04 新しいセイのイき方
「リミッターを
敵意、害意を通り越して殺意をぶちまけながら突っ込んで来る6機の機影を前に、クレアは冷静に自分のなすべきことをなす。
光速に設定されていた上限が、光速の16倍まで引き上げられる。
指示は必要ない。
エマレセプタを通じてハルクからすべきことは伝わってくる。
――ブゥーン――
クレアの宣言と同時に機内に低い音が響く。
『ん…… 体が熱い……』
同時に体に熱を感じた。
独特の高揚感。
生前の初陣でもあった高まりだった。
「行こうかの」
ちょっと買い物に、ぐらいの気軽さでハルクが操縦桿を握り直す。
――その時
「ヘギョっ!?」
クレアをかつてない感覚が突き抜けた。
「来おったぞぉ」
心底楽しそうなハルクの声とともに、鮮やかな手つきで戦闘機が操られる。
「ひぎっ!? へぎゅっ!? プキャッ?!」
ハルクの手が、足が、軽やかに操縦席で踊る。その度にクレアの体をビリビリと衝撃が突きぬける。
「始まりじゃあっ!!」
「ふぎゃあっーー!」
敵はジャンクパーツを無理やりくっつけたような『これぞ賊』と言えるキメラ機体で基本性能は相手にならない。
しかし、6対1と言うのは甘くない。
包囲されてしまえば、簡単に撃ち落とされてしまう。
繊細にして大胆な機動が、敵影を交わし、すり抜ける。
その度にクレアは悲鳴……にしてはちょっと嬉しそうな声を上げる。
クレアは何が起こっているか分からなかった。
しかし、勝手にその口から1つの言葉が漏れ出す。
「き゛も゛ち゛い゛い゛ぃーーー!!」
「そうじゃろう! ドッグファイトは戦闘機の華よ!」
シャークスリーに限らず、宇宙船には2つのシステムが搭載されている。
1つが指向性弾光制御システム。通称〖
光を使う以上、光より早くは動けない。
その壁をぶち破ったのがVTSである。
光速についての研究が進む中で、光の移動の動力源について、光子に3つのブースターが備わっていることを発見した。
その3つのブースターが均等に稼働すると、光子は光速で動く。
更に、完成された自動運転装置のように、光子同士は等間隔を維持し、決して接触しないことが分かった。
この3つのブースターの一つを爆発させ、光速を超える速さを得るという手段に辿り着いたのが物理学者ファガスとテオである。
Aのブースターが壊れた光子は制御を失い前の光子へとぶつかる。
すると、おもしろいことにぶつかられた光子はBのブースターが爆発する。
更にBが壊れた光子にぶつかられた光子はCがそして、Aが、と順番にブースターは壊れていく。
ブースターの爆発による推進力と、衝突の衝撃による加圧によって光子は光速を遥かに超えた速度で移動するようになった。
このブースターが壊れた光子を弾光と言い、弾光の制御システムをVTSと言う。
現在のところ、弾光が得る最大速度はまだ計測出来ていない。
予想によれば光の5千倍から1万倍程度ではないかと言われている。
ちなみに、VTSの生みの親、ファガスとテオは利権を巡り泥沼の裁判を行い、その途中で親類もろとも不審死を遂げている。
この事件は宇宙開発史における最大の闇として今なお、全貌の解明は出来ていない。
それはともかく。
VSFと双璧を成すもう1つのシステムについてである。
これは時転粒子超過重圧制御システムという。
通称ナカムラ・クロックである。
VSFが開発され、人は光速の壁を破った。
しかし、そこで立ち塞がったのが、人間の認知の問題である。
人間の神経は電気信号で情報を伝達する。
そのため、電気より早いものは認知できないのである。
単純にして絶望的な課題であった。
これを解決したのが、
中村さんは、時間の経過に時転粒子という物質が関わっていることを発見し、更に、この時転粒子の活性度を操作することで時間の経過を遅らせるという仕組みを発見した。
単純に言うと、宇宙船の中にこの時転粒子をぎゅうぎゅうに詰め込むことで、粒子が動く隙間を埋め尽くし時間が進むのを遅らせたのである。
このナカムラ・クロックの発明により、船外の超光速を、船内では音速単位まで落とすことに成功したのである。
ちなみに、重々はこの歴史的な大発明をした中村さんに報奨金として50万円程度のボーナスしか払っておらず、世界中から大バッシングを受けた。余りの世間の声の大きさに、慌てて謝罪会見を開くがグダグダ過ぎて再炎上し、改めて全役員が中村さんに公開土下座をするという失態を犯した。
中村さんは『私は研究出来ればいいだけの人なので、そんなに……』戸惑っていたのだが。
宇宙開発史に残る聖人・中村さんの誕生秘話である。
話はクレアに戻る。
現在、シャークスリーでは弾光が走り回っている。単純に光の500倍ぐらいの速さである。
船外は光速の10倍、これが船内の時間経過では大体マッハ8で動く飛行機と同じぐらいである。
概数で表せば、30万km/s×10÷1万km/s=300。
つまり、ハルクがポチッとボタンを押せば、人間が通常得る情報の300倍の密度の刺激が体に詰め込まれる。
更に、500倍の出力でその刺激が体中を駆け巡る。
併せて15万倍。
神経操作に定評のある某スーパーくノ一も驚きの数字である。
更に船内では生ける伝説、ハルク・ホーナーがその技能をフル活用し、機体をガチャガチャと操作している。
