、彼女が命を懸けて頼んできた依頼だとしたら、無下（むげ）にする訳にもいかないだろう

・クレシダ：（モノローグ）

その日、私を寒空の下に連れ出した電話は、殺人事件を知らせるものだった

家の中で女性が血を流して倒れており、背中にはナイフが刺さっているらしい

その連絡を受けて、私は、部下のリチャードと共に現場へと向かった

・アラン：（モノローグ）

改めてアイラの依頼を考える

一つ目は、アイラの命を守る事、そして、もう一つは、彼女が死んだ場合、パソコンの中の資料を公表して欲しいという事。

この部屋は、死体の発見現場となる訳だから、ここに警察が来れば、もう僕には、パソコンの中身を知る術（すべ）が無くなる

そうなる前に、パソコンの中身を確認しておくべきだろう

僕はそう判断し、パソコンの電源を入れた。勿論、手袋をはめて

しかし、パソコンは、電源を入れてもログイン画面にはならかった

これは、僕の知る限り、ＯＳごとパソコン内部のデータを消去した時の状態だ

これを元の状態に戻すには、専用のツールと時間が必要だ

今この状況で、僕に出来る事は無いと判断し、僕はそのままパソコンの電源を切り、警察を呼ぶことにした

この時も、僕は何かのゲームを強いられている感覚に包まれた。

・アラン：

アイラ、君は一体、僕に何をさせたかったんだ

・アラン：（モノローグ）

僕は、もう死んでいるであろう、その依頼主に向けて語りかけた

・クレシダ：（モノローグ）

私達は程なくして、現場に到着した

通報のあった住所には、情報通り、一軒の家が建っていた

玄関先まで行き、ベルを鳴らす

すると、程なくして、一人の人物が現れた

この家の住人だろうか、それとも・・・

・アラン：

ご苦労様です

・クレシダ：

あなたが連絡をくれた方ですか？

・アラン：

ええ、そうです。

・クレシダ：

私はロンドン警視庁のクレシダ・ライルです。

あなたのお名前を伺（うかが）ってもよろしいですか？

・アラン：

ええ

僕の名前はアラン・フィンリー

・クレシダ：

ご職業は？

・アラン：

探偵です。

・クレシダ：

そうですか・・・

・クレシダ：（モノローグ）

探偵がどうしてここに

一見したところ、犯人ではなさそうだけど

・クレシダ：

ではアラン、詳しい状況を教えていただきたいのですが

この場に最初に足を踏み入れたのは、あなたですか？

・アラン：

僕が初めてなのかどうかは、わかりません

ただ、鍵を開けてここに入ったのは、多分、僕が最初でしょうね。

・クレシダ：

なるほど・・・

・クレシダ：

で、死体のあった場所はどこですか？

・アラン：

二階の一番奥の部屋です。

こちらです

・クレシダ：（モノローグ）

私達は、アラン・フィンリーと名乗る人物の後について、殺人現場へと向かった

部屋は１２平米を少し超える程度の広さ、本棚と机が置かれており、本棚に近い場所で人がうつ伏せに倒れている

背中にはナイフが刺さり、そこから出血したであろう血がカーペットを染めていた

私は署に連絡し、鑑識（かんしき）と救急車を手配するように依頼した

部屋には争った形跡がない、アランがいうには、この部屋には鍵がかかっていたという

窓にも鍵がかかっているようだ

・クレシダ：

アラン、この部屋で、あなたは何かに触りましたか？

・アラン：

いえ、何も

・クレシダ：（モノローグ）

という事は、この部屋は密室という事になるのか

争った形跡がないという事は、顔見知りの犯行か・・・それとも

・クレシダ：

アラン、一応、あなたが第一発見者という事になるのですが、

あなたがここにいる理由を教えてもらえませんか

・アラン：

僕は、この家の住人のアイラ・テイラーから、依頼の手紙をもらって、ここに来たんです。

・クレシダ：

なるほど

この家の住人はアイラ・テイラーというのですね

・アラン：

ええ、依頼主の言う事が本当であればですが

・クレシダ：

で、ここで死んでいる人物が、そのアイラ・テイラーなのですか？

・アラン：

僕も会ったことがないので、それはわかりませんが、おそらくは

・クレシダ：

どうして、そう思うのですか？

・アラン：

彼女とは、現在連絡が取れない状態です。

状況から考えると、その遺体の人物がアイラと考えるのが妥当かと

・クレシダ：

なるほど

ちなみに、その依頼とは、どんな内容なのですか？

・アラン：

本来は守秘義務（しゅひぎむ）があるので教えられないのですが・・・

・クレシダ：

しかし、これが殺人事件なら、あなたも容疑者の一人となりますので

捜査の過程で、お話していただく事になると思いますよ。

・アラン：

そうですね、ではお話します。

どうやら、彼女もそれを望んでいるようですし

・クレシダ：（モノローグ）

