第21話 オチない話⑥
「この小説についてだが、残念ながら事件の真相は私にもわからなかったよ」
翌日。俺と羽原、そして安藤部長の三人は、頼みの綱である鵜瀬先輩の衝撃的な発言に言葉を失ってしまった。
「はい、てことで返しておいてくれ」
「ちょっと待ってください! いつものやつはどうしたんですか!? 先輩に解けないとかマジなんですか!?」
驚きを隠せなかった。焦りから、俺は声を乱してしまう。
普段から推理小説の内容を先読みできる先輩に限って、まさかこの高校出身の小説家が書いた素人時代の事件を解けないなんて信じられない。
「ああ、この謎は読了できなかった。だが、一つの結論は用意したぞ」
「へ? 一つの結論?」
「この事件、動機や証拠となるものが存在しない。つまり、あくまでも状況証拠だけで、登場人物に殺人が可能だったと証明することしかできないんだよ。だから、この事件は解決できない。けれど、事件そのものを成り立たせることはできる。今日はお前たちにそれを聞いてもらおうと思う」
俺たち三人は互いに顔を見合わせる。いったいどういう意味なのか、いまいち頭に入ってこない。
「え? ってことは、結局解けたってこと?」
羽原が訊ねる。たしかに、先輩の言い方だと証拠がないだけで犯人はわかったような口ぶりだ。
「解決編はまだ書かれていない、つまり答え合わせはできていないということだ。私はあくまで、可能である方法を一つ導き出したにすぎない。それが事件の真相かどうかは、また別の話だ」
相変わらずストレートな言い方をしない。ただ、伝えたいことはわかった。要するに答えが一つとは限らないからだ。もしかしたら、作者とは違う方法を思いついただけかもしれない。可能性としては低いが、一概に答えが同じだとは断言できなかったわけだ。
「えーっと、それで事件の真相っていうのは、いったい」
「そうだな、よく小説に出てくる探偵役のように、意味なく勿体ぶったりする必要はないからな、単刀直入に言おう」
さらっとメタな発言を挟んでくるな。たしかに推理小説などでは、探偵は事件の謎を解いてもすぐには明かさず、犯人を罠にかけたり、容疑者を集めて推理を披露したりと、すぐに真相を語ったりすることはない。犯人などは、トリックを話し終わった最後の最後まで引っ張るというのがある種のお約束だ。
「まず、この事件は完璧なアリバイと密室トリックから成り立っている。逆に言えば、ここを崩してしまえば犯人の仮説などいくらでも立てられる」
密室。つまりは不可能犯罪だ。これが解けない限り、どんな証拠があっても犯人を断定するには至らないだろう。
「犯人は、何故か密室を作っておきながら自殺に見せかける工夫をしていない。それどころか逆に、他殺だと思えるような殺し方を選んでいる」
たしかに、通話中を狙ったり首を絞めたり、自殺ではあり得ないものばかりだ。首を絞めるにしても、せめて縊死になるように吊り上げたりするはずだからな。
「推理小説において、これらには関連性があると考えられる。そもそも、この密室は通話中に殺されたことで被害者の元に警察とすぐ駆けつけたことで成り立っている。通話中に殺害することでしか、むしろ密室にできないんだ」
「そ、そうか、後で死体が発見されてもその時の状況次第では密室と断定できないのか」
「え? どうしてですか? 現場には内側から鍵がかかってたんですよね? それなら、後日誰かが死体を発見しても密室になるんじゃ」
羽原は困惑する。現場が内側から鍵をかけられていたとい事実は揺るがないのだから、それは変なのではないかという指摘だった。
「その場合、犯人が部屋の中に潜んでいて密室が破れたタイミングで外に出たという可能性が残りかねないからだ。加えて、警察と一緒に現場を確認しなければ、第一発見者が嘘をついているとも思われるだろう?」
「あっ、な、なるほど」
それだけでも充分に密室を印象付けることはできるだろうが、たしかに完全とは言えない。
「さて、話しを戻そう。まず、この密室が破れた人間は非常に限られている。何故なら、現場となった浅井の家は内側から玄関や窓が施錠され、完全な密室だったからだ。この密室を破るには、いくつかの条件がある。まずはやはり合鍵だ。しかし確認できている合鍵は、浅井の両親が持っているだけ、そして事件当日にはアリバイがあった。浅井の両親が合鍵を使って殺すのは不可能だ。なら合鍵以外で密室を作るにはどうしたらいいのか、それは小学生でもわかるほどに簡単だ。第一発見者の誰かが、浅井家の鍵を使って現場を出入りし、死体を発見した際のごたごたで鍵を室内に残せばいい。しかし、これだと犯人の心理的に難しい」
「犯人の、心理?」
部長は眉根を寄せ、首をひねった。
「さっきも言ったように、これは小学生でもわかることです。ただこの場合、密室を作るメリットがほぼ皆無になってしまう。そもそも第一発見者には、いくつか密室を破る方法が存在している。けれどこの選択だと、逆に己の首を絞めることになる」
そう、自殺に見せかけたりしするなどしていたのならまだしも、この事件は明らかに他殺だった。これでは、小細工が可能だったと思われる第一発見者には密室のメリットが存在しなくなってしまう。
この密室は目撃証言などで自然にできたものではない、だとすると犯人は、間違いなく自分が疑われないようにする工夫をほどこしているはずだった。
「次の方法ですが、これまた非常に単純だ。第一発見者が現場に到着するまでの間、家のどこかで身を潜めていればいい。小説やドラマに出てくる王道の密室と違い、今回は現場である家全体が密室だ。家の中なら部屋と違い、十分に隠れらる。あとは密室が破られてから、こっそりと現場を離れてしまえばいい」
「いや、でもそれはありえないですよ」
異議を唱えたのは羽原だった。
「だってあの時、現場には椎が遅れて到着しているんですよ? もし犯人が第一発見者である坂東と入れ替わりに浅井家を出たのだとしたら、後からやって来た椎名と鉢合わせしてしまいます」
「その通り。つまり、この方法をクリアするには別の条件が生まれる。後から駆けつけた椎名智雄に見逃してもらえる人物、という条件だ」
「見逃す!? そんなことするメリットがどこにあるんですか!」
羽原は目を剥いた。だが、これは当然の反応である。普通、現場から立ち去る人物を目撃したら、誰もがそのことを警察に話すはずだからだ。
「まず、この条件はいくつか考えられる。一つ目はこれまた単純、浅井を殺したのが椎名だった場合だ。実は裏で浅井と繋がっていて、何かしらのドッキリや話題作りのために浅井と一緒にいた、と考えれば説明がつく。坂東を浅井の家に向かうよう指示したのは椎名だったしな。最初から坂東に密室を破らせ、自身は悠々と現場を後にする。そして家の近くにでも車を停めておけば、まるで今まさに駆けつけたように見せかけられる」
その推理は、昨日羽原が俺と部長に聞かせてくれたものと同じだった。しかし、既にその推理は否定されてしまっている。先輩も、そのことについては当然理解しているはずだ。
「この推理に対して言いたいことは色々あるだろう。だが、今はまず浅井殺しが可能な方法に関しての話だ。その全てが語り終えてから、第二の事件へと参ろうじゃないか」
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