8:ひとりきりで

 祭りの日になってしまった。

 着替えるように、と渡されたのは木の葉のような、ローワンさまの瞳の色にも似た、布。

 どうやって着替えたら良いかわからずにおろおろしていたら、ローワンさまが村の女の人に何か言って、着替えを手伝ってもらえることになった。

 着替えなのでローワンさまは部屋を出ていってしまった。

 言葉の通じない女の人に手伝ってもらうのは大変で、わたしは幼い子供のように、服を着せてもらった。


 布を体に巻きつけて、何箇所か結んで、くぐらせて、とするとワンピースのようになった。

 肩は剥き出しで、足首も見えてしまう。

 少し心許ないけど、手伝ってくれた女の人も同じ格好をしているし、きっとこういうものなんだと思って、自分に大丈夫と言い聞かせる。

 落ち着かない間に、髪の毛も村の人たちと同じように編みなおされてしまった。


 部屋を出たら、ローワンさまはわたしの姿を上から下まで見て、大きく頷いた。


「とても似合ってますよ。黒髪がとても綺麗です」

「はい、あの……」


 今までローワンさまには、スケッチを褒められることはあったけど、こんなふうに自分自身を褒められることはなかった、と気付く。

 とても恥ずかしくて、わたしはうつむくしかできなくなった。


「頑張ります、から」


 ようやくそれだけを言ったけど、ローワンさまはいつものように穏やかだった。


「あまり気負いすぎないでください。いつも通りで大丈夫ですよ。それより、貴重な経験を楽しんできてください」


 楽しむ余裕なんてあるだろうか。

 でも、わたしはなんとか頷いてみせた。


「いって、きます」

「はい、いってらっしゃい」


 ローワンさまが隣にいないことが、帳面もペンも持っていないことが、こんなに心細い。

 それでも、わたしは心の奥に灯った炎を頼りに、ローワンさまから離れて、村の女の人についていった。


 ここから先は、声を出してはいけない。

 動くときはこの女の人のあとをついてゆく。

 この人が座ったら隣に同じように座る。立ったら立つ。

 あとは、何があったかをローワンさまに報告できるように、儀式を、その内容を見ること。

 それがわたしのやるべきこと。


 緊張の中、わたしはその女の人の後をできるだけ同じ歩調で歩いていた。

 周囲の女の人たちは、みんな同じ格好をしていた。緑色の布を纏った姿だ。

 二十人くらいはいるだろうか。


 何人か、香炉を持って歩いている。

 甘いような煙が、辺りに漂っていた。


 村人たちが、静かに見守る中、女たちは森に向かって歩いている。

 そして森に入る。


 森の中に入っても、誰も足を止めなかった。

 どんどんと奥に入って、わたし一人ではもう戻れないだろうと不安になる頃、ようやく足が止まった。

 女たちはその場に腰を降ろす。

 隣の人も座ったので、わたしも慌てて地面にお尻をつけた。


 ちらと隣を見れば、足を広げて組むような座り方をしていた。

 布がめくれあがってふくらはぎまで剥き出しになっている。

 恥ずかしかったけど、わたしも真似して足首を重ねる。


 そうしているうちに、誰かが歌い出した。

 それを追いかけて、別の誰かも歌い出した。

 隣の人も歌い出して、いくつもの歌声が重なっていった。


 落ち着かなかったけれど、声を出しては駄目だと言われていたので、わたしはただ黙っていた。

 言葉がわかれば、もしかしたら何を歌っているのかもわかったのかもしれない。

 でも、わたしにわかるのは、その不思議な響きだけだった。


 どのくらいそうやって歌っていただろう。

 ちょっとぼんやりしてきた頃、森の奥から光るものが近付いてきた。


 なんだろう、と目を凝らしているうちに、その光は女の人たちの目の前までやってきた。

 人と同じような大きさで、人に似た姿をしている。でも明らかに人じゃない。

 頭があって、細い体があって、足がある。足の先は木の枝のように、虫の脚のように、節があって細い。

 そして腕は、全体が虫のようなはねだった。

 服は着ていない。人とは違う体つきがはっきりと見て取れる。

 その体はほんのりと淡く緑色に、光っていた。


 ローワンさまは、森の精霊のお祭りだと言っていた気がする。

 だとすれば、これが森の精霊なのだろうか。

 ぼんやりと光るその姿は、森の中で、美しく見えた。


 何人かの女の人たちが、その精霊らしきものに向かって、何かを捧げるように両手を持ち上げた。

 その手の上には、白い丸い石のようなものがあった。

 精霊らしきものは、その持ち上げられた手を順番に眺める。

 やがて、その白い丸い石のようなものが光り出した。

 精霊らしきものに似た、淡い緑色の光。


 ぼんやりと明滅して、そのうちに、卵が割れるように白い丸い石にヒビが入る。

 ヒビが大きくなり、やがて割れる。

 そしてそこから、小さな虫のようなものが飛び立った。


 よくよく見れば、それは精霊らしきものを小さくした姿をしていた。

 両腕の薄く透き通るはねを震わせて、精霊らしきものの周りを飛び回る。

 その光が一つ、二つ、と増えてゆき、全ての白い丸い石が割れたところで、歌が変わった。


 別の女の人たちが、また何人か、精霊らしきものに向かって、両手を持ち上げる。

 その手には何も乗っていない。


 精霊らしきものは腰をかがめて、一人の女の手に向かって、何か──息を吹きかけるような様子を見せた。

 そうすると、その女の手の上で白い塊が出来上がり、それは白く丸い石のようなものになった。


 まるで卵。あるいは繭。

 周囲を飛び回る、小さな精霊のようなものの明滅する光を見て、きっとそうなんだ、と思った。

 あの白くて丸い石みたいなものの中には、次の精霊の命が宿っている。


 お香の甘い匂いと、森の木々が息する湿気と、精霊の放つ淡い光、女の人たちの歌声。

 わたしはただ、声も出せずにそれを見ていた。



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