アランは、今日ここに来た経緯（いきさつ）を全て話し

アイラ・テイラーから受け取ったという、手紙や鍵、小切手を見せてくれた

・クレシダ：

なるほど、あなたがここに居る理由は分かりました。

これらの品は、証拠品として、お預かりしてもよろしいですか？

・アラン：

ええ、最終的に返していただけるのであれば、構いませんが、こちらからもお願いがあります

・クレシダ：

なんでしょうか？

・アラン：

僕も探偵として、依頼主の頼みは聞いてやりたいと思っています

ですから、彼女のパソコンにどんな資料があったのかを教えて頂けませんか？

・クレシダ：

うーん・・・そうですね

事件解決後でもよろしければ、証拠品をお返しする際に、必要なものだけを、閲覧出来るようにしてもよいですが・・

・アラン：

それでは少し遅すぎます、出来れば直ぐにでも知りたいですね

・クレシダ：

それは、どういう理由ですか？

・アラン：

アイラは、僕に依頼の手紙を出した後、短時間で死んでいます

もしかしたら、彼女が死んだ理由の中に、時間的な要素が含まれている可能性があると考えます

・クレシダ：

時間的な要素・・・ですか

例えば、どんな

・アラン：

そうですね、あくまでも、例えばですが

何か違法な取引があるとか、特定の日時に重要な決断が下されるとかですかね

事件解決後であれば、それが既に終わってしまっている可能性が高い

・クレシダ：

なるほど、だからアイラが資料を公表する前に、命を狙われたという事か・・

・アラン：

・・・

・クレシダ：

アラン、あなたの言っている事は分かりました。

しかし、もし、公表しなければならない様な、違法な何かがあったとするなら

それは警察の役目であって、探偵の役目ではないでしょう、そういう事は我々警察に任せて頂きたい

・アラン：

警察に任せれば、アイラの希望通りに、資料を公表すると？

警察にそれが出来ますか？

・クレシダ：

・・・勿論、公表するかどうかは、警察の判断になりますが・・・

・アラン：

それが信用できないから、彼女は探偵に依頼したのでしょう

それに、違法とまでは言えないケースの場合、警察は何か出来ますか？

・クレシダ：

それは・・・

・アラン：

ひょっとしたら、アイラ・テイラーは、既に一度、警察に相談しているのかもしれませんよ

そして、それが元で、彼女が死んだ可能性だってある

・クレシダ：

それは流石に・・・

・アラン：

とにかく、人が一人、死んでいるんです、そして、それは僕の依頼主だ

僕の頼みを聞いて頂けないのなら、この封筒をお渡しする訳には行きません、今のところは僕の私物（しぶつ）ですから

・クレシダ：

・・・

・アラン：

クレシダさん、僕は探偵なので、守秘義務（しゅひぎむ）は守ります、捜査（そうさ）の障害（しょうがい）となるような事はしませんよ

それに、今後、僕もアイラについて調査をしますので、捜査協力もできますよ

・クレシダ：

そうですか・・・わかりました

・クレシダ：（モノローグ）

私は不本意ではあったが、アランの依頼を承諾する事にした

今回は殺人事件でもあるし、捜査協力をしてもらえるのは、正直ありがたい

・クレシダ：

では、とりあえず、どんな資料が入っているか、今からパソコンを立ち上げて見ましょうか、

手紙に書いてあった、ログインＩＤとパスワードを教えてください。

・アラン：

え・・ええ

・クレシダ：（モノローグ）

私はパソコンの電源をいれた・・しかし、ログイン画面は表示されない

・クレシダ：

これは・・・

・アラン：

どうやら、ＯＳをインストールする前の状態のようですね、データが消されたんじゃないでしょうか

・クレシダ：（モノローグ）

これは、犯人が消したと考えるのが妥当だろう、彼女を殺してから、パソコンのデータを消去して立ち去ったという事か

部屋には争った形跡がない事からも、犯人はアイラと近しい人物か

・クレシダ：

このパソコンは、署に持ち帰って、専門家に復旧（ふっきゅう）をしてもらう事にします。

約束通り、どんな資料があるか分かったら、連絡しますよ

・アラン：

そうですか、分かりました。

では、アイラの手紙は、その時にお渡しいたします。

・クレシダ：

我々が信用できないという事ですか？

・アラン：

いえ、念のためです。

・クレシダ：

・・・

・アラン：

それまでに、僕の方でもアイラ・テイラーについて調査をしておきます。

その情報も一緒にお渡ししますよ

・クレシダ：

分かりました

・アラン：

では、僕はもう帰ってもいいですか？

・クレシダ：

ええ、大丈夫です、気をつけて帰って下さい

・アラン：

ありがとうございます

あ、それと、もう敬語でなくても大丈夫ですよ

・クレシダ：

