第十夜

 朝食を食べた後、私がベッドで寝ていると、突然、電話が鳴った。

 画廊がろうの主人からだと思い、画面も見ないで電話に出ると、聞き覚えのない声がして驚いた。

 おまけに、その人物は、私の絵が大賞に選ばれたと言う。

 確かに、最終選考に残っているという連絡は受けていたが、まさか自分が受かるとは思っていなかった。

 どうせ、悪戯いたずら電話だろうと話半分に聞いていたが、通話が終わってから、確認の為、着信画面を見る。

 すると、確かにコンクールの主催者からの電話で、私はどうしたらいいか分からず、混乱して頭の中が真っ白になる。


「どうしたの?」

「大賞だって……」


 私は、ぼんやりとした意識のまま答えた。

 すると、ヨウは目を輝かせて、嬉しそうな声で言う。


「すごい! おめでとう。お祝いしなきゃね」

「ありがとう。でも、お祝いなんていらないよ」


 私には、まだ受賞したという自覚もないので辞退しようとするが、ヨウはどうしても祝うと言って聞かない。

 しかし、祝賀パーティをすると言っても、狭い作業机では料理を並べ切れないだろうし、第一、椅子が一脚しかないのは不便すぎる。

 私がそう説明すると、ヨウはうつむいて考え込んでしまった。

 あまりにヨウが悲しそうだったので、私は、ふと思いついた事を提案してみる事にした。


「料理が置けるように、テーブルでも買いに行くか……」

「うん。それ、いいね!」


 早速、二人でホームセンターに行く事になった。

 そして、店であれでもない、これでもないと小一時間ほど悩んだ挙句あげく、スペースの事を考えて、折りたたみ式のテーブルと椅子を一脚いっきゃく、買う事にした。


 買い物をすませてアパートに帰ると、ヨウが早速、料理を作り始めた。

 私は、ゆっくりくつろぐように言われたが、何をすると言う事もない。

 シャワーを浴びても、まだ時間が余るので、スケッチブックに料理を作るヨウを描く事にした。

 ヨウがそれを見つけて、「後で見せて」と言って来る。


「パーティが終わったらな」

「了解。どんなの描いてるか楽しみ」


 私が黙々と絵を描いていると、ヨウがそばに来て肩を叩いた。

 描くのに夢中で、呼ばれている事に気付かなかったらしい。


「お待たせ」


 ヨウはそう言って笑った。


 テーブルを見ると、そこには、いっぱいの皿が並んでいる。

 この量だと、間違いなく作業机には載らなかっただろうから、テーブルを買いに行って正解だった。

 私がそんな事を考えていると、ヨウが「座って」と言って椅子を引いた。

 そして、私が腰を下ろすと、もう一度、仕切り直しというように、ヨウは祝いの言葉を述べた。


「受賞おめでとう」

「ありがとう」


 料理はたくさんあったから、私は満腹になってベッドに寝転んだ。

 それから、思いついた事をボソリと呟く。


「引越しでも考えるか……」

「どうして?」


 ヨウはそう尋ねて、ベッドに腰を下ろす。


「どうしてって……。二人で住むには狭すぎるだろ」

「二人で……住む?」


 ヨウは、私の顔を不思議そうに覗き込んだ。


「え? ずっと一緒に住むんだと思ってたんだけど、違ったのか?」


 私一人が勘違いしていたのかと慌てていると、ヨウが飛びついて来た。


「一緒に住めるんだ! 嬉しい!」

「って、もう一緒に住んでるじゃないか」


 言っていて恥ずかしくなり、私はヨウから顔をらすと、照れ隠しのようにほほをかく。


「引越し、どっちでもいいよ。テーブル買ったばかりで引越すのももったいないし」


 ヨウに言われて、それもそうだと納得した。


「まあ、狭くてもいいって言うなら、別にいいんだけど」

「大丈夫。狭くない。それに、狭い方が一緒に寝られる」


 ヨウはそう言って、悪戯っぽく笑った。


 その後、二人でベッドに潜った。


 あの日から、ヨウは約束を守って私を襲わないでいる。

 しかし、今では、私の方が襲いたい気持ちでいっぱいだ。

 それに、あの頃、気にしていた性別とか年齢とかそう言う事は、私の中ではさしたる問題ではなくなっていた。

 ヨウが成人している今となっては、二人の気持ちが一緒ならば何もためらう事はないように思えた。


「ヨウ?」


 私は、隣にいるヨウに呼びかける。


「ん?」


 しかし、私は、その後に何を言うかを考えていなくて言葉に詰まってしまった。


「ええと、あれだ……」


 私が困っていると、ヨウは悪戯っぽく笑った。


「キス、する?」

「えっと……」

「約束が時効なら、今すぐ襲うけど」


 こちらから言い出そうと思っていた訳だが、こう言う事には耐性がなくて、ヨウに先手を取られてしまう。

 しかし、年上の意地を見せなければと、何とか言葉を捻り出した。


「嫌、俺が襲う」

「じゃあ、襲ってみてよ」


 笑顔で告げるヨウに、私はそっと口付けた。


 私は、今、あの頃のヨウとは違う気持ちで「明けない夜」を願った。

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明けない夜を願う窓辺 汐なぎ(うしおなぎ) @ushionagi

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