第22話 オチない話⑦



「次に、椎名が犯人と共犯だった場合だ。これは先ほどの椎名犯人説とほぼ同じだな。単純に実行者が違うというだけのことだ」


 第二の事件について知っている俺たちには、その説が最も有力に聞こえた。


「そしてさらに、椎名が犯人を庇っているという可能性もある。相手が家族、恋人だった場合は見逃すこともあるだろう。ただ、それは善意だけとは限らない。椎名が犯人をゆするため、あえて逃したとも考えられる。そうなれば、犯人となる人物は途端に増殖してしまう」

「たしかに椎名と面識さえあれば、誰でもその条件に当てはまります。でも、そんな人間を絞り込むことなど可能なんですか?」

「そう、重要なのはそこだ。私たちはあくまでも、密室を破る方法について議論している。だが、それが可能性というだけでは破れていないのと変わらないんだよ。これは合鍵に関しても同じさ、たしかに可能性はあるが、それでは密室はまだ破られていない。密室とは、破る方法と破れる人物が同時に絞り込まれることで、初めて不可能犯罪でないと立証できるのさ」

「その肝心要な密室を破る方法については?」

「いや、それは第二の藤岡殺しと一緒に話そう。実はこの密室と藤岡殺しは非常に関係性が深いんだ」

「そういえば、藤岡が殺されたのも浅井とほぼ同時刻だったね。藤岡を殺すことが、密室を作り上げるためのスイッチってことかい?」

「ああ、そう考えてくれて構わない。さて第二の事件だが、今回は密室以上に不可解な点がいくつもあった。一つは死亡推定時刻、藤岡は浅井とほぼ同時刻に殺されている。発見が浅井よりも遅れているため、その正確さには多少なりともかけているが、それでも誤差は大きくて一時間ほどだと思われる。そして二つ目、それは浅井を殺した凶器だ。妙なことに、凶器は藤岡の死体のあったアパートから見つかっている。この凶器が何よりも不可解だ」

 

 先輩は凶器、という部分を強調した。


「簡単な話、凶器が藤岡のアパートで見つかる条件が限られているからだ。それは藤岡が犯人か、あるいは浅井を殺した犯人と藤岡を殺した人物が同一犯、もしくは浅井を殺した人物と藤岡を殺した人物は別人でも、何かしらの繋がりがある人物、というこの三点だ」

「共犯者ってのはあり得るの? なんか、それを言ったら何でもありな気がするよ?」


 部長の言う通りだ。可能性だけ提示するのであれば、それこそ共犯者で何もかも解決してしまう。極端な話、全員が共犯者というパターンも存在する。過去、ある有名小説ではその仕掛けが実際に使われたりもしている。


「しかし、ここでまた新たな疑問が生まれる。どうして浅井を殺した犯人は凶器を持ち去ったのか、そして何故藤岡を殺した犯人は凶器を現場に残したのか、この二つだ。これではまるで、浅井と藤岡を殺したのは同一犯であると印象づけているみたいだ。何故わざわざそんなことをするのか、その理由は一つしかない」

「アリバイですね!」


 思わず声が出た。やばい、少し恥ずい。


「その通り、これはアリバイ作りをしているとしか考えられない。浅井を殺した際の凶器が現場にあれば、この事件を連続殺人事件だと偽装できる。しかし、藤岡の死亡推定時刻は浅井とほぼ同時刻、故に殺されたのは浅井の後だと考えられ、浅井の家にいたサークルメンバーには警察という完全なアリバイができあがる。逆に言えば、二つの事件でアリバイのある人物こそ最も怪しいということだ」