ふふ・・・ええ、分かったわ

・アラン：（モノローグ）

そして僕は、この家を後にした

僕は事務所に戻ってから、アイラ・テイラーについて調査を始めた

アイラの家で、僕は、警察を呼び、彼らが到着するまでの数十分間、アイラの家の中を捜索していた

そして、アイラの所属する会社のＩＤカード、運転免許証、携帯電話、デスクの上のノートなどから、彼女に関する情報の幾つかを入手していた

それによると、アイラは、ＲＩ（アール・アイ）という製薬会社に勤めていたようだ

僕は、ネット上に散らばっている、ＲＩ製薬の事業内容、製品、ここ数年のニュースや株価などを調べた

また、アイラをはじめとする、ＲＩ製薬の社員や、アイラの携帯電話の中にあった人物の、ブログや、フェイスブックなどのＳＮＳを注意深く調査した

・クレシダ：（モノローグ）

ロンドン警視庁は、アイラ・テイラーの司法解剖と、殺人現場にあったパソコンの復旧を始めた

それと同時に、現場周辺の捜索（そうさく）や、アイラの勤め先への聞き込みを行った

そして、ある程度、調査が進んだ頃

約束通り、アランを呼ぶことにした

・アラン：（モノローグ）

事件から３日後、クレシダさんから、証拠品を持ってきて欲しいとの電話があり、僕は封筒を持って、警視庁へと向かった

・クレシダ：

アラン、すまないわね、わざわざ来てもらって

・アラン：

いえ、ここに来ないと資料は見れませんから

・クレシダ：

それなんだけどね、アラン

・アラン：

どうしたんですか？　まさか、今になって「資料は見せられない」とか言うんですか？

・クレシダ：

いや、そうじゃないの

結論からいうと、パソコンは復旧しなかったのよ

・アラン：

え？

・クレシダ：

普通に削除をしただけなら、復旧させる事は難しくないんだけど

あのパソコンには、ご丁寧に、廃棄（はいき）業者の使う、強力な削除ソフトが使われていたらしいの

痕跡（こんせき）も残さず、キレイさっぱり消されていたんですって

そこまでして、消したい資料が入っていたのね

・アラン：

クレシダさん、そのパソコンは本当にアイラのものだったんですか？

例えば、元々何も入っていないパソコンとすり替えたとか

・クレシダ：

私達もそう思って調べてみたのよ

けど、あのパソコンは、３年前に会社がアイラに貸与（たいよ）したもので、日頃からアイラはあのパソコンで仕事をしていたようよ

パソコンのシリアルナンバーが、会社の管理台帳と一致したわ

・アラン：

そうですか・・・

・クレシダ：

あの家には、他にパソコンは無かったし、アイラの手紙に書いてあったパソコンも、あれだと見て間違いないと思うわ

・アラン：

それじゃ、仕方がないですね・・では、これをお渡しします。

・クレシダ：（モノローグ）

アランはそう言って、アイラ・テイラーの封筒を私に渡してくれた

かなり残念そうな顔をしていたのは、少し可哀想な気がした

・クレシダ：

アラン、その代わりと言ったらなんだけど、こちらの調べた情報を教えるわ

・アラン：

どういう情報ですか？

・クレシダ：

アイラ・テイラーは、ＲＩ（アール・アイ）製薬の社員で、薬品の開発部に所属していてね

そこで、新薬（しんやく）の臨床（りんしょう）実験などを担当していたようなの

会社の評価も悪くなく、仕事ぶりは真面目で、正義感の強い人間だったようね

・アラン：

優秀な社員だったんですね

で、彼女の死亡推定（すいてい）時刻は分かりますか？

・クレシダ：

えぇ、死亡推定時刻は、前日の２０時から２３時の間だったみたい

・アラン：

前日・・

・クレシダ：

あと、アイラは殺される直前に睡眠薬のようなものを飲まされていたようなのよ

・アラン：

睡眠薬ですか？　その「ようなもの」というのは、どういう意味ですか？

・クレシダ：

何を飲まされたかまでは特定できないのよ

ただ、「抗（こう）うつ剤」のような成分も検出されていて、飲まされた薬は一種類じゃない可能性もあるの

・アラン：

抗うつ剤ですか・・

・クレシダ：

えぇ、アイラはここ数年、医者にはかかっていないようよ、つまり、アイラの飲まされた薬は、アイラの物じゃないという事になるわ

・アラン：

犯人の物という事ですか？

・クレシダ：

そうね・・と言いたいところだけど、アイラの勤め先は製薬会社だから、製薬会社の関係者なら、手に入れる事は出来るでしょ

・アラン：

そうですね

・クレシダ：

私がアランに話してあげられるのは、今はこれくらいね、どう、役に立ちそう？

・アラン：

ええ、それなりに・・

・アラン：（モノローグ）

僕はロンドン警視庁を後にした

パソコンの中の資料が消されていたのは残念だったが、アイラの依頼がこれで終わった訳ではない

資料と同じ情報を、僕が手に入れるしかないという事だろう

