最終話 大切なもの
「待ちなさいよ。アタシを巻き込んだのは貴女だったってワケ?」
ボロボロになった服に血だらけの足を見せつけてくる。
ベルナール先生の瞳が怒りで震えていた。
「知らない男にボロボロにされた上に、初恋まで穢されて……いったいどう責任を取ってくれるのよ!」
先生は再び銃口を僕に向けた。拳銃を持つ手が震えているせいか狙いが定まっていないようだけれど、それでも十分脅威的な状況だった。
「彼を殺せば、過去に戻れるのよね? だったら――」
先生がそうしようと思えば、銃に慣れない彼女でも簡単にできる。
それだけの至近距離だ。
そんな緊迫した空気の中、キョウはゆっくりと口を開いた。
「何を被害者ぶってるの先生。ヒビキちゃんだって当事者でしょう」
「……え?」
「だってパパの協力者ってたぶん、ヒビキちゃんなんだと思うよ」
そんなキョウの言葉に思わず言葉を失う。
まさかと思う一方で、僕の頭には一つの可能性が浮かんできた。
「嘘よ! だってアタシ、あの人と会うのはさっきが初めてで」
「それは今回は、でしょ? ねぇ、ケイくん。最初の八月二十四日に、私やヒビキちゃんに会った記憶はある?」
「……無い、と思う」
今回はたまたま公園に行ったけれど、それまでのループではあまりの暑さで外に出ようとも思わなかった。だからあの日は本来、キョウやヒビキには会わなかったはずだ。
「ケイくん、私の家に来たことは?」
「無いよ。お父さんがいるから、今までキョウの家には一度も行ってなかったでしょ」
僕はそう答えると、彼女は少し寂しそうな顔で「だよね」と笑った。
「あの日、ヒビキちゃんはウチに来る流れだったでしょ? それでパパと出逢ったんだ」
キョウが昨晩調べていたのは、僕の父さんについてだった。
父さんはSNSをやっていなかったけれど、大学時代の友人が一緒にフランス旅行をしている写真を投稿していたのを見付けたらしい。
僕の知らないところで事件は繋がっていた。キョウはそう言いたいらしい。
「そしてパパと協力関係を持ったヒビキちゃんは、情報を渡すようになったの。ケイくんのパパを見つけ出すために」
そして夏休み最後の日。
キョウのお父さんは僕の家に忍び込んだ。
僕が殺されたのはそのときだ。
だから僕はキョウに連絡を取ろうとして――。
「じゃあアタシが……水島君を……」
「今みたいに恨みが爆発しちゃったんだろうね。同情はするけど、結果的にケイくんが死ぬことになったのは……絶対に許せない」
ベルナール先生は震える声で呟くと、頭を抱えてしまった。
綺麗なブロンドの髪が血と土でぐちゃぐちゃになっている。
そうか、さっきキョウが言っていた“最後のピース”って、ベルナール先生のことだったんだ。
「それでケイくんが居なくなった世界に絶望した最初の私が、何かしらの方法で時を戻した。その方法は今の私には分からないけれど……自分なら、何がなんでもそうすると思う」
たしかにキョウの執念ならやりかねない。
そんな衝撃的な告白を聞かされて、僕は言葉を失った。
だけど納得できた部分もある。
こんな形で真相を暴くことになるなんて思いもしなかったけど――。
「そこまで水島君を……」
「初恋の人に憧れて日本まで来ちゃうヒビキちゃんなら、私の気持ちも分かってくれるっしょ?」
呆気にとられた先生を見て、キョウはクスクスと笑う。
その笑顔はまるで悪魔のような笑みだった。
「だからね。このループを終わらせるには、今ここで私を殺すしかないよ」
「――え?」
キョウは教壇に肘を乗せ、ベルナール先生の顔を見上げた。
「パパを殺しちゃったことは恨まないからさ。その代わりに、その拳銃で私を殺してよセンセ」
「おいキョウ! こんなときに何をくだらない冗談を……」
「冗談なんかじゃないよ。ループを引き起こした私が死なないと、ケイくんはこの地獄から一生抜け出せないの」
僕が死ぬ以上、キョウは必ず同じ未来に辿り着く。
つまりその可能性があるかぎり、このループは続くということらしい。
「日南さん、貴女……」
「どんな世界においても、私の願いはケイくんが生きること、それだけ」
