第二章 消えた手紙
第6話 消えた手紙①
その日は天気こそ良かったものの、切り裂くような強い風が吹きつけていた。窓ガラスを外からガタガタと叩き、荒々しく唸っている。
実を言うと、天気というものに関しては敏感だ。本を読むことを趣味にしている以上、どうしても気になってしまう。
「今日は風が強いですね。朝もスカートがめくれそうで大変でした」
「また激しくなってきたみたいだな、昼前は少し落ち着いてきてたのに」
「ほんと、気まぐれですね」
「あれ? でもどっかの窓開いてね? ちょっと今、風が来たような」
「多分、換気のために誰かが開けたんじゃないですか?」
「ああ……なるほど」
昼休み、俺は羽原に連れられて、図書室の奥にある倉庫を見せてもらっていた。今日から図書委員として仕事をしていかなくてはならないわけで、まずは委員会の先輩である羽原が軽く業務について教えてくれた。
担当する時間は昼休みと放課後のみで、放課後は部活動終了時刻まで居残ることになる。
コーナーについては、教えられる前から既に熟知していた。入って右側は児童書、左側はレファレンスカウンター、要するに受付だ。中には図書委員が常に待機し、その奥には第二多読室がある。児童書コーナーの奥は進路関係の本が並び、一番奥の壁まで進むと新刊コーナーがある。その他にも郷土資料に文学作品から、書店大賞やメディアミックス化などで最近話題になっている本が展示してあったりと、その規模は偉大だ。
ただ、倉庫内はスタッフオンリーとなっているため、入るのは今日が初めてだった。場所は第二多読室の隣になっている。
「ここが倉庫です。新刊が入ったり授業のために本が発注されたりした際、一時的に本を置いておく場所になります」
「へぇ、その割には結構狭いんだな」
「今はほとんど置かれていませんが、新刊が届いたりした日は大変ですよ。品出しからポップ作りとかもしないとですから」
「そんなことまでやってるのか」
「あと、図書委員は自分がオススメする本のレビューを書いたり、本の修復とかもしないといけません」
思ったよりも面倒くさそうだ。たしかに、普通の図書館とほぼ同じ規模であることを考えたら、これくらいは当然か。
なんだか、やることが図書室というよりは完全に図書館や本屋のレベルだな。
ていうか、鵜瀬先輩はこれらの業務をしっかりこなしているのだろうか。
「仕事に関してはゆっくり覚えていってください。くれぐれも、鵜瀬さんと一緒になってサボりすぎないように」
羽原は鋭く睨めつけ、顔を強張らせた。
「はは……気をつけるよ」
「本当にお願いしますね。レファレンス能力は鵜瀬さんからお墨付きを貰っていますが、それだけが図書委員の仕事じゃないんです。ただでさえ、鵜瀬さんが引きこもって仕事をしてくれないんですから」
「あっ、やっぱりね」
そんなことだろうと思ったよ。
正直、先輩が仕事をしている姿が全く想像できない。もっと言えば、授業を受けている姿でさえも。
「先輩は、今日も第二多読室に?」
「そうですよ。いない日なんてありません。実のところ、榎戸さんが入ってくれて助かりました。鵜瀬さんが苦手で、図書委員があまり長く続かない方も多いんです」
「へぇ、俺と同じ一年でまだ日も浅いのに、やけに詳しいね」
「当然です。鵜瀬さんと私は幼馴染、中学の頃から詳しい話を聞いていますので」
「な、なるほど……通りで、一年の割には距離が近いなと思ったよ。じゃあ図書委員に入ったのも、先輩のため?」
「そういうことになりますね。色々と慣れていますから」
言葉遣いや態度といい、羽原が非常に真面目で責任感のある人間だと強く伝わってくる。
俺だったら、同じ立場を貫くことはできなかっただろう。
「榎戸さんにはいないんですか? 幼馴染や、中学から顔見知りの友人などは」
「あぁ……まあ一応、一人はいるかな」
正直、あまり紹介したくはないが。
「安心しました。鵜瀬さんの現状を知ってるが故に、榎戸さんにも友人と呼べる存在がいないんじゃないかと思っていたので」
「おいおい、ひでぇな」
けど実際、間違ってないんだよな。その人も友人って言えるか微妙なラインだし。
「とーがくん、やっぱりここにいたのか」
俺がその人物を頭の中でイメージした瞬間、背後から聞き覚えのある甲高い声が響いた。それもどこか愛らしい、まるでアニメのキャラクターに当てられていそうな可愛くて耳が癒される心地良い声が。
振り返ると、図書室な入り口付近に見覚えのある女子生徒が仁王立ちしていた。
黄金色に輝く金髪をなびかせ、胸元にはたわわに実った大きな果実を宿している。だが太っているわけではなく、体のラインはモデルのような整っており、その豊潤なバストと引き締まった太ももは、数多の男子の目を釘付けにしてきたことだろうと想像がつく。
女子生徒は俺を指差し、唾を飛ばす勢いで叫んだ。
「とーがくん! どうして君は制服を着ているんだ!」