僕は、そんな焦燥感（しょうそうかん）にも似た気持ちの中、アイラの机の中にあった、バーの名刺の事を思い出した

Ｃｈｅｒｒｙ－Ｗｏｏｄ　Ｐｉｐｅ（チェリーウッド　パイプ）という名の、そのバーの事を・・・

・クレシダ：（モノローグ）

私はアイラの司法解剖（しほうかいぼう）の結果が妙に気になっていた

アイラの飲まされた薬が、何であったかまでは特定できないが、彼女が製薬会社に勤務していた事を考えると

犯人は、薬が入手しやすい、その製薬会社の人間の可能性が高い

私達は、アイラが会社で何かのトラブルを起こしていないかを、もう一度、念入りに洗い直す事にした

・アラン：（モノローグ）

「チェリーウッド　パイプ」と言う名前は、文字通り「桜の木で作ったパイプ」という意味だが、これはシャーロックホームズが小説の中で、よく使っていたパイプの種類だ

そんな名前の付いたこのバーは、ミステリーマニアの間では、わりと名の知れたバーのようだった

アイラの書斎を見た限り、アイラは、かなりのミステリー好きのようだったから、この店に行けば、アイラの事が少しは分かるかもしれない。

そう思った僕は、この店に足を運ぶことにした

・クレシダ：（モノローグ）

アイラについて聞き込みを続けた結果、私達は新たな事実を知る事となった

どうやら彼女は、会社の上層部（じょうそうぶ）と、何らかのトラブルを抱（かか）えていたようだ

殺されたアイラは、会社で臨床（りんしょう）試験の担当をしていた。

新薬の臨床試験のデータをめぐって、会社とアイラの間に何かがあったのかもしれない

もし、そうであれば、アランに公表して欲しいと依頼していた資料は、その臨床試験のデータである可能性もある

だとしたら、アイラを殺した犯人は、会社の上層部の誰かかもしれないわね・・・

しかし、人を殺してまで、消さなければならない資料とは一体・・・

・アラン：（モノローグ）

僕は「チェリーウッド　パイプ」を訪れていた

店はカウンターと幾つかのソファー席がある、それ程大きくはない店だ

壁には、ホームズを始め、ポアロ、マープル、デュパンなど、小説に登場する有名な探偵の絵が飾られていた。

バーには珍しく、本棚が置かれ、探偵小説が並べられていた

いかにもミステリー好きが集まりそうな店だ

僕はバーテンダーにアイラ・テイラーの事について聞いてみた。

・クレシダ：（モノローグ）

製薬会社の捜査は順調かと思っていた時、私達は大きな壁にぶつかった

会社の上層部（じょうそうぶ）の人達が、捜査に渋（しぶ）い顔を見せ始めたのだ

まぁ、その時点で、私達に「怪（あや）しさ」をアピールしているようなものなのだけど、それだけでは逮捕できないからなぁ・・・

・アラン：（モノローグ）

アイラはやはり、この店の常連客だった

バーテンダーによると、アイラは読書とスコッチウイスキーをこよなく愛する女性で、プライベートでの交友関係は極端に少なかったようだ

アイラは、よく「バランタイン」というスコッチウィスキーのソーダ割りを好んで飲んでいたようだったが

それは、ウィスキーのソーダ割りが、シャーロックホームズの好きな飲み方だったからだと教えてくれた。

また、最近になって、アイラは自分が殺されるかもしれないと話していたという

そして、「きっとホームズなら解決してくれるのに」とまで言っていたようだった

僕はバーテンダーに一通りの話を聞いた後、店を出た

店を出た後、僕はアイラ・テイラーが、どんな想いで僕に手紙を書いたのかという事に想いを巡らせた

・アラン：

ふう・・・

アイラ・・・君は探偵を買いかぶりすぎだよ

事件を解決する探偵なんて、小説の中にしかいないのさ・・・

・アラン：（モノローグ）

ため息が、寒空（さむぞら）に溶けて行った後、僕はクレシダ・ライルに電話を入れる事にした

・クレシダ：（モノローグ）

私達の目の前の壁は、思いのほか大きく、私達を悩ませていた

このままでは、捜査が暗礁（あんしょう）に乗り上げるかもしれないと、頭を抱えていた時、アランから電話がかかって来た

・クレシダ：

はい、クレシダ・ライル

・アラン：

僕です

・クレシダ：

あぁ、アラン。　どうしたの、こんな時間に？

・アラン：

捜査の方はどうなっているのかと思いまして

・クレシダ：

どうかと聞かれても、あんまり民間人に、捜査の内容を教える訳には行かないんだけど・・・

と言いたいところなんだけど、ちょっと壁にぶつかってしまっててね、今、悩んでいるところなのよ

・アラン：

捜査の壁ですか？

・クレシダ：

えぇ

実は、アイラは会社の上層部とトラブルを抱えていたらしいの

・アラン：

ほう

・クレシダ：

私達は、ＲＩ（アール・アイ）製薬が、新薬の臨床試験で、何らかの不正をしていたんじゃないかと睨（にら）んだの。

