第15話

「最後のすごかったね」

「……」

 

 サドンは黙って貰ったシールをペタペタとミリアの腕に貼り付けた。

 

「なになに?あはは。くすぐったいよ」

「ミリア……」

「うん、ありがとうね。でも大丈夫だから」


 あの大きな音はサドンがわざと出したのだろう。おじさんのするユフィの話を止めるために。

 確かにユフィがいなくなってすぐの状態だったら、ミリアはどうなっていただろう。そもそも祭りに出られる精神状態ではなかったが。

 

「彼は悪くないってわかっていても、心の中ではどうしてユフィの体にって恨んでいたんだ。聖女なんか、ゲームなんて知ったこっちゃないって。でも、彼だって一人の人間だし、継人としてみんなに希望を与えている。彼には、いい人生を送ってほしいと願っている。こう考えられるようになったのはサドンのおかげなんだよ」

「オレのおかげ……」

「サドンがいなかったら僕は今も引きこもっていただろうしね」

「ふはっ。確かにあのままだったろうな」


 彼がユフィの体に入ったことと、ユフィの魂がどこかへ行ってしまったことは切り離して考えることにした。ミリアは不幸にも行方不明になってしまった親友を探しているだけ。そこに衣は、外側の姿は関係が無い。学園の中で皇太子と仲良く歩くユフィの姿を見ても心がザワつくことは無くなっていた。

 

 この白明祭の盛り上がりは先代継人が亡くなって以来見られなかった活気だ。間違いなくユフィの中の彼が築き上げた功績。ユフィがユフィのまま、継人であることを公表しなかったら見られない光景だ。

 

「さあ、祭りはまだ始まったばかりだよ!サドン、次はどこに行く?」

「おう!あの甘いやつ食いてえ!」


 サドンと屋台を回っていると、突然ズボンの裾をクンと引っ張られた。その主は聖女の光に扮した小さな少女だ。3歳ほどだろう。ミリアを見上げている。

 ミリアは即座にしゃがみ、少女に目線を合わせた。


「どうしたの?」

「これ、これ」


 少女は自信が持っている馬のぬいぐるみとサドンを交互に指さした。


「綺麗なぬいぐるみだね。買って貰ったの?」


 こくりと頷き、ぬいぐるみの口をパクパクと上下に動かした。


「これしたいの」

「これ……お喋りしたいの?」

「うん。同じ。これしたい」


 少女はサドンが動いて話す姿に憧れたようだ。お気に入りの馬のぬいぐるみと喋りたいのだろう。

 この位の歳ならよくある話だ。ミリアもひとりぼっちの頃はよくサドンに話しかけていた。まさか、黒い光サドンが取り憑いて本当に喋れるようになったとは当時の自分はどれほど喜ぶだろう。


「こら、アリー。お兄さんに迷惑かけないの。ごめんさない」


 母親が慌ててやって来て少女、アリーを抱き上げた。

 どうやらミリアが連れているサドンの姿を見て、母親の見ないうちにフラフラと来てしまったのだろう。

 

「いいですよ、謝らないでください。アリーちゃん、ちょっとそのお馬さん借りてもいいかな?」

「いいよ」

「お馬さんの名前はなんて言うの?」

「あのね、えっとね。ケビンって言うの」

「そっか、ケビンくんか。いい名前だね」


 ミリアは話しながら、アリーの目に入らないようぬいぐるみの腹糸を解き、魔術式を書いた紙を中に入れ、同じように縫い合わせた。裁縫道具は常に持ち歩いている。魔法の力もあり慣れたものだ。


「はいどうぞ」

『ケビンと遊ぼう』

「わっ、わ!!!」

 

 アリーはケビンが喋った驚きからかケビンとミリアを交互に見た。そしてミリアが頷くと、ケビンを抱き締める。興奮からか耳が真っ赤になっていた。

 

「お喋りできるのはお祭りの間だけ。聖女様の奇跡だからね」


 内緒話をするように人差し指を口の前に持っていく。少女アリーはケビンで顔を隠しながら母親の腕の中でコクコクと頷いた。「泥棒が」腕の中のサドンがボソリと呟く。

 

 ミリアが書いた魔術式は少女の声に反応して関連する単語を話すという物。しかし、込めた魔力は少ないため一日しか持たず紙ごと消えてしまうだろう。だから聖女の奇跡と称した祭りの間だけという制約付きだ。


「ありがとうございます!アリー、ほら」

「……あいがと」


 そうお礼を言うアリーは、母親の腕の中ですっかり縮こまり始めの頃とは真逆でしおらしくなっていた。ケビンとボソボソと小さな声で話している。

 そして、ペコペコとお辞儀をする母親に連れられていくのを手を振って見送った。

 

「可愛かったね」

「オマエはなあ、なんでこんな簡単に可愛いだの言うんだよ」

「そんなに言ってる?」

「言ってるだろ……オレとか」

「それは本当のことだし」

「オレはカッコイイって言われたいんだよ」


 黒猫のぬいぐるみに取り憑いている時点でカッコイイは無理がある。ちょこちょこと動く度、愛くるしさに抱き締めたくなるのだ。

 しかし、サドンは男なのだろうか。だとしたら可愛いと言われるのはそんなに気分が良くないという気持ちも分かる。これからは可愛いと思ったらカッコイイと言い換えた方がいいのかもしれない。


「……カッコイイね」

「心がこもってねえんだよ」

「心がこもってないだなんてそんな。黒くて小さい体とか?凄くカッコイイよ」

「適当言うな!チッ……いつか見返してやるからな」


 サドンは悪態をつきながらも手に持つ串焼きを口元に持っていくと、どういう原理かスルスルと消えてなくなった。食べなくても平気らしいが味は分かるらしく、ねだられることもしばしば。それにしても食べ物がぬいぐるみに吸い込まれていく様は不思議なものだ。美味しかったのか、当の本人は満足そうにケプッと軽いゲップを出した。


「他に寄りたいところは?」

「ひとまず満足だ」

「そっか。じゃあ舞台でも見ようか」


 時計を見てちょうど舞台の時間だと気づいたミリアは、劇場に足を運んだ。祭りの特別仕様として円形に迫り出した舞台では『聖女エーリャ伝説』の演目が行われる。

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2024年9月21日 17:00
2024年9月22日 17:00
2024年9月23日 17:00

元親友曰く、ここはゲームの中のらしい 春牧十影 @harumakitokage

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