第6話 アイヌ人との戦い
空想時代小説
5月。本格的な春がやってきた。また食料確保の季節となった。ところが、狩りに行ったアイヌ人が、地元のアイヌ人と争いになったと報告を受けた。陣屋のアイヌ人は、だいぶ前に白老から連れてこられた者だ。国後のアイヌ人からすれば、よそ者アイヌなのだ。ましてや、縄張りを荒らされたとなれば、黙ってはいられない。もしかすると陣屋を襲ってくるかもしれない。主水は、見張りの者を増やすとともに、根室の石川に援軍を頼んだ。来るかどうかは定かではないが・・・。
3日後の夜、敵は暗闇にまぎれてやってきた。見張りに立っていたアイヌ人が真っ先にやられた。火矢が打ち込まれ、下働きのアイヌ人たちは消火にやっきだった。事前に水おけに水を入れておいたのが功を奏した。
敵は土塁を登るのは難しくらしく、南側の浜から攻めてきた。武器は弓矢だ。火矢を射かけてくる。こちらはかがり火を増やし、その明かりに浮かび上がった敵を鉄砲で撃つしかなかった。膠着状態が朝まで続き、陽がでると敵は去っていった。
こちらの被害は、死亡者3名。下働きのアイヌ人たちだ。けが人4人。そのうち、重傷者が2人。矢がささり、もう戦うことはできない。弓隊の一人も重傷だった。もっとも困ったのが船の損傷だ。火矢をかけられ、3艘とも使える状態ではなかった。残ったのは、ニコライが使っていた小舟だけだが、これでは根室までの海を越えることはできないと思われた。そこで、主水は鳩を使って、根室に和船の提供を願いでた。そこにアテナイがやってきた。
「コノママデハ マタ イクサ ガ アリマス。 ワタシ ガ ハナシ ヲ シテ キマス」
主水は、アテナイの言うとおり、和議をしなければ、また被害者がでる。そうなると陣屋の存続さえ危うい。敵は何人いるかわからないのだ。ただ、アテナイ一人に行かせるわけにはいかない。主水は部下全員を集めた。
「アテナイに、国後アイヌとの和議交渉に行ってもらうことになった。だが、一人ではなしえない。お主たちの中から二人選びたい。指名するのは簡単だが、言葉のわからぬ相手では、いつ死ぬかわからない。しかし、この交渉がうまくいかなければ、8月の交代時期までに、また戦となろう。今回は何とか防いだが、逃げる手段のない我々は、まさに背水の陣となる」
しばらく沈黙が続いた。あたりの面々を見渡す者が多かった。そこに、ずっと目を閉じていた右近が口を開いた。
「オレがいく」
すると、右近の手下全員が、「わたしも」「わたしも」と言い出した。仲間が矢を受け、何かをしなければと思っていたらしい。結局、くじびきで一人が決まった。
主水は、右近たちに和議の条件をふたつ課した。
1.陣屋の存続を認めさせること。
2.戦いはしない。
アイヌと戦うためにいるのではなく、ロシアの船を見張っているということを知らせよ。これ以外のことは、右近とアテナイにゆだねるということを伝えた。役に立つかどうかはわからぬが、銀子を少しばかり持たせた。アイヌに銀子が通じるとは思えなかったが・・・。
交渉はだれが見ても難しいと思われた。同じアイヌといっても、アテナイは白老アイヌの出、国後アイヌとは言葉も違えば、習慣も違う。唯一の救いは、顔が似通っているぐらいだ。だれもが、この交渉がうまくいくとは思わず、3人は帰ってこれないと考えていた。
通常ならば、3日で帰れる距離である。だが、5日たっても帰ってこなかった。皆があきらめかけた7日目の朝、3人が帰ってきた。疲れ果ててはいたが、どこもけがはしていない。帰ってきたということは、交渉がうまくいったということか。とだれもが思った。
主水は、3人を小屋に招き入れ、酒と料理をふるまった。3人は、よほど空腹だったらしく、ガツガツと食べた。
一旦落ち着いたところで、主水は3人に尋ねた。
主水「ご苦労であった。それで、守備は?」
右近「はっ、アテナイのおかげで陣屋の存続と戦いはしないという約束はなりました」
主水「それは上々。それなのに、なぜ浮かない顔をしている?」
アテナイ「ワタシ ノ チカラ ガ タリズ モウシワケナイ」