そして、その不正について、アイラと会社との間に何かがあって、アイラが殺されたんじゃないかと思っている。

・アラン：

それなら

・クレシダ：

でもね、証拠が揃（そろ）わないのよ

ＲＩ製薬に資料の提出を求めたんだけど、新薬の資料は企業秘密だとして、提出を拒否されたわ

強制的に資料を提出させるには、裁判所の令状（れいじょう）を取る必要があるんだけど、それには証拠がいるのよ

・アラン：

なるほど・・・

・クレシダ：

殺人の証拠をつかむ為に、殺人の証拠がいるって話ね・・・まったく・・・どうすればいいのやら

・アラン：

クレシダさん、ＲＩ製薬の社員に、ブラント・フレミングという人物がいた事はご存じですか？

・クレシダ：

いえ、知らないわ

・アラン：

アイラとは違う部署だったようですが、同じ新薬の開発に携わっていた男性だという話です

・クレシダ：

へー

で、その人物がどうかしたの？

・アラン：

二年前に自殺しているようです

・クレシダ：

なんですって

・クレシダ：

アイラと同じ、新薬に関わった人間が死んでるというの？

・アラン：

しかも、アイラはどうやら、その男性の死は自殺ではないと思っていたようですね。

彼女なりに真相（しんそう）を探っていたようですよ

・クレシダ：

それは本当なの？

・アラン：

ええ、アイラはその事を、彼女の行きつけのバーで、バーテンダーに話してます

・クレシダ：

だとしたら、新薬の開発に携わった人間が、二年間に二人死んだことになるわね

しかも、ブラント・フレミングの死が自殺でなかったとしたら・・アイラがそれを調べていた事も、彼女を殺した動機になる訳ね

・アラン：

・・・

・クレシダ：

アランはどう思う？

・アラン：

まぁ、僕は捜査の事は分かりませんが、そちらの線から辿（たど）って行けば、壁はすり抜けられるかもしれませんね

・クレシダ：

えぇ、そうね

ありがとう、アラン、そっちの線を探ってみるわ

・アラン：

お役に立ててよかったです。

では、僕はこれで

・クレシダ：（モノローグ）

そう言って、アランは電話を切った

アランの電話の後、すぐに私達はブラント・フレミングについて、捜査する事にした。

警視庁に残っている資料によると、ブラントは、病院で入院中に首を吊（つ）り、自殺した事になっている。

死体の状況から自殺と判断され、事件性についての詳しい捜査は、殆どされていない。

・クレシダ：

これを洗ってみるか・・・

・アラン：（モノローグ）

僕は電話を切ってから、事務所に戻り、ブラント・フレミングが死亡した時期に何が起きていたかを調べる事にした

こういった事件で、探偵の出来る事など殆どない

出来る事といえば、警察には掴（つか）めないような情報を集めて、彼らに突きつけてやる事くらいだ

僕はインターネットを使って、丁寧に、注意深く、当時の様子を探っていく

・クレシダ：（モノローグ）

ブラント・フレミングは、２年前、うつ病と診断され、精神病棟（びょうとう）に入院をしている

その入院中に、薬を大量に服薬（ふくやく）して、首を吊り、自殺したという事だった

ＲＩ製薬の社員の話だと、うつ病と診断される前のブラントは、ごく普通の男性で、勤務態度にも特に変わった様子は無かったという。

ブラントの受診歴（じゅしんれき）を調べてみたが、精神病棟に入院するまで、彼が他の病院を受診したという記録はない

不思議な事はそれだけではない、

病院のカルテによると、ブラントは昼間に精神科を受診し、彼の希望で、その日のうちに精神病棟に入院をしている

・クレシダ：

つまり、ごく普通の人間が、ある日突然、うつ病になって、すぐに入院したって事？

そんな事があるのかしら・・・

・クレシダ：（モノローグ）

私がブラントの死に疑問を持ち始めたそんな時、またアランから電話がかかって来た

・クレシダ：

はい、クレシダ・ライル

・アラン：

僕です

・クレシダ：

アラン、どうしたの？

・アラン：

ブラント・フレミングについて、何か分かりましたか？

・クレシダ：

えぇ、いろいろね

ブラントは、ある日突然うつ病になって、精神病棟に入院していたらしいの、

で、病院内で薬を大量に服薬した後、首を吊って自殺している

・アラン：

そうですか

・クレシダ：

アランの方は、何か分かった事はあるの？

・アラン：

ええ

ブラント・フレミングが自殺する２ヶ月前、ＲＩ製薬の「第一相（だいいっそう）試験結果」が、保険省に承認されています

・クレシダ：

あぁ、新薬の最初の臨床試験ね

それが、今回の事件と何か関係があるの？

・アラン：

ええ、とても

・クレシダ：

何なの？　それは

・アラン：

ブラントは、その臨床試験のデータについて、保険省に対して、内部告発をしています。

