今夜はあなたとずっといっしょに(その④)
それから私たちは自分たちの恋を芽吹かせてきた、確かに一目ぼれでもないし、休日の観光地で秘密のデートをしたわけでも、二人を引き裂く別れがあったわけでもない、、、でもねこれは私と彼だけの物語なんだよ。たとえこの世界で一番素晴らしい物語じゃあなくても、私たちの中で一番素晴らしいものであればいい。
「僕はさ、今までこう思っていたんだ」
「いっぱいお金があって、綺麗な服があって、美味しい食べ物がいっぱいあって、、、そういうものは確かにお金でしか買うことはできない」
「でも、僕には君がいる」
「君と食べたご飯はこの世で一番美味しかったし、君の着ている服も世界一高価な訳じゃない」
「それでも、僕は君と一緒にいたい。
君と一緒にご飯を食べて、君と一緒に
寝転がって空を見たい。時には夜空なんか見上げてさ、、、君と、一緒にいたい」
彼は泣いていた。
「なんで泣いているの?」
私はただそうとしか言えなかった。
「いや、なぜか涙が溢れて来たんだ、自分でもよくわからない」
そう口にする彼の目には微かに光る雫があった。私は一度触れるのを躊躇った。助けようとして、さらに事態を悪化させてしまうかもしれないと思ってしまった。でも私は世紀の魔術師でもないし、医者でもない。だから私にできるのはそれが傷つくことのないように優しく、言葉を紡ぐこと。
「私もね、、、
「おばあちゃんはね、そう思っているんだ」
おばあちゃんは言い終えると、自分のバックから魔法瓶を取り出した。魔法瓶の中に入っているものは、おばあちゃんの家にいつもある温かいお茶だった。
「おばあちゃんはいつもこれを飲んでいるね、これがお気に入りなの?」
「いいや、これはお前のおじいちゃんが好きだったものだよ」
「お前も飲むかい?」
「いや、遠慮しておくよ」
僕は飲めなかった。これを飲んだら、おばあちゃんとおじいちゃんのためだけの思い出で、僕が何かを手に入れることになってしまう気がして、なにかずるいというか怠惰というか、なんとも言えない気持ちになった。
「初めはそんなんでいいんだよ。自分でひとつひとつ探していくんだね」
「うん、でも身近に外国人なんていないし、そんな恋が僕にできるかなって、分からなくない?」
「確かに誰にも未来のことなんて予想できない、神様じゃないからね」
「でも無闇に探し求めるのは違うよ、求めるばかりで自分から与えることが重要だということを忘れてはいけないよ」
僕は正直よくわからなかった、なんだかはぐらかされたような気もするし。
「まあ結局、最終的にお前が幸せになってくれれば何でもいいんだよ」
おばあちゃんはやっと魔法瓶の中に入ったお茶を飲んだ。
「やっぱり、私にはこのお茶の渋みのうまさはなかなか理解できないな」
「くすっ」
僕は思わず笑ってしまった。
「おばあちゃんにもおじいちゃんのことで分からないことがあるんだね」
おばあちゃんはちょっと怒るかな?と思ったけど、おばあちゃんは笑っていた。
「確かに、おばあちゃんにも分からないことがある」
「だからね、うじうじ悩むよりも試してみたほうがいいよ」
「うん。分かった」
確かに僕とおばあちゃんが交わした会話には、詳しいこととか何もない、ただの世話話だ。でも、今日の会話が僕の中で残り続けたらどれだけ素晴らしいんだろう?と僕は思った。
「じゃあ今日は私と彼とで、今日は二人きりで過ごすから」
「そうかもと思ってたけど、本当に?」
まあでも少し心配だか、僕が何かをとやかく言うのはお門違いな気がした。
上を見上げると、空に月が浮かんできた。これは僕の物語だ。
今夜はあなたとずっといっしょに 鮎川伸元 @ayukawanobutika
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