第2話 押し入れ女神




 数日後。



「ん、あれ? 俺は……」



 気が付くと、俺は自分の部屋にいた。


 記憶が曖昧で、何があったのかイマイチ思い出せない。

 ただここ数日の間、ずっと頭がボーッとしていたことだけは覚えている。



「……何かあったような気がするんだけどな……」


「おや。ヒロインとの運命的な出会いを忘れるとは遺憾ですね」


「え?」



 女の声がした。


 他には誰もいないはずの俺の部屋で。



「ど、どこだ!?」


「ここです」


「うおわッ!! おま、そこで何してんだ!?」



 俺の部屋の押し入れから、少女がちらりと顔を覗かせる。


 思い出した。

 あの神社で出会った、自らを女神と名乗る少しおかしな少女である。



「意外と過ごしやすくて良いんですよ、押し入れは。ドラ◯もんがここで眠るのも納得です」


「いやどうでもいいわ!! あと怖いんだよ!!」



 女性不信の俺ですら油断してしまいそうな程の絶世の美少女だ。


 そんな美少女が、押し入れからこちらを見つめている……。


 完全にホラーの絵面である。



「は、早く出ていけ!!」


「嫌です」


「……は?」


「私は今、君に取り憑いているような状態です。要するにスタ◯ドなんです。ですので出ていけと言われましても」


「自律思考型のスタ◯ドは欲しくない!! いいから早く出ていけ!! あ、この、まず押し入れから出て来い!!」



 押し入れの戸を無理矢理開けようとすると、向こう側から押さえられる。


 この、抵抗すんな!!



「お、おい!! 早く出ていかないと警察に通報するぞ!!」


「どうぞ。私の姿は普通の人に見えないので、ただ君が頭の哀れな子だと思われるだけですよ?」


「は? 見えないって、んなわけ……」


「試しに私をスマホで撮ってみてください。映らないので」


「……」



 俺は言われるがまま、スマホを取り出して目の前の自称女神を撮影してみた。


 すると……。



「え? は? ま、まじか?」



 スマホのカメラに自称女神が映らない。


 肉眼で見ると目の前にいるが、スマホにはどうやっても映らないのだ。



「信じてもらえましたか? 私は自称女神ではなく、ガチモンの女神です」


「な、何かのトリックじゃなくて?」


「疑り深いですね」



 そりゃあ、女の言うことなんか信じられねーし。



「なるほど。どうやら私が女性の姿をしていること自体が不信を招いている、と」


「っ、おま、俺の考えてることを……」


「はい、読めますよ。君の思考は全てお見通しです」



 こっちの考えてることが全部分かるのかよ!!



「な、何が目的なんだ? お前は」


「……ふむ。その『お前』というのはやめてください。私たち、まだ熟練夫婦という程の関係ではないので」


「そもそも夫婦じゃねーよ!! お前呼ばわりが嫌なら名前名乗れや!!」


「名前は自分から名乗るものですよ?」


「それはそうだな!! 俺は刀城とうじょう清秀きよひで!! 以上!!」



 必要以上の会話をする必要は無い。


 これがもしも、女神ではなく、男神だったなら、もう少し自己紹介しただろう。


 しかし、女とは最低限の会話すら億劫なのだ。だからこれで良い。



「ふむ。そうですね、今は姫色きいろと呼んでください」


「……分かった。で、姫色の目的はなんだんだ?」


「端的に言うと、君の女性不信の治療です」


「は?」



 姫色が無表情のまま、あっけからんと言う。



「いや、意味分かんねーよ」


「そのままの意味です。この私が、女性を信じられるように君を治療します。恋愛の女神の名にかけて、ラブコメという治療法で」


「ラブコメって、ふざけてんのか?」


「ジョークを言っているような顔に見えますか?」


「ずっと無表情だから分かんねーよ!!」


「これは至って真面目な顔です。覚えておいてください」



 メンドクセー。本当にメンドクセー。


 っていうか……。



「なんでわざわざそんなことを? 神様が俺を気にかける理由が分からん」


「君が願ったことですよ、私に」



 ……ああ、クソ。


 そうだった。

 たしかに俺は、あの神社で女性不信が治りますようにと祈ってしまった。


 しかし、だからってなんで俺の家に……。



「一番手っ取り早いのは、女性と同棲することですから」


「思考を読むな。それに同棲だって?」


「はい。知らないのですか? 男女が一つ屋根の下で過ごす。当然、何も起こらないはずが無く――」


「何もしねーよ。ったく」



 もう何を言っても、姫色はこの家に住み着くつもりだろう。


 こうなったら徹底的に無視するしか無い。


 そろそろ高校生活が始まるんだ。

 姫色のことは無視して、必要な準備を済ませておかないとな。



「もう好きにしろ。ただし、押し入れからは出てくるなよ」


「ご安心を」



 そう言うと、姫色が押し入れを開いた。



「なっ……」


「ご覧のように、テレビや録画レコーダー、冷蔵庫やクーラーも完備してますので。あとポテチとコーラもあります」


「人んちの部屋の押し入れを快適スペースに改造すんな!! つかどうなってんだそれ!?」


「神の力で用意しました。今の時代は素晴らしいですね。昔では考えられないくらい快適で過ごしやすいです」


「そりゃ良かったな!!」



 俺は押し入れの戸を勢い良く閉めた。



「……はぁ、疲れた」


「あっ、言い忘れていましたが」


「今度はなんだ!?」


「高校入学の日、君にイベントが発生します」


「は? イベント?」



 なんのイベントだよ。



「当然、君が女性不信を治す切っ掛けになり得るイベントです。そのイベントをどうするかは、君自身が決めてください」


「……あっそ」



 俺はもう一度押し入れの戸を勢い良く締めて、高校入学に向けて準備を進めるのであった。


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まだ俺の学園ラブコメは始まってすらいない。 ナガワ ヒイロ @igana0510

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