主水「なぜ、アテナイが謝る?」
右近「それは、我らが向こうの縄張りに入ると、すぐにつかまり、地下牢に入れられました。それでも、アテナイは何回も交渉をしようとしました。5日間我らがおとなしくしていたので、地下牢から出され、長老の前に引き出されました。その時に、我らが持っていた銀子にアイヌが興味を示しました」
アテナイ「ソノ ギン ヲ サシアゲル ト イイマシタ」
右近「すると、向こうの態度がガラッと変わりました。どうやら、毎年もらえると思ったようです」
主水「こちらからの貢ぎ物と思ったわけか・・・それぐらいは仕方ないことだ」
右近「それだけではないのです。その後、地面に地図を書き始め、川から向こうはアイヌのものと言い出しました。アテナイは川を半分にしてくれ。と言ったのですが」
アテナイ「デモ ダメデシタ。スミマセン」
主水「川がだめとなると、秋の鮭がとれなくなるか。これは痛いな。海でしか取れぬか」
大事な保存食料が半減することが予想され、しばし沈黙が続いた。
翌日、根室の陣屋から和船が2艘届いた。主水は、今回のいきさつの詳細を文にし、根室にもどる兵に託した。陣屋の存続の検討をしていただきたいと書いたのだ。おそらく返事は8月になるであろうと思われた。だが、すぐに鳩で文が来た。
「敵のアイヌ人は何人いる?」
という質問の文であった。
主水があらためて右近に聞くと、
右近「牢屋以外のところに行く時は、目隠しをされていたので、よくはわかりませぬ。しかし、地下牢で聞こえてきた人の声は100を越すのは確かかと」
主水は、その旨を鳩を使って根室に伝えた。主水は、白老が国後のアイヌの討伐隊を出すのではないかと危惧した。
7月、主水の危惧は現実となった。2艘の安宅船がやってきた。交代の兵ではない。降りてきたのは、白老で鉄砲主任をしていた堀切格之進を先頭に100名ほどの仙台藩の兵だ。
格之進「アイヌ討伐にまいった。明日にでも攻め込む。道案内を頼む」
主水「アイヌとは停戦となっています。討伐をする必要がないのでは?」
格之進「お主が決めることではない。三好様が藩の上役と決めたこと。お主が書いた陣屋の存続のこと。陣屋を捨てるわけにはいかん。陣屋を捨てたとたんロシアがここを占領するのは明らか。となると、アイヌを討伐するしかないではないか」
主水は言い返せなかった。軍船でなくても、ロシア船がやってきたことは事実。我らがいなければ、居座ったに違いない。ニコライみたいな漁師もやってくるところなのだ。
翌日、右近とアテナイを道案内として、100人の兵がアイヌの村へ向かっていった。主水と左門らは、わずか10名で陣屋の警備である。敵が襲撃を察知して、まわり道をして陣屋を攻めてきたらひとたまりもない。緊張の時だった。
3日後の朝、伝令がやってきて、我が方の勝利を伝えた。陣営は大喜びだったが、右近とアテナイは命を落としたとのこと。主水は勝利を心から喜べなかった。
もどってきた兵に聞くと、だれかれかまわず殺したとのこと。女、子ども、老人も皆殺しだったということであった。死体の数は100を越していたという。仙台藩の兵も30人を失い、残った者もどこかはけがをしていた。
格之進らは、アイヌの生き残りが襲撃してこないかと警戒しながら、7日間陣屋に逗留した。貯蔵していた食料はほとんどがなくなり、底をついてきた。それで格之進らは、けがのひどい10名の兵を残し、白老にもどっていった。その時の言葉が主水には衝撃だった。
「春に規定が変わり、任期は2年となった。よって、8月に交代はこない。あと1年過ごされよ。もっとも、悩ますアイヌはいなくなったから、大丈夫だろ」
格之進の冷めた言い方に、凍るような思いがしたが、上役に逆らうわけにはいかず、黙って見送るだけであった。
主水は力が抜け、ふぬけの生活をするようになった。副官の左門だけが指示をだし、食料確保にやっきになっていた。
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