9:ローワンさまへの報告

「両手の平に乗るくらいの大きさの……近くで見ていないので、本当に石みたいなのかはわからないのですけど」


 帳面に絵を描いたり、あるいはペンを置いて、自分の身振りを添えたり。

 わたしは頑張って、わたしが森の中で見聞きしてきたことをローワンさまに伝えていた。


 着替えてもいない。

 でも、着替える時間も惜しかったのだ。


 あの光景を、あの出来事を、はやく伝えたい。

 ローワンさまに知ってほしい。


「それが光って、その、精霊と同じような、淡い緑色の光で。それにヒビが入って、それから割れたんです。卵みたいに」


 ローワンさまは、わたしが語るのに任せてくれた。

 頷きながら、手帳にメモを取りながら、わたしの話を興味深そうに聞いてくれる。


「そして、そこから小さな光が飛び立って、それはよく見れば精霊と同じ姿でした」


 たくさん飛び回る小さな精霊たち。

 変わる歌声。

 それから、別の女の人たちが持ち上げた空っぽの両手に、精霊が顔を近づけて、そこに新しい石のようなものが生まれたこと。

 そのあとは精霊たちが森の奥に去って、歌も終わり、みんなで歩いて戻ってきたこと。


「あれは、あの石のようなものは、精霊の卵なんじゃないかと思ったんです」


 わたしの言葉に、ローワンさまは大きく頷いた。


「そうですね。この村の人たちも、あれを『卵』と呼んでいるそうです」


 やっぱりそうなんだ。

 自分の思ったことが当たっていて、なんだか嬉しく、誇らしくなる。


 ローワンさまは、静かに言葉を続けた。


「聞いたところによると、この祭りは、毎年この時期に行われるそうです。精霊の卵を預かり、持ち帰り、村で大事に育てる。なんでも、選ばれた女の人が毎日歌を歌って聞かせるそうです。そして、一年後の同じ祭りで、その卵から精霊が生まれる」


 わたしは、ほうっと息を吐いた。

 この言葉だけ聞いたら、きっとなんのことかわからなかったと思う。

 でも、実際にこの目で見たあとだから、そういうことだったのか、とすとんと納得してしまった。


「精霊の卵が多い年は、精霊の力が強まっていて、つまりは森の恵みが多くなるのだとか。でも、期待に応えて卵を育てられないと、精霊の怒りに触れて森に入れなくなってしまうそうです。この村の人たちは、精霊の卵を預かって育てる代わりに、森に踏み入ることを許してもらっている。そう聞きました」

「そうなんですね」


 なんだかまだ、森の中にいるような、森が近くにあるような、そんな気持ちで、わたしは少しぼんやりしていたと思う。

 見てきたものの興奮のままに、ローワンさまに語ってしまった気がする。

 そんな興奮が少し落ち着いてきて、ようやく森からここに戻ってきたような。


 そうやって落ち着いてくると、今度は別のことが気になってきた。

 わたしはちゃんと役に立てただろうか。

 ローワンさまをそっと見る。


「既婚女性しか参加できないというのは、きっとそれが生命が生まれる場だからなんでしょうね。誕生の場だから、というか。子供を産んで育てるための場、なんでしょう」


 ローワンさまは、独り言のように呟いて、手帳に何事かを書きつけた。

 わたしの視線を感じてか、ふと、ローワンさまが顔をあげた。

 目が合うとローワンさまは、どうしましたか、とでも言うように首を傾けた。

 赤みがかった金色の髪が、さらりとそばかすの白い頬にかかる。

 濃い緑色の瞳は、今は優しげに細められている。


 わたしは思い切って、口を開く。


「あの、わたし……わたしの話は、ローワンさまの役に立ちましたか?」


 ローワンさまは、ちょっとびっくりしたように目を見開いて、それから、また目を細めて微笑んだ。


「ええ、もちろん。非常に興味深く、とても面白く……役立つお話でした。ありがとうございます」


 その言葉に、心の奥にある炎が大きくなった気がした。

 わたしは一人でも、帳面とペンがなくても、ちゃんと役に立つことができた。

 その嬉しさをじんわりと噛み締めていると、ローワンさまはわたしを見て、はっとしたような顔をして眉を寄せた。

 何か問題でもあったのだろうか、と不安になってローワンさまの言葉を待つ。


「僕も夢中になってうっかりしていましたが、イリスさんはまず、着替えて一休みすべきでした。ただ、すみません、聞きたいことがたくさんあって……一休みのあとで良いので、いくつか質問させてください」


 なんだそんなこと、とわたしは大きく首を振った。


「わたしは、全然大丈夫です。大丈夫ですから、あの、何かあるなら聞いてください」

「いえ、でも……」


 ローワンさまは骨ばった手で口元を覆った。そして、気まずそうにわたしから視線を逸らす。

 その白い頬が、今は赤く染まっていた。


「その、あまり、肩を出したままというのは……足も、その、見えていますし……。少し外に出てますから、その間に着替えていてください。気が利かなくてすみません」


 わたしが何か言う間もなく、ローワンさまは立ち上がって出て行ってしまった。

 そこでようやくわたしは、自分の姿──肩が見えて、足だって普段は見えない部分までさらしてしまっていることを、思い出したのだった。

 さっきまではなんとも思っていなかったのに、いつもと違う格好が、なんだか急に恥ずかしくなってしまった。



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