・クレシダ：

なんですって

そんな事はこっちの調査では出て来なかっわよ

・アラン：

おそらく、もみ消されたのでしょうね

・クレシダ：

それは、本当なの？

・アラン：

ええ

ブラントは、その事を自分のフェイスブックで書いています

・クレシダ：

ちょっと待ってよ、ブラント・フレミングは、フェイスブックをやっていないわ

・アラン：

いえ、やってたんですよ、その時までは

・クレシダ：

どういう事？

・アラン：

ブラントのフェイスブックは、２年前には確かに存在していました。でも今は、綺麗さっぱり消えているんです。

・クレシダ：

じゃぁ、どうして存在していた事がわかるのよ

・アラン：

アイラ・テイラーが自分のフェイスブックで、ブラントの内部告発の書き込みを、引用していました。

画像で引用していたので、削除する人達は見つけられなかったのでしょうね

・クレシダ：

削除する人達って・・・ちょっと、まさか

・アラン：

おかしいと思いませんか、ある日突然、うつ病になって、自分のフェイスブックを全て綺麗に消すなんて

・クレシダ：

・・・

・アラン：

フェイスブックが消えているだけじゃない、

クレシダさんの話では、ブラントは自殺前に、大量服薬をしているんですよね？

・クレシダ：

えぇ、でも、うつ病患者が、大量服薬をする事は珍しい事ではないらしいわ

・アラン：

そこだけ見れば、そうですね

でも、精神障害で入院している人間が、どうして、そんなに大量の薬を持っていたのでしょう

病院が大量に処方（しょほう）したんですか？

・クレシダ：

いえ、ブラントの荷物の中に、大量の薬が入っていたという事で、彼が自分で持ち込んだという事になっているわ

・アラン：

ほう、それはそれは

じゃぁ、ブラントはその薬をどこで手に入れたんでしょうね、それに

精神障害で入院する人間の私物（しぶつ）をチェックしないなんて、随分（ずいぶん）と優しい病院なんですね

もし、患者がナイフや拳銃を持っていたら、どうするつもりだったのでしょう

・クレシダ：

・・・

・アラン：

それにしても、ブラント・フレミングは、随分と用意のいい男性だったんですね

ある日突然、自分のフェイスブックを全て消してから、大量の薬を持ち込んで入院するなんてね

・クレシダ：

あぁもう、わかった、わかった！

そこまで言わなくても、分かってるわよ

私だって、ブラントの死には疑問をもってるのよ

・アラン：

すみません・・・つい

・クレシダ：

いえ、いいの

・クレシダ：

でも、それだと病院も怪しいという事になるけど・・・

・アラン：

彼はＲＩ製薬の社員ですから、入院するとしたら、ＲＩ製薬関連の病院ではないんですか？

・クレシダ：

確かに、入院先はＲＩ製薬の所有する病院だけど・・そこまで組織ぐるみという事？

・アラン：

その頃、臨床試験の結果が保険省に承認された事で、ＲＩ製薬の株価がかなり動いています

内部告発で承認が取り消されたら、大損（おおぞん）する人もいるんじゃないんですかね

・クレシダ：

インサイダー取引・・・それで・・・

・アラン：

僕とクレシダさんの予想通り、もし、ブラントの死が自殺じゃなかったとしたら

クレシダさんの目の前にある壁は、崩れ去ると思いますよ

・クレシダ：

えぇ、そうね、これで、ＲＩ製薬の上層部に踏み込めるわ

・アラン：

それはよかった

でも、アイラ・テイラーが暴（あば）こうとしていたのは、多分、そこじゃ無いと思いますよ

・クレシダ：

そこじゃない・・・って

じゃぁ、どこだというの？

・アラン：

ブラント・フレミングは、内部告発をしています

内部告発をする前であれば、会社の人間だけでいいのでしょうが

告発した後であれば・・・

・クレシダ：

保険省・・・

・アラン：

ええ

・クレシダ：

アランは、保険省がこの件に絡んでいると思っているのね

・アラン：

ええ、告発者が殺される程の内容ですよ、

その告発状が届いているのにも関わらず、問題にならなかったという事は

・クレシダ：

保険省の内部で、告発をもみ消した人がいるって事ね

・アラン：

そう思う方が自然ですよね

おそらく、アイラは、それを暴（あば）きたかったのだと思いますよ

・クレシダ：

だけど、保険省となると、民間企業の上層部とは話が違ってくるわねぇ

・アラン：

殺人事件が絡んでいるなら、大手（おおで）を振って捜査できるんじゃないんですか？

ブラントのフェイスブックを消した人物は、多分、そっち側にいると思いますよ。

告発した事実と、告発内容が知られて困るのは、もみ消しをした、保険省の方でしょうから

・クレシダ：

なるほど

それなら、告発があった事実と、告発内容を手に入れて、それを元に第三者機関に再検討させれば、

