第7話 消えた手紙②


「とーがくん! ボクはただ、裸体健康法をみんなに伝授したいだけなんだって! それに、外国じゃヌーディズム先進国だってあるんだ。ボクは仲間とヌーディストエリアを築きたいんだよ!」

「はぁ、だからそういうのは一人でやってくださいよ」


 部長と話していると、どうしても精神的疲労感に襲われるな。マジで身が持たない。


「そもそも、他人の裸を見ることが非道徳だと捉えられているこの世界がおかしい! 裸体は直接日光や空気に触れることで、解放感を感じる行為だ! そこに決して邪な気持ちなどはない! リラックス効果もあって、実際に健康法として使われているくらいなんだぞ! それを否定することは、もはや己の無知を晒しているのと同じだ!」

「無知でも構いませんよ、それを抑えれば部員だって増えるでしょうからね。部長には実際、それくらいの力があります」

「君はボクに、そんな酷なことを言うのか!」


 万人に理解されない趣味は、内に秘めておいたほうがいい。俺は中学の頃、部長のセクハラに耐えながら、裸体主義の歴史や現状について後輩や同級生に語る姿を見てきた。実際、それは自分にも当てはまった。俺が自分の趣味をあまり人に話さないのは、部長を見てそれが悪手だと気づいたのも理由の一つだ。


 そのせいもあってか、俺は裸体主義に関して人より詳しくなってしまった。

 日本ではまだ浅いが、欧州では比較的理解が進んでおり、保全された場所でならヌードが一部認められているらしい。


 しかも、ヌーディズム先進国では専用のホテルまであるという。

 そこには本当に非道徳的な意味はないのだろう。ヌーディストビーチなどでも、異性の裸を見ることや自分の裸を見せつけるというのは目的にない。あくまで、自身が裸になって開放感を楽しむものである。自分だけなら異端だが、周りに仲間いれば疎外感なども覚えない。中には、性的興奮を覚えることそのものをご法度としている場合もあるくらいだ。


 前に一度、ヌーディストたちが集まる島で殺人事件が起きるミステリ小説を読んだことがある。

 ヌーディストは当然、保有してある島などでしかヌードにならないため、クローズドサークル設定とは相性が良かった。その作品も、ヌーディストが一般的ではないことを逆手に取ったトリックや演出がなされており、日本にまだ深く浸透していないことを強く表していた。


「日本には何故、公然猥褻罪などという差別的な法が存在するのだろうか」

「もう諦めてくださいよ。てか、話を戻しますけど、部員を増やすならもっといい方法があるでしょ。例えば、勧誘ポスターに部長の絵を使うとか」

「それなら既に実行済みだよ。本館の掲示板には、ボクが描いたイラストを使用したポスターを貼っておいた」

「それなら少しは集客になりそうですね。まさかとは思いますけど、部長の願望とかを勧誘分に入れたりはしてないでしょうね」

「その点に関しては問題ない、顧問の先生にわざわざチェックしてもらった。とりあえず、漫画の大好きな生徒は大歓迎としておいたぞ。部室にある漫画は読み放題だし、漫画の描き方だってボクが直接指導できる。それなりのパイプもあるしな」


 なるほど、顧問の先生を通しているのなら問題はないだろう。それに部長が指導してくれるというのなら、漫画家志望の生徒にとっては願ったり叶ったりだ。


「あの……榎戸さん、それなりのパイプってどういう意味ですか?」

「ん? あー、部長はこれでも、中学生の時にデビューした正真正銘のエロ漫画家なんだよ」

「えええっ! エロ漫画家?」


 さすがの羽原も声を上げてしまい、すかさず口を押さえて声のボリュームを落とした。


「ほ、本当なんですか?」

「趣味で描いていた同人誌を見た編集が、部長をエロ漫画家として引き抜いたんだよ。絵に関しては超人的に上手いから、特に裸体とか」

「えっへん! どやぁ!」


 部長は鼻を高くした。

 安藤花音、またの名をかのうアン。

 ネームバリューこそまだないが、相手がプロの漫画家なら、名前を知らなくても驚くのは当然だ。


「けど、部長的には少年誌でストーリー漫画とかも描きたいらしくて、エロ漫画を描きつつ一般紙にも挑戦してるんだよ」

「へ、へぇ……アグレッシブなんですね」

「ただ、シナリオはあまり得意じゃなくてね。そのために、ボクはとーがくんを漫研に迎えたいと思っているんだよ!」

「え? ど、どうして榎戸さんを?」

「とーがくんはたくさんの書物に目を通してきた変態だからね! その知識量は折り紙つきってわけさ!」


 変態とはまた余計な、まあ、そこに関して否定はしませんけど。


「それに、ボクはとーがくんの実力を買っている。きっと、いいコンビになれると思うんだよね」

「それって、榎戸さんが原作で安藤さんが作画ってことですか?」

「その通り!」

「榎戸さんって、シナリオとかの才能があるんですか?」

「え? あ……いや、特には……」


 そんなものあるわけない。ただ人よりも多くの本を読んできたというだけの話だ。まあ、書いたことがないと言えば嘘になるが。もはやそれは黒歴史に近い。忌まわしい過去だ。


「原作とかの話はまた今度にして……と、とりあえず、部員がある程度確保できるまでは入部していてほしいなぁ……なんて」


 バツが悪そうに背を向け、部長は弱々しい声で言った。


「はぁ……わかりましたよ、とりあえず幽霊部員として置いといてください」

「ありがとう、とーがくん! 愛してるよ!」

「安いですね、部長の感謝と愛は」

「それじゃあ、気分が良くなったのでボクはここで失礼するよ! とーがくん、図書委員の方も頑張ってくれ!」


 安藤部長は嵐のように現れ、嵐のように去っていった。

 何故だろう、たった十数分のことなのに疲労感がえぐい。


「なんだか……色々とすごい人でしたね」


 異質な疲労感を覚えたのは、羽原も同様だったらしい。表情に疲れが露骨に現れている。

 やっぱり、俺は部長が少し苦手だな。


 俺たちがレファレンスカウンターに戻ろうとした時、ちょうど昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

 授業開始を正式に告げる本鈴ではなく、五分前になる予鈴である。


「あっ、終わりですね。それじゃあ、また次の仕事は放課後ということで」

「おう、教室戻るか」


 俺と羽原は、授業を受けるために自分の教室へと戻った。

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