17:巫女
前に一度巫女になったという人の話を聞くことができた。
もちろん、わたしは何を話しているのか、言葉がわからないのだけれど。
あれこれと頷きながら話を聞くローワンさんの隣で、わたしはその人の姿を描いていた。
「巫女というのは、神様が訪れるたびに変わるのだそうです。そのときに、神様はちょうど良い女の子供を選んで、その体の中に入るのだとか」
「女の子だけなのですか?」
「そうらしいですね。神様が体に入ると、巫女として暮らすことになるそうです。新月の晩までなので、半月ほどらしいのですが。毎日滝の水を浴びる必要があるとか、食事もそれ用のものを食べないといけないとか、ああ、それから家族と離れて暮らさないといけないのが一番つらかった、と先ほどの女性は話していました」
「神様が体に入るというのは、大変なんですね」
「ええ、とても興味深い。どうやら、神様が体に入っているのだから、神様として過ごす必要があるということらしいのですよね。もっと言葉がわかれば、もっと深く理解できるんでしょうけど」
ローワンさんは溜息をついて、手帳を閉じた。
それから、わたしのスケッチの脇にさらさらと何かメモを残す。
わたしは、自分のスケッチがいつものようにローワンさんに受け入れてもらえたことに、ほっとした。
「今現在巫女として過ごしている人とは、会えないそうです。これは仕方ありませんね。きっとこの村の人たちからすれば、神様に会わせろと言われているようなものでしょうから。ああ、でも、新月の晩に神様が帰るところは見て良いと。非常に楽しみです」
ローワンさんは、とても期待した眼差しを滝の方に向けた。
この村は、どこからでも滝の様子が見える。
わたしもローワンさんの視線を追って、滝を見上げる。
実はまだ、滝の様子──水をうまく描けてはいない。
けれど、一度泣いてしまったからか、最初ほど焦らなくなっていた。
自分が描ける精一杯を、毎日、ただ描くだけだ。
そうして、いろんな人に話を聞いてスケッチしてを繰り返すうちに、新月の晩はあっという間にやってきた。
目立った灯りはなく、瞬く星だけを頼りに滝壺の周囲に集まる。
わたしはいつもみたいに帳面とペンを持ってきたけど、この暗さでは何も描けないだろうな、と残念に思っていた。
村の人たちも集まっている。
神様が帰るというのは、この村にとって大事な出来事なのだとローワンさんが話していた。
やがて、滝壺にせり出した岩場の上に、誰かが登ってくる。
それはどうやら大人の女の人みたいで、巫女ではないみたいだった。
その人が何事かを言ってから、今度は女の子が三人、岩場に登ってくる。
三人いるけど、あれがみんな巫女なのだろうか。
「ああ、そうか。滝は三つ、道が三つ、巫女も三人なんだ」
ローワンさんの小さなつぶやきが聞こえた。
女の人の声が、滝が流れ落ちる音に絡みつくように、途切れずに聞こえる。
何を言っているのか、わたしにはわからない。
星明かりの中で水音と女の人の声は鋭く耳に届く。
しばらくは音を聞くだけで、なんの動きもなかった。
三人の女の子は、岩場の上でただ座ってじっとしているだけ──なんなら、眠っているようにすら見えた。
不意に女の人の声が途切れる。
滝の水音だけが、響く。
女の人は器のようなものを持ち上げて、それを女の子の一人の頭上に捧げた。
器が傾くと、中から水が流れ落ちる。
それはまるで小さな滝のようだった。
その小さな滝の流れが、光ったように見えた。
いや、確かに光っている。
暗闇の中、それははっきりと見えた。
小さな滝の光は、その器を飛び越えて、女の子と女の人の頭上に登っていった。
それは、滝のように細長い形をしていた。
細長いといっても、大きい。
その太さは女の子の体よりも太い。
そして長い。
そんなに大きいものがどこにあったのか、と思うほどに大きい。
それは、大きな蛇の姿をしていた。
白い鱗を持った、大きな蛇だ。
それが暗闇の中、光り輝く姿で頭上に浮いている。
大きく波打つような真っ白い鱗の体。
真っ黒い瞳。
少し開いた口から伸びる赤い細長い舌。
白い蛇はその細長い体をくねらせると、滝壺に飛び込んでいった。
そこから、滝まで泳いでいったのだろう。
少しして、滝を細長い光が遡ってゆくのが見えた。
その光は滝を上まで登りきると、そのまま空に飛び出して、たくさんある星と見分けがつかなくなるくらいに遠くまで行ってしまった。
岩場の上で、女の人は他の女の子にも同じように水をかける。
その小さな滝から、大きな蛇が現れる。
それは全部で三回。
さっきローワンさんが呟いた言葉を思い出す。滝は三つ。道は三つ。巫女も三人。だからきっと、これも三回。
それほど長い時間ではなかったと思う。
その短い時間の中でわたしは、光り輝く白い大きな蛇の姿を目に焼き付けようと必死だった。
ただ必死に、その光景を見つめていた。
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