6:村のお祭り

 ローワンさまの調査は、わたしが中断させてしまった以外は順調のようだった。

 村の人を捕まえて、ローワンさまは話をしては何事か手帳に書きつける。

 話すのを断られることもあるみたいだけど、ローワンさまはめげずにいろんな人に話しかける。

 それもとても楽しそうに。


 わたしはその隣で、いろんなものを帳面にスケッチする。

 時折、ローワンさまがわたしのスケッチについて質問して、そこに説明を書き込む。


 その繰り返しだ。


 夕方に、与えられた部屋に戻って休んでいると、しばらくして村の人が食べ物を持ってきてくれた。

 ローワンさまがあらかじめ頼んでいたらしい。

 食べ物を運んできてくれた村の人と、ローワンさまは何事か話して、軽く笑いあった。


 その様子に、なんだか急に泣きたいような気持ちになってしまった。

 わたしは言葉もわからなくて、ローワンさまがいないと何もできない。

 ローワンさまに見捨てられたら、何もできない。

 だから見捨てられないように、もっと頑張らないといけない。


 気付けば村の人はいなくなっていて、ローワンさまがわたしを見ていた。


「さあ、食べましょうか」

「はい」


 わたしは小さく頷いて、それから泣きそうな気持ちを心の内側に押し込んだ。

 大丈夫、と心の中で呟いて、わたしは目の前のお皿に向き合った。


 大きなお皿に、いろんなものが乗っている。

 パンみたいなものは、昼間も食べた木ノ実のパンだろうか。

 それから、何かのお肉らしきもの。淡い緑色の細長い野菜が添えられている。

 濃い紫色のぶつぶつとした果物のようなもの。


「食べ物が豊富なんでしょうね。品数が多い」


 ローワンさまは感心したようにそう呟いてから、食べはじめた。

 それを見て、わたしも手をつける。

 パンは昼間食べたものと同じだった。ドライフルーツが入っているのも同じで、その食感と酸っぱさのアクセントが心地良い。

 お肉は噛みごたえがあった。噛んでいると、口の中いっぱいにお肉の味が広がる。


「果物と一緒に煮込んでいるんでしょうか。とても美味しい」


 ローワンさまの言葉になるほど、と頷く。

 甘酸っぱい味は、それでだろうか。食欲を刺激される味だった。

 淡い緑色の細長い野菜は、しゃきっとした歯ごたえで、少し苦味はあったものの、お肉の後に食べるとお肉の脂を絡め取ってくれるというか、口の中がさっぱりする感じがした。


 ローワンさまは、一足先に全部食べ終えてしまったらしい。

 わたしには「ゆっくりで大丈夫ですよ」と言いながら、手帳を取り出して何かを書きはじめた。


 自分がもたもたしていることを恥ずかしく思いながら、わたしはできるだけ急いで食事を進める。

 ようやくお肉と野菜を食べ終えて、濃い紫色の果物に手をつける。

 一口大のそれは、ぶつぶつとした見た目だったけれど、思い切って口の中に入れるとふわりと優しく甘い匂いがした。

 舌の上で潰せば、匂いの通りにほのかに甘い。


「この先のことなんですが」


 わたしが食べ終えるのを待っていたのか、ローワンさまが話しはじめた。


「はい」


 頷いてローワンさまを見ると、ローワンさまは困ったように笑った。


「ああ、そんなに緊張しないで。くつろぎながら聞いてもらって大丈夫ですよ」

「えっと、あの……ごめんなさい」


 どうして良いかわからなくて、うつむいてしまった。

 緊張しないでと言われても、わたしはいつも通りにしていたつもりだったのだけど。


「謝らないでください。大丈夫ですから」


 謝らないでと言われて、ますますどうして良いかわからなくなり、わたしはうつむいたまま顔を上げられない。

 ローワンさまはそれ以上のことは言わずに、話を進めた。


「ともかく、この先の話です。どうやら近く、祭りがあるらしいんです」

「お祭り、ですか?」


 ローワンさまの言葉に、顔を上げる。

 目が合うと、ローワンさまはほっとしたような顔で頷いた。


「はい。儀式的な意味合いもあるらしいのですけど。せっかくなので、それを見ていきたいと思っています。祭りの間は、あなたにもスケッチをたくさんお願いすることになると思います」


 ローワンさまはわたしをまっすぐに見て、微笑んだ。


「よろしくお願いします、イリスさん」

「あの……はい、その、できるだけ、頑張ります」

「本当に、僕はイリスさんにたくさん助けられています。もっと自信を持っても良いんですよ」

「えっと……いえ、そんな」

「いつも素晴らしいスケッチをありがとうございます」


 わたしは落ち着かなくなって、そわそわと視線を動かした。

 ローワンさまにとって、わたしのスケッチは役に立っている。


 ありがとうございます、という言葉が、胸の奥で炎のように灯る。

 ローワンさまに褒められると、いつもそう。

 その炎は、いつも「わたしなんて」って思う自分も、さっき感じた泣きたいような気持ちも、全部明るく照らしてくれるような、そんな気がした。

 ああ、わたし、役に立っているんだ。良かった。


 わたしはそっとローワンさまの様子を見る。

 ローワンさまは手帳を眺めながら、楽しそうに目を細めた。


「なんでも、森の精霊の誕生を祝う祭りなのだとか。森と関係が深い文化だというのは察することができますが、祭りもやっぱり森に関わっているんですね。精霊の誕生というのは、どういうことなんでしょうか」


 興奮気味に語るローワンさまを見ていると、本当にそのお祭りが楽しみなのだと伝わってくる。

 ローワンさまはいつもは穏やかでのんびりしているのだけれど、調査のことになるととても楽しそうに早口になる。


 わたしのスケッチが、その楽しさの役に立ってるなら、嬉しい。

 そう思うと、顔が緩んできて、きっとわたしもローワンさまのように、笑ってしまっているんじゃないかって気がした。




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