キョウは本気だ。
そして先生は追い詰められている。
今ここで僕を殺してループをもう一度起こしたとしても、先生は殺人鬼に共謀した事実から逃れられない。
「今の自分を変えないと、過去や未来も変わらないんだよヒビキちゃん」
――その言葉が引き金になったのか、先生は拳銃をこめかみに当てた。
キョウではなく、自分自身の。
「え、先生……?」
「ふぅん、そっちを選ぶんだ」
「ごめんね日南さん……でもアタシ、この世界を生きていくのは辛い」
先生は悲しそうな声でそう呟く。
乾いた一発の銃声が教室に鳴り響いた。
あっけない幕切れだった。
僕の中に様々な感情が湧き上がってきた。
怒りや悲しみだけじゃない、いろんなものが混ざり合って頭の中がぐちゃぐちゃになるような不思議な感覚だ。
それに目頭が熱くなるのを感じた僕は、必死にそれを堪えていたけれど……。そんな僕の顔を見つめるキョウの表情は――満足そうな笑顔だった。
「キョウ……こんな未来じゃだめだ」
「そんなことないよ。私が考える、最上の結果だと思う」
「いいや、駄目だ。頼む、僕を殺してくれ。今度はこんなことにならないように、うまくやってみせるから……」
真相を知った今なら、過去を変えることができるはずだ。
先生も巻き込まず、キョウの父親を止めてみせる。
だけどキョウは先生の上着を漁り、血濡れの包丁を取り出してきた。
「駄目だよケイくん。私が生きている限り、ループを起こした事実は変わらない」
「だったらどうすればいいんだ! もう僕に出来ることなんて……」
「ごめんね、こんなことになっちゃってごめん……」
絶望した僕は泣きわめくことしか出来なかった。
キョウは僕の顔を間近で見つめたあと、一瞬だけ悲しそうに目を伏せた。
「最期のお別れのときぐらい、キスしても許されるかなって思ったんだけど。それはやっぱりズルいし、やめとくね」
彼女は意を決したように僕を見つめた。そして――。
「――バイバイ、ケイくん。私が居なくても……どうか、幸せになってね」
あっけらかんとした声でそう言ってから、彼女は自らの心臓に包丁を突き立てたのだった……。
「キョウ!」
芋虫のような状態で這いながらキョウの元へ向かう。
必死に手を伸ばそうとするけれど、その指先が彼女に届くことはない。
「キョウ……どうして……」
涙が止まらなかった。
情けない声しか出てこない。
ただ悲しみと絶望だけが心の中を支配していた。
一度も口にしなかったけれど、大好きだった。心の底から愛していたんだ。
たしかにお互いの親のせいで、僕たちの関係はとてもイビツだった。
その結果生まれたのが依存や嫉妬、嫌悪……どんな負の感情だったとしても。僕たちにとってそれらは愛だったんだ。
――それなのに。
「僕は彼女に何もしてあげることもできなかった」
これじゃ僕が殺したも同然だ。
「いやだよ、キョウ……僕を置いていかないでよ……」
キョウは僕に生きて幸せになってほしいって言っていたけれど。僕にとっては、彼女が笑ってくれさえいれば良かったんだ。
だから何度死んでも、キョウがハッピーエンドになる世界を目指したのに……。
誰も居なくなってしまった教室で、僕は一人泣き続けた。
そしてどれだけ時間が経ったのだろう。
僕はすっかり冷たくなってしまった彼女の抜け殻から、包丁を抜き出した。
「痛っ……」
刃で腕の結束バンドをどうにか切り落とそうとする。
何度か失敗したけれど、別に僕がいくら傷付こうとも構わない。
腕を血塗れにしながらどうにか外すと、解放された手で再び包丁を握り直した。
「待っててね、キョウ。きっとまた、会えるから」
切っ先を自分の喉に当てて目を瞑った。
自分が死ぬ痛みなんてどうってことはない。
キョウが居ない夏なんて何の価値もないんだ。
だったらあの一週間の檻の中で、いつまでも、キミと――。
僕は最後の力で、キョウに自分の唇を重ねた。
そのまま安らかなる暗闇の中へと深く深く、どこまでも落ちていった。
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