第20話 オチない話⑤
絞殺の次はバラバラ死体。推理小説では馴染みのあるものばかりだ。加えてアリバイトリックに密室。王道が惜しみなく使われている。
『死体の死亡推定時刻はどれくらいになる?』
桐生は現場に駆けつけた監察医に話を伺う。
『そうですね、完全に足の先まで硬直していますから、少なくとも死後十五時間は経過しているかと思います。まだ硬直は解け始めていないようです』
『なるほど。となると、事件が起きたのは浅井が殺されたのとほぼ同時刻だな。しかし、この現場には出血の痕跡がない。犯人はわざわざ、別の場所で死体を切断したということか?』
『そうとは言い切れませんね。そもそも、切断された手足の部分からの出血は見られません。これは血液が凝固してから切断した証拠です。つまり犯人は被害者を殺害した後、数時間経ってから死体を切断したことになります』
『数時間、というと?』
『三時間から五時間ほど経過した後ですね』
何故そんな回りくどいことを?
疑問が深まるばかりだ。
現場には浅井の時と同じく凶器はなく、また犯人が持ち去ったものと思われる。
だが、逆に今度は浅井殺しの際に使われたと思われる血のついたロープが発見された。これがもし、浅井を殺した凶器と判明すれば、これは連続殺人ということになる。
浅井の家と藤岡のアパートはそれほど離れておらず、車で二、三十分だ。浅井を殺した後にここへ来て藤岡を殺害したとすれば事件的にもピッタリ合う。
そして再び場面が変わる。
時計の針が何周かし、既に事件から数日が経過していた。
しかし、特に進展がなかったというわけではない。あれから、少しだけわかったことがあった。まず判明した事実は、警察が藤岡のアパートから押収したロープに付着していた血の正体である。その結果、血液は浅井裕介のものと一致した。つまり、あのロープは浅井を殺した時の凶器で間違いないということだ。
次に、藤岡の死亡推定時刻である。監察医が調べた結果と同じく、殺されたのは浅井とほぼ同時刻だったと判明した。現場が荒らされていたことや、ちょうど浅井の家から三十分ほどでの距離にあることから、犯人は浅井を絞殺した後、凶器を持ったまま藤岡の家に向かい、殺害したと見られている。そして、数時間後に何故か死体をバラバラにした。
結局、事件は何一つ進んでいない。ただ、事実確認が済んだだけである。
「終わり、か」
思わず、気の抜けた声が出た。
本編はここで終わっている。事件が起き、捜査が難航し、解決編が描かれないまま打ち切られた。
解決編手前どころか、ただ事件が起きただけで、ストーリーもまともに進行されていない。ここから事件を解決するのは非常に難しい。
本当なら、事件解決のヒントになるような手がかりが探偵役に提示されるはずだが、それすら一切ない。
何故、この小説が完結されなかったのか、俺にはわかった。
この話は、推理小説として読者に示す情報量が足りなすぎるんだ。
俺は本を閉じ、部屋の中にいるもう一人の人物にバトンを渡した。
やはり、頼りになるのはこの人だけだ。
「読み終わったか。とりあえず、今日明日で読了しよう。推論は、明日の放課後に話す。で、君の方はどうだった? 何かわかったか?」
「い、いえ、正直、あまり力になれる気がしません」
「はぁ、そんなことだろうと思ったよ。あとは光やあの愉快な部長と一緒に、君たちなりの推理議論でもするといい」
「はは、そうします」
だとしても、恐らく何も進展はしないだろうな。ヒントを見つけられるどころか、疑問に感じるところすら作中の人物と変わらなかった俺ごときじゃ。
俺はカウンターの方へ戻り、図書委員の仕事を再開しようとした。しかし、それは同じくカウンターにいた二人の女子生徒によって阻まれてしまい、下校後に喫茶店に行くことをその場で強要された。
二人とも、やる気満々だな。
下校時刻が過ぎ、先輩より先に帰路へとついた俺と羽原、部長の三人はその足で駅前の喫茶店へと足を運んだ。
「さて、とーがくん。早速推理タイムといこうか」
「は、はぁ……」
「榎戸さん。とりあえず私、犯人わかったんで聞いてもらっていいですか?」
羽原が息を荒くしながら、妙に自信あり気に言った。
正直、期待できない。
そのことを口に出すのを堪え、俺は渋々と話に付き合った。
どうせ、明日まで待てばいいものを。
「まず、犯人なんですけど、ズバリ椎名だと思います!」
「はい。その心は?」
「恐らく椎名は、元々浅井の家に潜んでいたんですよ。そして通話中、隙を見て絞殺。坂東が警察と一緒に駆けつけた後、こっそり家から出て、そして改めて部屋に来て何気ない顔で合流したってわけです。車だって、近くに停めておけばすぐに持って来れますから!」
「浅井殺しの凶器は藤岡のアパートから見つかってる。たしかに椎名は浅井を殺せたかもしれないが、それだと警察と共に現場に残されて凶器を持ち出せない。桐生が事情聴取をしている間、藤岡は殺されてるはずだしな」
「うっ……た、たしかに」
羽原の推理は論外だな。
「そもそも、通話中に隙を見て殺すのなんて普通は無理だ。浅井か椎名のパソコンにお互いの声が入っちまうだろ」
「そこはほら、上手く音量調整とかしてごまかせるかなって」
「可能か不可能かで言えば可能だが、あまり現実的じゃないな」
「うぅ、残念です」
羽原は肩を落とす。そりゃ、ミステリー好きのミス研が解けてないんだし、素人の羽原には難しかっただろう。落ち込むことではないと思うがな。
「なら、次はボクの番だね。これでも、ミステリー漫画には精通している方だから、ちょっとはできるつもりだよ」
部長は主張の強い胸を張り、顎を突き出す。
なんだか、同じようなパターンになりそうだな。
「犯人は坂東さ。彼は警察と駆けつけるよりも早く現場に行き、実は通話中は演技で殺されたふりをしていただけの浅井を本当に殺し、部屋の鍵を持ってから改めて現場で警察と死体を発見、その後部屋に鍵を投げ入れれば密室の完成さ」
「で、凶器をどうやって藤岡のアパートに?」
「ふっ、わからない」
「同じじゃないですか……」
結局、やはり何も進展しなかった。
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