なぜコンコースのボタンやレバーが、生前の体で言うところのいい所辺にリンクしているのかと言えば、多分、予想でしかないが、生前、自己犠牲に終始したクレアに新しい生では少しぐらい楽しんでもいいんだよ、ということではないかと愚考するのである。
「し゛ぬ゛ぅっ゛! し゛んぢゃう゛ぅぅーー!」
敵機の1つがクレアの背後に回り込み照準を合わせる。
「何の! この程度、遊びの範疇じゃよ!」
ハルクが鼻で笑えば、機体がふわりと浮かび上がり、敵が『は?』と思った直後には、上空からレーザーが降り注ぎ、機体を貫く。
クレアは生前の体との刺激量の違いにヒーヒー言っているが、シャークスリーの機構は当然、これらの情報を受け止めるキャパシティを持っている。
何ならまだまだ余裕があるぐらいである。
味方が撃ち落とされた衝撃から、敵が動揺する。
「い゛く゛ぅっ゛!!」
「良い読みじゃ!」
その隙を外さずハルクが距離を詰め、また1台を撃ち落とす。
「む! なかなかどうして、食えんヤツらじゃ」
3分の2に減らされた敵は、遮二無二襲いかかるのを止め、間合いを測り始める。
「しかし、気の長さなら年寄りに勝てんぞ」
スロットルを緩め、敵が作ろうとする距離を潰す。
「い゛カ゛せ゛テ゛ぇえええー」
甘く踏まれるスロットルでは刺激が足りず、何かが来そうなのに、ギリギリで来ない。
「まだガマンじゃ! ここで行ったらつまらんぞ!」
「う ひ゛ ぃいいー!」
生殺しに見悶えるクレア。
「何を狙う?」
何かを誘っている。
思わせぶりな機動で実は時間を稼いでいるだけのようにも見える。
「行くべきか?」
飛び込めば乱戦になる。
乱戦になれば後ろを取られるなどリスクが上がる。
一瞬の逡巡。
「い゛カ゛せ゛テ゛ぇえええー!!」
躊躇を振り切る新しい相棒の絶叫。
「ふむ。勇気も必要じゃな!」
踏み込まれるスロットル。
「お゛あ゛ぁあーー! い゛い゛の゛ぉー!」
予備動作のない急加速により一気に距離を詰める。
機体性能の差に物を言わせた力技で、更に1機を落とす。
「お前さんもなかなか好きなようじゃのっ!」
別人のように獰猛で好戦的な笑みを浮かべたハルクが満足そうに吐き捨てる。
距離を潰し、再び乱戦に持ち込む。
その直後。
「にゃ、にゃんか、にゃんか、しゅごいのがくりゅー!?」
生前、騎士の嗜み(本人談)として数多の実用書から蓄えたまま活かすことの出来なかった知識が勝手に口を突いてでる。
「新手か!?」
乱戦の間隙を突いて現れる機影。
「にゃにこれにゃにこれ、しゅごいしゅっごい」
「戦闘艦か! 賊には過ぎたオモチャじゃの!」
シャークスリーより2回り以上大きな機影。
「飽きぬように趣向が凝らされておる」
しかし、拡大する戦力比にも獰猛な笑みを更に深めるのみ。
「本気を出すかの」
「ふぁひいっ!?」
クレアの全身が震えたのは、これ以上があるのか!?という恐怖なのか歓喜なのか。
エマレセプタで次の手を読むなり驚くほどスムーズに行動を起こす。
「りみったぁ、まっくしゅでしゅ〜」
宣言と同時に唸りを上げるVTS。
フィーーーンと高い音が響く。
VTSの出力が上がると同時に、ナカムラ・クロックも出力を上げる。
跳ね上がる出力に応じてクレアの感度も跳ね上がる。
弾光の速度は光速のおよそ700倍。
船外の速度は光速のおよそ20倍。
船内の時間経過はマッハ10程度。
30万km/s×20÷1万2千km/s=500
500×700=35万
「フ゛ニャ゛アぁああ」
「太(ぶ)っといのをぶちかますぞぉっ!! 主砲チャージ」
「フぃ゛やあアーい!!」
外観で言うと、イモムシの先端が光を蓄える。
主砲を潰すべく砲火が集中する。
「も゛ーむ゛り゛ぃーー」
「まだじゃあ! 歯ぁ食いしばれぇっ!」
「ふぇぎゅっう゛ぅううー!」
襲いかかる砲火をギリギリでかわしながら、敵戦力を分断するように突っ込む。
「フェぎゃあ!」
すかさず反転。
「引き寄せぇっ! ……イケぇい!」
機動で掻き回し、敵船が主砲の射線上で一列になったその瞬間。
眩い閃光が宇宙空間ごと敵影を飲み込む。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーー!!」
知らない何かが身体を突き抜け、クレアは視界が真っ白になった。
☆☆☆
「上出来じゃな」
クレアの絶叫が掻き消えたその後には、わずかなデブリ以外何物も残っていなかった。
「はぁっ…はあっ……しゅごかったぁ………」
余韻に浸るクレア。
「思ったよりやり手じゃったな」
満足気なハルク。
「………もう元には戻れない……」
体に残る熱に浮かされるように呟く。
「うむ。軍人とは業の深い生き方じゃからな」
200年以上軍人として生き、多くの命を見送って来たハルクは、いつも通り、冥福を祈り瞑目する。
「さて、改めてクレハルを目指すかの」
「はい!」
こうして戦闘を経て絆の深まった2人の旅が始まった。
「ハルク殿! メディカルチェックを行いましょうか?」
クレアの生真面目な声が響いた。
純情カタブツむっつり女騎士、宇宙船になる。退役間近の凄テクおじいちゃん軍人とイク、終わりなきセイカン開発 石の上にも残念 @asarinosakamushi
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