おのずと、告発をもみ消した人が、炙（あぶ）り出されるって事よね

・アラン：

ええ、それで、アイラ・テイラーの暴きたかった事実が明るみに出ると思いますよ。

・クレシダ：

しかし、想像以上に大きな案件になるかもしれないわね

・アラン：

そうですね

ですが、大人の事情で、捜査終了なんていうのは、なしにして欲しいですね

・クレシダ：

えぇ、私もそうならないように努力してみるわ

・クレシダ：（モノローグ）

私達はそれから、ブラント・フレミングの入院について、病院を調査した

聞き込みの結果、ブラントが入院したのは、昼間ではなく、夕方だった事が分かった

入院した日の夕方、ぐったりしたブラントを、男性が支えながら病院に連れて来た事を、仕事終わりの清掃員が覚えていた

その情報を元に、病院の防犯カメラの映像から、ブラントを病院に連れて来た人物を特定した。

ブラントを病院に連れて来た人物は、彼の所属する部署の部長であった

そして、その部長と、ブラントのカルテを改ざんした、病院の医師を尋問（じんもん）した結果、

社長の指示でブラントを自殺に見せかけて殺害（さつがい）した事を自白（じはく）した

私達はその後、ＲＩ製薬の社長を逮捕し、臨床試験のデータを手に入れた。

だが、ＲＩ製薬のシステムの中から、内部告発の資料を見つける事は出来なかった

・アラン：

クレシダさん、どうでした？

・クレシダ：

それなんだけど

社長を逮捕して、臨床データを手に入れたまではよかったんだけど、肝心のブラントの資料が見つけられなくて

あの人達、ブラントを殺してから、ご丁寧に、彼に関するデータを全て消しちゃっていたのよ

・アラン：

そうですか・・・

・アラン：（モノローグ）

僕にはその時、なぜかアイラの微笑む顔が頭をよぎった

・アラン：

クレシダさん、ひょっとしたら、アイラの手紙に書かれていた、ログインＩＤとパスワード

あれが何かのヒントになるかもしれませんよ。

・クレシダ：（モノローグ）

アランの予想通り、ＲＩ製薬のシステムの中に、ログインＩＤと同じ名前の、鍵のかかったフォルダがあった。

そして、手紙に書いてあったパスワードで、フォルダは開き、中から、ブラント・フレミングの告発資料が出てきた

・アラン：

アイラの手紙は、ここに繋（つな）げる為だったのか・・・

・アラン：（モノローグ）

僕の中で、強（し）いられていたゲームが、ようやく完了にまで辿（たど）りついたような感じがした

・クレシダ：（モノローグ）

ブラント・フレミングの告発状は、ＲＩ製薬の新薬が、かなり低い確率ではあるが、

数年後に、極（きわ）めて重篤（じゅうとく）な後遺症（こういしょう）を起こす危険性を、示（しめ）していた。

臨床試験のデータと照らし合わせながら、非常に緻密（ちみつ）に、かつ、論理的な文章で、何ページにもわたり解説されていた。

また、この告発状に記載されているデータと、会社が現在所有する臨床試験のデータに差がある事がわかり

ＲＩ製薬が、試験データを改ざんしていた事も発覚（はっかく）した

・アラン：（モノローグ）

ロンドン警視庁は、この資料を基に、保健省を徹底的に捜査した

そして、ブラントの告発を握りつぶし、隠蔽（いんぺい）した、保険省の役員と、その部下達を逮捕する事となった

・クレシダ：（モノローグ）

私達は、アイラ・テイラーを殺した犯人を追って、迷宮（めいきゅう）入りするはずだった殺人事件と、

製薬会社と保険省の大規模な汚職（おしょく）事件という、二つの事件を解決する事となった。

しかし、肝心のアイラを殺した犯人の目星（めぼし）が未だについていなかった

・アラン：（モノローグ）

僕は、ブラント・フレミングの事件を解決してくれた、クレシダさんを訪ねて、ロンドン警視庁に来ていた

・アラン：

クレシダさん、今回はありがとうございました。

・クレシダ：

いえ、これが私達の仕事だから

・アラン：

これで、アイラの依頼を完了とさせられますよ

・クレシダ：

えぇ、それはよかったわね

でも、私達はまだ、アイラを殺した犯人を捜さないとね

・アラン：

・・・

・クレシダ：

ＲＩ製薬の社長や部長、他の怪しい人たちを調べてみたけど、今のところ、全員アリバイがあるのよ

まだ、密室の謎も解けてないし、まったく、頭が痛いわ

・アラン：

クレシダさん、アイラを殺した犯人は、どれだけ探しても見つかりませんよ

・クレシダ：

どういう事？

・アラン：

彼女の死因は、おそらく自殺ですから

・クレシダ：

そんな、バカな

・アラン：

彼女は、誰かに殺されたかのように見せかけて、自殺をしたんですよ。

自分のパソコンのデータを消去して、丁寧に家中の指紋（しもん）を拭（ふ）きとって、部屋を密室にして

