第23話 オチない話⑧


「それにしても、何だか先輩、まるで安楽椅子探偵みたいでしたね」

「安楽椅子探偵?」


 羽原は頭の上に疑問符を浮かべた。


「あの、何ですかそれ?」

「言葉の通り、安楽椅子に座ったまま事件の話だけを聞いて解決してしまう名探偵のことさ」

「え!? ってことは、現場で刑事さんに怒られながら勝手に捜査したりしないってことですか!?」


 名探偵のイメージ少し変だな。まあ、普通は勝手に関係ない素人の探偵が捜査なんかしたらそうなるだろうけど。


「そうそう、それで先輩が小説を読んだだけで推論を導き出せたのがなんかそれっぽくてさ」

「うーん、たしかに……」

「……あっ!」


 瞬間。部長がパチンッと指を鳴らした。


「ならさ、もう一個くらい安楽椅子探偵ごっこしてみない?」

「はい?」


 なんか子供の遊びみたいな言い方になった。なんだよ、安楽椅子探偵ごっこって。新手のテーブルトークゲームか?


「解く事件の内容はなんですか?」

「いや、今度は事件じゃなくてだね。とーがくんが中学の頃に書いた創作ノートの内容当てゲームってのはどう?」

「やめてください。何の拷問ですかこれ」

「とーがくんが当時好きだった本とか、発言や行動とかでさ、推理するってのもできなくないんじゃないかなーって」

「普通に勘弁してほしいんですけど」

「中学生が書く小説なんて、どうせ骨太気取りのサスペンス系推理小説か、異世界に転生して無双する痛々しい妄想小説のどっちかだろ」


 偏見凄いな、世の中学生全員に謝ってください。


「半分正解! とーがくんが書いてたのは推理漫画の原作プロットでしたー!」

「言わなくていいから! てかこれ、もはや安楽椅子探偵ゲームでもなんでもないじゃないですか!」

「まあ、これも親睦を深めるためだよ」

「そういう言い方すれば許されるわけじゃないですから」


 本当に、この人はすぐとんでもないことを言い出す。はぁ、身が保たない。


「あっ、ちょっと待って」


 その時、部長の携帯がぶるぶると震えた。どうやら、誰かからメールが届いたようだ。


「あーあ、どうやらボクはここまでみたいだね。編集からメールだ。大人しく〆切に間に合うよう、家に帰って作画の続きをしてくるよ。あっ、とーがくん。新作できたら、ぜひ読ませてね」

「この流れでよくそうなりますね。書きませんから」

「冷たいなぁ、学業と仕事を頑張って両立してるボクに、少しはご褒美あってもいいじゃないか」

 

 部長は残念そうに肩をすくめる。


「そういえば、もうすぐテスト期間でしたね」

「そうですね。この図書室も混みますから、図書委員の仕事は忙しくなりますよ。もちろん、仕事はサボれないので、テスト勉強はその後でお願いしますね」

「うわぁ……手厳しいな」

「榎戸さんは、テストに関しては大丈夫そうですか? 自信のほどは?」

「うーん、ぼちぼちかな。苦手な科目は赤点さえ回避できればそれでいいし、他は平均点くらいで充分だ」


 俺はあまり勉強が得意というわけじゃないからな、面倒な補習やレポートに引っかからなければ問題ない。近い考えのやつは一定数いるだろう。


「中間と期末の試験結果は、夏休みの夏期講習に影響します。夏期講習で委員会の仕事が疎かになるようなことは絶対に避けてくださいね」


 厳しいが、夏休み中も図書室は解禁されるみたいだし、なんとしてもクリアしなくてはならないな。


「カンニングペーパー作戦もやめてください」

「やらねぇよ、んなの絶対上手くいかねぇだろうし、バレた時のリスクでかすぎだろ。てか、カンニングとかマジでやるやついんのか?」

「たしかに、禁止されてるだけあって非日常な感じがしますね」


 漫画やドラマではお馴染みだが、カンニング行為を実際にやろうと思う者は少ない。バレた時は点数が反映されなくなるし、バレないように工夫をしようなど考える者がいれば、普通はその努力と時間を勉強に使うからだ。


「まあ……馬鹿なこと言ってないで地道に頑張るよ、俺は」

「いっそ、ボク以外の全員を体調不良にしてしまえば、必然的に成績一位はボクに……」

「部長。言ってるそばから馬鹿なこと考えないでください」


 成績のいい人間が、それ以上の相手を順位で上回るために、色々と試行錯誤するというのは映画や小説でもよくある。不正疑惑を流して信用を落とすパターンもあったりするが、それは条件が限られているだろう。ベタな案でいくなら、下剤を一服盛って体調不良を引き起こす方法だ。単純で効果的だが、成功率は低い。いま部長がイメージしているのはまさにそれらのことだ。


「毎年のテストを使い回したりするようないい加減な先生がいれば、過去問見て一発クリアなのになぁ」


 それではただのカンニングじゃないか。ていうか、そんな先生は滅多にいないだろう。それに適当すぎる相手だと不安だ。たしかにテストは難易度の高い課題のようなものだが、それでも単に高い点が取れればいいという話しではない。怠惰がすぎると、将来的に苦労する。テストは簡単でも、テストを作り方が適当な教師というのは印象に悪い。


「そうだ! 担当教師の癖や性格、授業の進行度、過去のテスト問題、もろもろ全部照らし合わせて、よるちゃんに次の問題を先読みしてもらえばいいんだ!」


 今度はまた、とんでもないことを言い始めたな。もうこれ以上、俺の頭を痛くするのはやめてくれ。そんな方法が通用するのは、それこそフィクションの中だけだ。


「燈画の創作ノートを提供してくれるなら、考えてもいい」

「いや、ダメですから」

「おっけー! その条件呑んだ!」


 もうツッコミを入れる気にもなれない。


「てか部長はさっさと仕事に戻ってください」

「はぁ、酷いなぁ……とーがくん。君からは優しさが感じられないよ」

「それ俺の台詞です」


 過去に書いたことのある小説や創作は、どこまでも未来の自分の足を引っ張るわけか。今回読んだこの小説の続きが書かれなかったのは、どこか俺みたいにこれを黒歴史だと感じていたからかもしれないな。

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