「怪しいのはわかるけど、アリバイがあったら犯人とは言えないんじゃないですか?」


 羽原が首を傾げた。アリバイとは物理的に現場に行くことができないことを指している。本来、アリバイがある人間は犯人には決してなりえない。


「はい。ただそれが、本当に崩せない鉄壁のアリバイであればの話だが……」

「……え?」

「考えてみれば、特に不思議なことではなかった。第一の殺人と第二の殺人、そもそも犯人が同じだと思っていたのが間違いだったのさ」


 俺たちは目を白黒させる。

 そして気づく、何故先輩が今まで事件を分けて解説をしていたのか、そもそも同じに考えてはいけなかったのだ。密室もアリバイも凶器の謎も、それで全て説明がつく。


「浅井を殺したのは藤岡、そしてその藤岡を殺したのは椎名。そして現場はどちらも浅井の自宅だ」


 先輩は静かに告げた。そのにわかには信じ難い結論に、その場にいる全員が驚愕を露わにしていた。


「そ、それはおかしいですよ! 藤岡さんが浅井さんの自宅で殺されたなんて……そんなことありえません!」


 羽原が声を張り上げて反論する。


「……ほぉ、どうしてだ?」

「あの場には死体なんてどこにもありませんでした! 警察が藤岡さんの死体を見逃すなんてことはありません!」

「そうだろうな。普通なら見逃すはずがない。ただ一つ、探していないところがあった。そしてその場所こそ、椎名が犯人であることを示している」


 期待と不安が入り混じる中、俺はただずっと待っていた、先輩の口から次の答えが出てくるのを。


「そ、それはどこなんです?」


 大きな唾をごくりと飲みながら、羽原が訊ねた。


「椎名にだけあって、他の登場人物にはない唯一の要素……車のトランクさ」

「なっ! く、車のトランクだと!?」


「いくら警察でも、椎名の車の中までは調べたりしない。まさに大胆不敵、警察から事情聴取を受けている間も、椎名はすぐ近くに死体を隠し続けていたのさ。つまり、推論はこうだ。通話中に何かしらのドッキリを仕掛けようと、藤岡は浅井に話を持ちかけ、隙を見て殺害する。そして椎名はその浅井殺しを利用し、アリバイ作りと密室トリックを作り、容疑から外れようとしたんだ。だから浅井と藤岡の殺害時刻を同じにしたのは。より完全犯罪に近づくために。こうすれば両方の事件でアリバイを確保できるからな」

「じゃ、じゃあもしかして……死体がバラバラに切断されてたのって……」

 

 羽原は声を震わせ、目を丸くした。


「死体が移動したことを悟られないためだろうな。藤岡のアパートを荒らしたのも、殺害現場がどこだったのかわからなくするためだ。死体をそのまま動かせば、殺害現場が藤岡のアパートではないとすぐにバレてしまう。けれどバラバラにしてしまえば、殺害現場がアパートだったのかそうでないのかがはっきりしなくなる。加えて、部屋が荒らされていれば、警察は殺害現場をアパートに断定せざるを得ない。これで死亡推定時刻が近かったことにも説明がつく」

「まさか、そんなトリック仕掛けられていたなんて……」


 俺は思わず下を向いてしまう。完全に想像の外だった。第一の殺人現場で、第二の殺人まで起きていたとは。


「推論は、以上だ。だが、勘違いしないでほしい。これは事件の真相などではなく、あくまでも理屈をこじつけ、事件そのものを成り立たせたに過ぎない。この謎は、事件はまだ未解決のままだ」

「そ、そんな……でも絶対合ってますよ!」

「うん。ボクもそう思うかな。密室破りやアリバイ崩しなんて、そんないくつも存在しないはずだし。これが元々用意されていた解決編用の真相ってのは間違いないんじゃないかな?」


 素直に先輩の推理を賞賛する羽原と部長。

 事実、この推理は見事なものだ。あの限られた情報の中、一応矛盾なく事件を解決して見せたのだから。


「いや、この推理には決定的なものが欠けている。物証、そして動機だ」

「あっ……」


 そうだ、これは創作とはいえ事件。物的証拠がなければ、この事件を解決したことにはならない。だから先輩は、この事件の真相には辿り着けていないと言ったのだ。あくまで可能だったのは、事件を成り立たせることができたというだけのこと。


「恐らく、ミス研も事件を成立させることはできたんじゃないか? だが、事件の証拠を見つけ出すことはできなかった。いや、そもそもそんなものは存在していなかった。だから作者である卒業生も、解決編を書いていないんじゃないだろうか」

「え!? ってことは、作者も思いついてないってことですか!?」

「事件の犯人やトリックは考えていたかもな。でも物証や動機は用意できなかった。元々、これはミステリファンが書いた小説、先に浮き足立ってトリックばかり考えてしまってもおかしくない。だが、その作者も今や小説家として晴れてデビューできた。なのに今更、未完成の作品で物証の提示や動機の伏線を考える気にはならなかったんだろう」

「うーん、でも物証はともかく、動機ならなんでもいいんじゃないかな? ボクととーがくんだって、お互いが同じ理由から過ちに発展するとは限らないでしょ? それこそ、実は同性愛者で付き合ってたけど破局しました、なんて理由でもいいわけだし」

「動機に関してはそうだろう。リアリティなどさえ無視すれば、猟奇犯に憧れていたという可能性だってある。しかし、それを読み解くのも推理小説の醍醐味。なのにその伏線らしきシーンや台詞がなければ単なる後出しジャンケンになってしまう。物証も同じくな」


 物証も動機もない殺人事件、か。

 たしかに俺も読んでいて感じた。この明らかに情報量が不足している内容。特に事件に関係するシーンばかりが多く、日常シーンなどは少なめだった。この手の話で物証や動機に繋がる伏線を入れるとしたら、そういった何気ないカットこそ重要になる。


 結局、この話にオチはなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る