・クレシダ：

どうして、わざわざそんな事を

・アラン：

僕たちに、ブラント・フレミングの真相を明るみに出して欲しかったのでしょうね

アイラのパソコンには、もともと資料なんて入ってなかったんですよ、

機密情報は会社からは持ち出せませんからね

だから、パソコンを誰かに消されたように見せかけて、資料の存在を僕たちに教えたんですよ

・クレシダ：

だったら、マスコミにでもリークすれば・・

・アラン：

マスコミにリークしたところで、保険省がグルなんですから

「調べたが問題なかった」と発表されてしまえば、それで終わってしまいますよ

・クレシダ：

それは、確かに・・

・アラン：

だから、保険省とは利害関係のない、警察組織に調べさせる必要があったんですよ

・クレシダ：

それなら、ブラントの自殺についての捜査を、警察に訴（うった）えれば

・アラン：

それは二年前に、既にアイラは、やってたんじゃないんですかね

・クレシダ：

・・えぇ、そうかもしれないわね

・アラン：

だから、彼女は「もう一つの殺人事件」を、でっちあげる必要があったんですよ

でも、警察だけじゃ不安だから、念を入れて、警察に対して、探偵という楔（くさび）を打ったんですよ。

なにせ、彼女にとって、探偵はヒーローでしたから

・アラン：

僕たちは、最初からアイラのシナリオの上を、歩かされていたんですよ

・クレシダ：

シナリオですって

・アラン：

ええ

製薬会社を怪しませる為に、死ぬ前に薬を飲み

行きつけのバーに、ブラント・フレミングの事を触れ込み、

名刺を机の中に入れて、僕たちをブラントの自殺に辿り着くような道筋をつくって・・

・クレシダ：

・・・

・アラン：

全ては、彼女が二年かけて、ようやく辿り着いた「命を懸けたシナリオ」だったんですよ

・クレシダ：

しかし、どうして、そこまで

・アラン：

これは、僕の想像ですが

二人は多分、恋愛感情のある親友だったのではないでしょうか

ブラントは、不器用なアイラの、唯一信頼できる男性だったのだと思います。

・クレシダ：

それで・・

・アラン：

でも、こればかりは、流石に分かりませんけどね

・クレシダ：

・・・

ところで、あなたは、いつ自殺だと気づいたの？

・アラン：

始めからですよ

・クレシダ：

始めからって・・なら、どうして言わなかったのよ

・アラン：

彼女の意思を尊重したからです

・クレシダ：

でも、なぜ自殺だと分かったの、検視官（けんしかん）だって、未だに自殺だと断定出来ていないのよ

・アラン：

それは、死体に殺意がありませんでしたからね

・クレシダ：

そんな事が分かるの

・アラン：

ええ、そりゃ僕は探偵ですから

・クレシダ：

探偵だからって、分かるもんじゃないでしょ

私の知っている探偵は、そんな事が分かる人なんていないわよ

・アラン：

分からないなら、その人たちは探偵としての何かが足らないんでしょうね

・クレシダ：

でも、プロの殺し屋なら、そういう殺し方が出来るかもしれないでしょ

・アラン：

プロなら、わざわざ部屋を密室になんてしませんよ

密室殺人というのは、殺人の疑いがかかる立場の人間がする事です。

・クレシダ：

・・・

あなたは、本当に探偵なの？

・アラン：

ええ、勿論そうですよ

・クレシダ：

そう・・不思議な・・・いや、怖い人ね、あなたは

あなたについて、少々調べて見たくなったわ

・アラン：

ええどうぞ、どれだけ調べても、僕がただの探偵という事以外、何も出て来ないでしょうから

・クレシダ：

そう・・・あなたがそう言うのであれば、やめておく事にするわ

・アラン：

調べないのですか？

・クレシダ：

調べても、何も出て来ないんでしょ？

・アラン：

ええ、おそらく

・クレシダ：

私は、無駄な事はしたくないのよ

・アラン：

そうですか

・クレシダ：

ただ、あなたに興味が湧いたのは確かね

・アラン：

・・・

・クレシダ：

あなたとは、またどこかで絡む事もありそうね、調べるのなら、その時でもいいでしょう

・アラン：

そうですか、また「その時」がありましたら・・・

・アラン：

では、僕はこれで失礼してもいいですか？

・クレシダ：

えぇ、気を付けてね

・アラン：（モノローグ）

そして、僕は警視庁を後にした

ビルの外は夕焼けになっていた

僕は空を見ながら、今回の事件を思い起こしていた

・アラン：

アイラ、これでよかったんだよな

君には、ずっと翻弄（ほんろう）されていたから、今日の夜は、バランタインのソーダ割りでも飲む事にするよ

君の好きだった名探偵の気持ちになってね

・アラン：（モノローグ）

そして、僕は歩き出した

まだ寒いロンドンの夕焼けを、少し眩しく感じながら

完