第4話 ロシア人現る

空想時代小説


 主水は、家臣たちの履き物に注目した。今は夏なので、ぞうり履きである。中には下駄ばきの者もいた。ぬかるみにはいいということだったが、はまってしまうこともあり、笑いを誘っていた。そこで古くからいるアイヌ人の知恵で、冬靴作りをさせた。2枚の皮を丸め、それを太い針と布で縫い合わせる。できたら、それを長靴の形で縫い合わせるのである。大き目に作って、中に乾いたわらをいれるとあたたかいということだった。多少、動きにくいが防寒にはなる。先祖の知恵に感謝である。

 9月に入り、熊を見かけることが多くなった。熊もそろそろ冬支度を始めたのだろう。

 陣屋の近くで、熊を仕留めた家臣がいて、皆から英雄視されていた。ところが、その夜、陣屋に別な熊が侵入してきて、その家臣を襲った。倒された熊の臭いが残っていたのかもしれない。主水はロシアとの戦いによりも自然との闘いだなと痛切に感じていた。

 主水は襲われた家臣の葬儀を行いながら、家臣の直属の上司である高木左門に話しかけた。

「左門、部下を失い残念だったな」

「隊長、いた仕方ありませぬ。これも我々の運命。いつ、ロシア船がいつわからぬ今、熊ごときに命をなくすのは、亡くなった部下は忍びないことでしょうが、これが定めです。さからっても詮無いことでござる」

「冥福を祈ろうぞ。ところで、鉄砲隊の補充はどうする?」

「1名の欠員はさほど問題ではありませぬ。弓隊から補充しては、弓隊分隊長の大熊右近が気にするでしょう。通訳のアテナイが鉄砲の練習をしており、なかなか筋がいいです。万が一の場合は、アテナイを入れたいと思いますが・・・」

「うむ、アテナイの通詞は平時の仕事。いざという時には鉄砲隊にいれようぞ」


 10月になり、鮭の遡上が始まった。陣屋の近くの川にも多くの鮭が上がってきた。陣屋総動員で鮭の確保に奔走した。これが冬の大事なたんぱく源なのだ。干し魚にして高床式の倉庫に貯蔵する。

 鮭をねらうのは、人間だけではない。熊も川にやってきた。少しの鮭を捕ると、巣穴に帰っていった。共存共栄だ。

 10月末、初雪が降った。その日、下働きのアイヌ人が通訳のアテナイとともに、主水の建物に駆け込んできた。

「モンドドノ、カワニ、ロシアジンガ、タオレテ、イル、ソウデス」

「何! 何人だ?」

「ハッキリトハ、ワカリマセンガ、ミタノハ、ヒトリ、トノコト」

 主水は、部下の半数を連れて川沿いに向かった。すると、小舟の中に一人のロシア人が倒れていた。兵隊ではない。狩人でもない。

「漁師か? 生きているか確かめよ」

と主水は、近くにいた部下に命じた。部下たちは、おそるおそる近づいていった。鉄砲を持っている部下は、辺りを警戒している。いつ、だれが襲ってくるかわからないからだ。

「隊長、生きています。でも、息たえだえです」

主水が近づいてみると、確かに生きているのがわかった。だいぶ衰弱している。主水は部下に舟ごと陣屋に運ぶように命じ、部下を引き揚げさせた。

 陣屋にもどり、高木左門と大熊右近を呼び、3人でこのたびの対処を協議した。

左門「ロシア人ですから、捕虜扱いにしては?」

右近「捕虜といっても、収容する牢屋がありませぬ」

左門「使用人のところに、牢屋を作っては?」

右近「あそこは、もういっぱいでござる。そんな余裕はござらん。家来のところも同様でござる」

左門「新しく建てるにしても、これから冬の季節では・・・木材の調達もままなりませぬ」

主水「すると、ここしかないではないか?」

二人は顔を見合わせた。主水の考えを察することができたからである。

主水「二人のうちのどちらかの部屋を牢屋にして、二人いっしょの部屋にするか?」

二人はしぶしぶ納得するしかなかった。

 翌日、体をあたため、食べ物をとることができたロシア人は歩いて主水たちの建物に入ってきた。何度も「ニコライ・ニコライ」と言うので、名前だというのがわかった。くじ引きで負けた左門の部屋に入ることになった。ベッドひとつだけの部屋だが、寒さだけはしのげる。ニコライは素直に部屋に入った。外から形ばかりのかんぬきをかけた。だが、体当たりをされれば、簡単にあきそうだった。その日から奇妙な4人の生活が始まった。

 朝は、部下が起こしに来てくれて、朝礼にニコライを連れだした。全員のあいさつの後、体操が始まる。天気がいい時は、上半身裸で乾布摩擦を行った。ニコライは毛深いなので、やりにくそうだった。

 その後、アイヌ人が用意してくれた朝食となる。だいたいがイモ汁か、鮭汁だった。食事の後は、それぞれの役割分担で作業となる。狩りに行く者、魚釣りに行く者、建物の修理をする者、炊事洗濯など、さまざまな仕事があったが、ニコライは通訳のアテナイについて、言葉の勉強をしたり力仕事をしている。アテナイが物を指さし、その日本語を教える。ニコライはロシア語をアテナイに教える。そういう日々が続いている。本来は、漁師なので魚を捕りに行きたいようだったが、陣屋から出ることは許されず、常に警備の武士の監督の元で働いていた。だが、体をもて余していたのだろう。下働きのアイヌ人がやっていたまき割りを指さし、それをやりたいと言い出した。まき割りの斧を持たせることは躊躇されたが、あれよあれよという間にアイヌ人と交代して、まき割りを始めた。近くにいた警備の武士が怒鳴ろうとしたが、居合わせた主水が制した。

「いいではないか。本人がやる気なのだから・・」

「しかし、斧を持っては危のうござる」

「ニコライは兵隊ではない。漁師だ。春になったら解放してやる。冬のうちは逃げ出すまい。ただ、目は離すなよ」


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