俺は自分の耳がおかしくなったのかと勘違いするその一言に、思わず頭を抱えた。
「あの……図書室ではお静かに」
若干引き気味な姿勢で、羽原が口の前に指を立てながら注意した。
「これは失礼、少し気が大きくなっていたよ。それでとーがくん、君はどうして制服、というか服を着ているんだい?」
「そりゃ、校則ですから、ていうか風呂にでも入らない限りは服着てますからね」
「そんなバカな! 高校入学と同時に、とーがくんも裸体主義に目覚めたと確信していたというのに!」
「いや、一生目覚めませんから。部長と一緒にしないでください」
俺は冷ややかに返した。
「部長か、ふっ、懐かしい響きだ」
つい中学の頃の癖で部長と呼んでしまった。まあ、いいか。
「あの、榎戸さん、この方とはお知り合いなんですか?」
「い、一応、中学の先輩です。中学の頃は同じ部に所属していました」
そう、この明らかに頭のネジが外れている人間を、俺はよく知っている。
中学の頃、俺が軽い気持ちで入部したある部活の部長だ。恐らく、高校でも続けていることだろう。
「お初に、ボクの名前は
「は、はぁ……」
羽原は引きつった笑みを浮かべ、僅かに後退りする。
「とーがくん、どうしてボクがこの図書室に来ているかわかるかい?」
安藤部長は、もったいぶった言い回しで、得意げに口角を上げた。
「知らないです。暇だったんですか?」
「違う! むしろ忙しいと言っていい! 我が漫研のために、優秀な新入部員を確保しに来たのだからな!」
「あー、そういう魂胆ですか」
「うむ、というわけでとーがくん、漫研に入りたまへ!」
「断ります」
「そうかそうか、そんなに入りたいか」
「頭だけじゃなくて耳までおかしくなりましたか? 入りませんからね」
「おかしい、幻聴が聞こえる」
「多分、脳に障害があるんじゃないかと思います」
「オッケー! 任せろ、入部届はボクが代わりに書いておく!」
「あっ、もういいです」
相手にしていられるか、相変わらず自分勝手で話が噛み合わない。
「入ってあげてもいいんじゃないですか? 図書委員は部活と兼任オッケーですし、どうせ榎戸さん、部活とか入ってないんでしょう?」
何故か部長の味方をする羽原。いや、そういう問題じゃないんですが。
「そこの可愛らしい図書委員ちゃん、お名前を教えてくれ!」
「えーっと、羽原光です。よろしくお願いします」
おいおい、そこは本当によろしくなのか?
悪いことは言わない、ちょっと考え直せよ。
「ひかりちゃんか、うむ、覚えた」
羽原も名前をインプットされてしまったか、まさかこんなところまで魔の手が。
「榎戸さん、漫研の部員数が足りてないのは、この高校じゃ有名ですよ。入ってあげましょうよ」
「羽原、あんまり甘やかさなくていいぞ、どうせ原因は部長にあるんだからな」
俺は目を細め、部長を軽く睨んだ。
「な、なな! と、とーがくん、それはちょっと言いがかりがすぎるぞ!」
自覚がないのか、この人は。
一瞬、俺は呆れて言葉が出てこなかった。
「潔白だ! まったく、何を根拠に原因がボクだと言うんだね」
「ど、どういうことなんですか?」
「羽原、お前に説明してやるのも本当は嫌なんだが、あげればいくつも出てくる。今は、比較的にやばいのから話そう。まず、部室で急に脱いだりすること、他の部員の服を脱がしたり盗んだりすること、女子部員のスカートを覗かないこと、部室で堂々と成人向け雑誌を読まないこと。まあ、とりあえずはこのくらいですね」
「うわああああああああっ!」
部長は心臓を押さえながら、苦しそうに図書室の床をゴロゴロと転がった。
「ちょっ! だから図書室では静かにしてください!」
図書室内いた他の生徒の視線が、一気に入り口へと集中した。
はぁ、恥ずかしいなぁ。
「あと、そうやって取り乱した時に奇行に走って誤魔化そうとしないこと、とかもですかね」
「くっ、なんて激しい精神攻撃のラッシュなんだ! とーがくん、君は将来、嫁に容赦なく暴力を振るうタイプだね! 肉体的にではなく、精神的に」
「いや、勝手に人の未来を決めないでくださいよ。俺は至ってノーマルですからね? 部長と違って」
「いったいエロ漫画のどこが悪いんだ! とーがくんはエロ漫画に親を殺されたのかい? ボクはただ、この世の美に最も近いとされるエロを、後輩たちに教えようとしているだけじゃないか!」
部長は胸を張って答える。魅力的なバストが前に突き出された。
「え、ええ、エロ漫画って! どど、どういうことですか! 榎戸さん!」
羽原は顔を紅潮させ、恥ずかしそうに口元を隠した。口調も不安定で、動揺がわかりやすく現れている。
驚くのも無理はない。普通なら、エロ漫画のことなど女子高生の口から出たりはしない。そう、あくまで普通なら。
ただ、その普通じゃないことが、まさに今起きていたのだ。
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