第14話
『エーリャは貧しい農家の娘でした。しかし、優しいお父さんとお母さん、それに弟。町の人達とも力を合わせて野菜を育てていました。
ある日突然、瘴気が町を襲います。瘴気を吸った人や動物が次々と倒れてしまいました。そして育てている植物が全く育たなくなったのです。魔王の闇の力です。魔王は人に危害を加え、植物の成長を止める瘴気を発生させるのです。
「食べるものがない」「息子が倒れた」町の人達は困り果ててしまいました。
エーリャは夜空の星に向かってお願いをします。「みんなを助けたい!」心優しいエーリャの願いが叶ったのでしょう。満点の星々から白い光が零れ落ち、エーリャに宿りました。
エーリャに宿った白の光は瞬く間に闇の力を払い除けます。植物がグングンと育ち、倒れた人は瞬く間に元気になりました。
町の人達はそんなエーリャの姿を見て「聖女様だ!」そう呼びました。
エーリャの噂は王都にも届きました。
「一緒に魔王を討伐しないか」王都の騎士達からのお誘いです。「私の力が役に立つのなら」エーリャはふたつ返事で頷きました。
魔王へ向かう道中もエーリャは町へ寄り瘴気を取り除きました。力を使いすぎてフラフラになりながらも聖女の力を使い続けるエーリャ。周りの騎士達も止める程でした。
エーリャ一行は魔王の元へ到着しました。あまりにも巨悪な力に仲間が次々と倒れ、挫けそうになりました。その度に助けたい家族や町のみんなを思い出して立ち向かいます。
そして、やっとの思いで騎士と力を合わせて魔王の討伐に成功しました。
こうして町に戻った聖女エーリャは一緒に戦った騎士のひとりと結婚し、国を守った英雄として幸せに暮らしましたとさ。』
めでたしめでたし。
ミリアは『聖女エーリャ伝説』の絵本を閉じた。この国で一番有名な物語で、知らない人間はいないだろう。史実ではエーリャは魔王を討伐した際、相打ちで死んだとされている。最後の部分は絵本らしく子供向けに変更したのだろう。
聖女エーリャがおらず、魔王の討伐が成功しなければ瘴気が広がり、人類は既に滅んでいると考えられている。エーリャは瘴気の災いに抗う力を持ち、元凶を打ち倒した。今の平和な生活があるのは聖女エーリャのお陰。これがこの国で聖女信仰が盛んな所以だ。
そして、聖女亡き後聖女の力を継ぐ者『継人』が現れたのだ。聖女を信仰するならば当然継人も信仰の対象となる。歴代の継人は皆謙虚で慈悲深い聖女の生き写しの様な人柄なようだ。いい噂しか流れてこない。
パンッ、明るい破裂音が外から聞こえた。
「なあ、今の合図だろ?行こうぜ!」
棚の上でぬいぐるみに埋もれていたサドンが、浮遊魔術でミリアの膝の上にやってきた。サドンを抱えて立ち上がる。
そう、これは祭りの開始の合図だ。
聖女が魔王を打ち倒したとされる、一年の内で一番星が綺麗に見える冬の日。聖女に感謝を伝える祭り、通称白明祭が開催される。
学園の授業終わり「白明祭を一緒に回らないか」という誘いを受けたミリアは断った。目元を拭いながらその場を後にした彼女を見送った後、ポケット内のサドンがミリアの胸を叩く。
「おい、ミリア!祭りがあるのかよ。言えよ!」
「黙ってた訳じゃないよ。というか知ってるのかと思ってた。この国では一番のお祭りだからね」
「知らねえよ。オレが生まれて一年も経ってねえんだぜ?」
サドンはしっかりとした受け答えが出来つつも、この世界の一般常識については何一つ知らなかったのだ。魔術式を動かすだけの魔力も持っていなかった。
まるで大人が自身の言語や考え方だけそのままに、これまで生きてきた証をごっそり無くしたように。
地頭がいいのか見て聞いて知識を吸収し、魔力も付いてきたサドンの様子からそんなことはすっかり忘れていた。
「なあ、ミリア。楽しいのか?」
「聖女様を讃える祭りだからね。気合いが入ってるよ」
「それなのにあの女の誘いを断ったのか」
「言ったでしょ?そういう気分じゃないって」
「ふーん」
気の抜けた声。しかし、無意識だろう尻尾をペチペチとミリアに叩きつけて「祭りか」「白明祭ね……」と数度呟くサドン。
