第5話 国後での冬、そしてロシア船の来航

空想時代小説


 冬は厳しかった。朝から吹雪の日も多く、小屋から出るのも難しい日があった。ニコライを含めて、4人で食事をすることも多かったが、日ごとにニコライの日本語がわかるようになってきた。

「タイチョウサン、サムイ?」

という思いやりの言葉をかけてくることもあった。小屋の中では、火の番がニコライの仕事になっていた。左門と右近は交代でニコライの見張りの役目をしていたが、火ばしを持ったニコライを見ても緊張する必要はなかった。

 主水は、日々の記録を書くのが日課となっていた。冬の間は、ただ耐える日々であり、ロシア船が来ることも考えられなかった。時に、その旨を根室陣屋の石川に鳩を使って、文書のやりとりをした。石川も同様の考えをもっているようだったが、陣屋の維持云々は上が決めることであり、藩としても幕府の命には逆らえないのである。


 4月になり、寒さがゆるんできた。まだ吹雪の日はあるが、真冬の厳しさはない。という時、伝令が陣屋にすっとんできた。

「隊長、ロシアの黒船がやってきました!」

主水は、左門や右近とともに、見張り台に走った。たしかに、沖に黒船が見える。軍船ではないようだが、大きな船だ。

「全員、配置につけ!」

主水は大声で命を発した。わずか10人で守るのは困難だが、やらねばならぬ。

 しばらくして、黒船から小舟が降ろされ、3人の男が浜に近づいてきた。

 主水は近くにいる鉄砲隊の足軽に、威嚇するように命じた。鉄砲の弾は、小舟の近くに着弾し、水しぶきがたった。小舟はこぐのをやめ、何かを騒いでいる。何を言っているかさっぱりわからない。そこに通訳のアテナイとともに、ニコライがやってきた。

「タイチョウサン、タタカワナイト、イッテイル」

ニコライの真剣な目を見て、主水は決意を固めた。

「打ち方準備やめ! 油断はするな」

と命を発し、アテナイとニコライを連れて、浜に立った。ニコライが何かを叫ぶと、小舟が近寄ってきて、桟橋につけた。毛皮で体を覆った3人の大男が降りてきた。ニコライに話しかけようとしたが、ニコライは主水に話すように目配せをした。何を言っているかは、全くわからなかった。ニコライがゆっくりと、

「タベモノト ミズガ ホシイ ト イッテイマス。カラフト カラ キタ ソウデス」

 主水は相手が交易を求めていることを知ったが、交易の許可は受けていない。答えに悩んでいると、またロシア人が何かを話している。ニコライが付け加えて言った。

「フネニ ビョウニン ガ イル。カラフト マデ カエル ニハ タベモノ ト ミズ ガ タリナイ。 ト イッテイマス」

こうなると、人道支援だ。主水は部下に食料と水を持ってくるように指示をした。ニコライがそのことをロシア人に伝えると、3人はとても喜んでいた。しばらくして、小舟に積める程度の食料と水をロシア人に与えた。ロシア人のリーダーらしき人間が、主水に抱きついてきて、

「スパシーボ、スパシーボ(ありがとう)」

と連呼していた。そして着ていた毛皮を脱いで、主水に差し出した。ついてきた二人の部下もそれにならっていた。

 小舟を見送ろうとした時、主水はニコライのことを思った。アテナイに

「ニコライを連れていってくれないか」

と通訳を頼んだ。

 アテナイは、何とか交渉をして、ニコライのことを頼むことができた。ロシア船は、ニコライを連れて何事もなかったように出航していった。

 この日のことを根室陣屋の石川に鳩で伝えると、

「軍船でなくても用心すべし。本来ならば追い返すべし」

と返書がきた。無理もない返事であった。

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