03 四方山話
「うーむ…まさかこんな遠くに飛ばされておるとはのぉ…」
「ログと照らし合わせれば
現在地を確認して唸る二人。
ハルクはミレスニャ星域と呼ばれるあたりでクレバスに飲み込まれた。
しかし、現在はハロラス星域と呼ばれるエリアにいた。
ざっくり言って反対側――3次元なので反対側の定義が難しいが――とにかく驚くほど遠くに離れていた。
「クレバスとは不思議なものじゃのぉ……」
「宇宙の神秘ですね」
二人の感想は暢気なものだったが。
「とりあえず、友軍と合流することが先決じゃな」
「はい」
簡単に言うハルクと、簡単にうなずくクレア。
「問題としてはカルツベル宇宙軍の支配域の外におることじゃ」
「はい」
簡単に言うハルクと、簡単にうなずくクレア。
「幸いにしてハロラス星域は、ローハン共和国の支配域じゃ」
「幸いなのですか? 同盟国とか?」
クレアにその辺りの政治はわからない。
「いや、敵国じゃよ。あちこちでバチバチやりあっておるな」
「……幸いとは?」
「ローハン共和国の宇宙軍は大して強くない」
はっきりと言い切るハルク。
ローハン共和国宇宙軍が聞いたら激怒どころではない話である。
「だから幸いじゃな」
「確かにそれは幸いですね」
敵国の真ん中に宇宙戦闘機一台で放り込まれたとは到底思えない朗らかな会話が続いた。
☆☆☆
星のきらめく宇宙空間を鋭く進む小さな船影。
カルツベル宇宙軍が誇る最新型宇宙戦闘機、『カストレア型遊動宙泳機SHA-Q3型』通称シャークスリーである。
設計者曰く猛禽類が獲物を捕まえている姿をモチーフにしたとのことであるが、実際にはトビウオがイモムシを抱えているような微妙なシルエットで、あまり評判は良くない。
しかし、性能は文句なしである。
『エターナルタプラーション』という動力源――恒星が放出するタプレチオン素という物質を電気に変換する太陽光パネルみたいなもの――を積んでおり、理論上は宇宙全域の90%以上のエリアで燃料の補給なく稼働することができる。
最高速度も光速の20倍近くあり、同サイズの戦闘機としては最速を誇る。
それでも、光年単位がデフォルトな宇宙空間を移動するには決して速くはない。
そのため、長距離瞬間移動という手段があり、これには専用の
ハルクたちが友軍と合流するには、この基地を訪ねる必要がある。
「どうしたものでしょうね?」
「うーむ……シャークスリーに、カルツベル宇宙軍の紋章が入った状態では、いかに間抜けとはいえ、ローハン共和国が長距離瞬間移動を使わせてはくれんじゃろうしなあ…」
発言内容はなかなかに絶望的なのだが、悲壮感の欠片もない。
「なんとか友軍と連絡を取るしかあるまい」
「あるのですか?」
「うーむ…既知がおらんでもなし、なんとかなるじゃろう」
具体的な方策は全く出ていないのだが、ハルクが言えば何とかなりそうな気がするので恐ろしい。
「とりあえず、クレハルを目指そう。エンス、ビルハン、テイク、リアスタ……誰か一人ぐらいは生きておるじゃろ」
ハルクの決定により、ローハン共和国が持つ星の一つで、共和国内で14番目の人口を持つ惑星クレハルへと向かうことになった。
☆☆☆
「しかし、喋る戦闘機とは懐かしいのぉ」
クレハルまで巡航速度――亜光速――で2週間程、通常であれば自動泳航にし、本でも読みながら進むところであるが、今回は話相手がいる。
普段できないハルクの昔話の時間であった。
多くの年寄りがそうであるように、昔話や説教話が大好きである。
普段は迷惑にならないように…と(本人的には)我慢しているが、今は時間がたくさんあり、しかも、聞き手が若い娘さんである。
生きるエピソードトークの宝箱、ハルク・オーナーの真骨頂であった。
本当におもしろい話は軍事機密になるので喋れないのが残念なのだが。
「懐かしい……昔はあったのですか?」
「ふむ。ワシがまだ新兵だった頃にの、流行ったんじゃよ。AI搭載型の戦闘機が」
「えーあい?」
「ふむ。人工知能……人為的に作られた人のように考えられるプログラムのことじゃな」
「………」
『人とは神が創りたもうた』の世界からやってきたクレアには想像すら許されない技術である。
人の手により人を作る……黒魔術の類である。
しかし……と考える。
「本来、道具でしかない戦闘機が自発的に操縦者の判断の補助ができるとしたら、戦果が大きく上がりそうですね」
「ふむ」
「私たちであれば、馬がそうです」
「馬?」
「ええ。戦場で役に立つ馬はやはり賢く、騎士の思惑を理解し、時には騎士の気付いていない敵を蹴倒してくれることがあります」
「…ふむ」
頷きながらハルクは内心驚いていた。
騎士だ爵位だと言う彼女は封建制度の中にいたはずで、技術的には電気は愚か、蒸気機関すらなかったはずである。
それがたったこれだけの会話で、初めて聞いた異次元の技術の有用性を自身の知識と結びつけ想像することが出来る。
『天才の部類じゃな』
ハルクはクレアの才能をそう評価した。
「しかし、その技術が廃れたということは、そうならなかったということですね?」
「うむ。当初はそうなる予定であり、初期段階は予想通りの成果を上げておった」
しかし、計画が進めば進むほど成果は萎んでしまった。
「AIが経験を得て成熟してくると、なぜか思考に偏りが生まれるようになったんじゃな。しかも個体によって偏り方が異なる。人間らしく言えば性格が現れるようになる」
「性格」
「うむ。そして、性格には合う合わんがある」
「……乗り手を選ぶ?」
「うむ。あるいは関係の醸成に時間を必要とする」
「なるほど」
クレアに体があったなら、その細い顎に手を当て、眉間にシワを寄せ難しい顔をしていたに違いない。
「『誰が使っても同じ能力を発揮する』兵器に必要とされる前提じゃ。それに、戦闘機も兵士も消耗品じゃからな」
「使いにくくなったわけですね」
「うむ。驚異的な成果を上げた例もあったがの。成果を上げた兵は昇級するものじゃからの」
「なるほ……む?」
「敵かな?」
「所属は不明ですが、戦闘機型が6機接近してます」
「敵じゃろうな。正規軍でなければ良いが」
「精査します!」
「敵意、害意レベル4! 親和レベル1!攻撃の用意あり! 所属不明機改め、敵機と断定します!」
「エマレセプタの応用か!?」
敵機認定の理由が感情であることに驚くハルク。
「肯定です」
エマレセプタはAI搭載型で失敗した反省を活かして作られたシステムだ。
AIによるコミュニケーションの構築ではなく、パイロットのやりたい事を感じ取り先回りしてその補助を行う仕組み。
本来、搭乗者にしか適用できないこのシステムをクレアはどうやってか、遥か彼方にある機影に反応させ、敵意の有無により機影の所属を判断した。
「いきなり撃ち込んでくるなら、正規軍ではないな。丁度いい」
ハルクの顔に歳不相応な攻撃的な笑みが浮かぶ。
死神とまで呼ばれた生粋の戦闘機乗りの本性が現れたのだ。
「接触まで48秒!」
「ほっほっ。老体に鞭打つ時間じゃな」
ハルクとクレアの初陣が迫る。
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