「かと言って家に籠るのも寂しいしね。サドン、一緒に行ってくれる?」
「……ったく、しょうがねえな。そんなに言うなら行ってやるよ!しょうがなくな!」
ポケットの中からミリアを見上げ、ご機嫌に鼻を鳴らすサドンにミリアは微笑んだ。
こうして白明祭の日がやってきた。ミリアはサドンを連れ、街に繰り出す。サドンは学園での小さなキーホルダーの姿では無く、オリジナルの大きな姿だ。祭りでは魔術式を組み込んだ中に人がいない着ぐるみが歩いていたり、契約魔術で従えた魔獣を連れ歩く者もいる。普段人前で憚る行動も、祭りの中では許容されるのだ。
ミリアが動いて喋るぬいぐるみを胸に抱えていたところで気にする人などいない。
街の風貌はガラリと一変。電灯の間を埋めるように装飾が施されており、通りには出店がずらりと並ぶ。そして家々のベランダから花びらと光の粒が絶えず降り注いでいるのだ。幻想の魔術式で生み出された物だから地面を汚すことも無い。
「すげえっキラキラだ!」
『聖女様のご加護が在らんことを!』
足元ではキャイキャイとはしゃぎながら、白いドレスと葉の冠を身につけた子供たちが縫うように走り抜ける。聖女の力である白い光に扮しているのだ。
「おい、あれやりてえ。あっちはなんだ!?」
「あはは、順番だよ」
冬の静謐な空気を吹き飛ばす賑わいにサドンは目を輝かせ、目につくものから興味を示す。落ちてしまいそうになる程身を乗り出すサドンをなんとか腕に留めながら、見知りの屋台へ足を運んだ。
「よおミリア。大きくなったな」
「おじさん毎回それ言うよね」
「そうだっけか?」
ガハハと豪快に笑うのは近所の野菜売りのおじさんだ。この通りの屋台を出している人たちは、小さい頃からお世話になっている。幼い頃中々馬の合う友達ができず、浮いていたミリアを気にかけてくれていた気のいい人たちだ。ユフィという親友ができてからも、ミリアが引っ越しをしてからも共々良くしてもらっていたのだ。
「一回分お願い」
「あいよ。そのぬいぐるみ懐かしいな、いっつも持ち歩いてたもんな」
おじさんはカゴに野菜を模したボールを五つ入れ、台の上に置いた。このボールを投げて黒いモヤを書いた的を倒す的当てだ。
ミリアは台にサドンを下ろした。
「あれを倒せばいいのか?」
「そうだよ。倒した数でもらえる景品が違うからね」
「おう!」
サドンはボールを手に取り投げた。しかし的に掠りもしなかった。続けて投げると、少し近く。さらに投げると、的のスレスレを通った。
「惜しい!」
「ミリアの魔術式か?」
「当たり前でしょ」
「はー……すげえな。学園ではこんなのも習うのか」
実際、サドンが動くのは魔術でもなんでもない。
ただ歩かせるだけならともかく、ぬいぐるみを意思のある生き物として動いて喋られるようにするのは唯の学生では難しい。だから、こういうのは堂々としているに限るのだ。おじさんもそんなミリアにこれ以上何の疑問も抱かなかった。
サドンが四投目を投げると的の端に当たったものの倒れない。「チッ」小さな舌打ちが聞こえた。
「それにしてもユフィが継人様だったとはなあ。あちこち顔を出して忙しいだろうに立派なこった」
「そうだね。立派だよ」
ユフィの体に入っている別人の彼は、皆に優しく平等で、孤児院や病院を回り聖女の力を使ったり、祭事に積極的に参加したりと民衆の評判も良い。歴代継人と違わず責務を全うしているようだ。
さらには、皇太子と順調に関係を築いているらしい。婚約の噂まで流れている。彼の言う『君光』の物語通り事が進んでいるのだろうか。しかし物語通りとはいえ異世界人だというのに、ここまでの立ち回りができる彼は立派という他ない。
「ともかく、今代の継人様が見つかってよかったよ。いるのといないのとじゃ、やっぱり活気が違う。ミリアは寂しくなるだろうがな!」
ドオンッ
おじさんの笑い声を掻き消すような音がした。サドンの投げたボールが勢いよく的に当たり倒したのだ。景品のシールを貰い、ミリアはサドンを抱えた。おじさんに礼を言って他の屋台へ向かう。
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