02 メディカルチェック

「メディカルチェックを行いますか?」

あれやこれやとひとしきりお互いの過去の話で盛り上がった後、クレアは尋ねた。


宇宙船に付いている簡易医療システムの1つで、簡単な健康診断ができる機能だ。


宇宙船の進歩は凄まじいとは言え、宇宙空間が人体に与える影響はやはり大きく、こまめな健康診断が必要とされている。


「そうじゃの。もう死人みたいなもんじゃが、一応しておいてもらうかの。気絶なんぞしたのは新兵の頃、ブロウ兄貴にシバキ倒された時以来じゃったから」

「厳しい訓練だったのですね」

へぇーと感心を示すクレア。

これがカルツベル宇宙軍に詳しい者であったなら、全く違う感想を抱いていた。

ハルクがブロウ兄貴と軽々しく呼んだ人物は、故ブリュワーズ・ブロイセン名誉元帥だからだ。


人類史において最も長い歴史と多くの戦績を持つカルツベル宇宙軍において、二人しかいない『太陽勲章』を受賞した伝説の軍人。”巨星”ブリュワーズである。


ブリュワーズを愛称+兄貴呼びできるような人物など、軍内にはおろか、母星にも果たしているかどうか。


「ブロウ兄貴は悪鬼羅刹の類じゃったからな」

ほっほっと笑う。

もし上層部に聞かれれば一族郎党まとめて首が飛ぶような暴言である。

ハルクの首が飛ぶことはないが。


「では、メディカルチェックを始めます。身体の力を抜いて、シートに預けて下さい」

「ふむ。頼む」


シートからメディカルチェック用の電波が発信され、ハルクの体を検査して行く。


「…グリーン」

「…グリーン」

「…グリーン」

別に読み上げる必要はないのだが、人であった頃のクセなのか、慣れないせいなのかついつい声が出るクレア。


どういう仕組みか、生前と同じ声である。


「……グリ…フギョッ!?」

「どうした!?」

突然の奇声に驚くハルク。


「い、いいいいいえ、あえ、いえあえ、いえ、ななななななんでもあび、あり、ありましぇん」

「いや、明らかにおかしいがの?」

「いえ! 大丈夫です! 閣下!」

「ふ、ふむ?」

おかしいとは思うが、本人が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。

大丈夫じゃなかったとしても、なんせ、ここまで無茶をしてきた体なので、あちこちにガタが来ていてもなんら不思議はない。

今更、致死性の病気が見つかったと言われても、泣いたり騒いだりすることはない。


ハルクは達観していた。


しかし、クレアの動揺は、ハルクの健康状態が原因では無い。

先日247歳を迎えたこの老軍人の体は、体年齢が50歳程度なのである。

長寿化にあって最初に弱りやすいと言われる脳と心臓の血管、肝臓や腎臓の器官ですら70歳程度と、下手な若者よりも若い。

それはそれで驚嘆に値するのだが、今はそれどころではない。


そんなことではなく、クレアは見てしまったのだ。

いや、船体と同化しているクレアからすればメディカルチェックは診察の中でも触診に近い。

なので、実質、触ったようなものである。


ハルク・ホーナーのバルク・オナーを。


『すすす凄い! ななななんですかこれはぁっ!? なんですかあ!?』

体があれば顔を真っ赤にしているだろうが、顔はないので顔色は分からない。


後、ハルクにしてみれば電波が通るだけなので、どこをどう検査しているかなど体感はない。


ハルクを新兵の頃より鍛え上げたのは、先にあった通り、”巨星”ブリュワーズである。


そしてハルクが新兵から卒業した頃、ブリュワーズが立ち上げたのが、第251番隊である。


地獄と呼ぶのも生温い過酷な戦場を駆け回り、友軍の絶望的な状況を何度となく覆して来た怪物集団。


絶望的な強さから、敵により付けられた渾名は『悪魔の大イカクラーケン』である。


ブリュワーズ自らが指揮を取ったこの変態集団の中で、常に一番槍を任されてきたエースオブエースこそ、若かりし頃のハルクだった。


そんな作り話の方が現実味があるほどの戦歴と功績を持つハルクにはまたの名がある。


その一つを『気付け薬ザ・ショック』という。


気を失うことすら許さない、秘蔵の剛鎗に付けられたまたの名である。


この剛鎗に貫かれ、人生を誤った……というか性癖を作り変えられた被害者は、それこそ星の数ほどいるという。


大体、自分から好んで貫かれに行っているので、正確には被害者ではないのだが。


流石に250歳近くなった今、穂先はかなり丸くなっているが、その存在感は圧倒的であった。


対してクレアである。

彼女は、戦場で敵兵を真っ二つに切り裂いた経験はあるが、そっち方面の経験は皆無である。

23歳で未婚というのは、前世の基準で言えば行き遅れも甚だしいが、理由があってのことだ。

父アルベールが急な病に倒れた。

クレアには弟がおり、本来であれば弟が家督を継ぐべきである。しかし、その弟は建前上ですら家督を継がせることは難しい程に幼かった。

そのため、弟が成人するまでの間の『繋ぎ』としてクレアが騎士位を継いだのだ。


クレアはあくまで繋ぎである。

しかし、繋ぎとは言えクレアに子供が、それも男児が産まれれば、相続争いの火種となってしまう。

そのため、クレアは未婚を貫いた。


弟が成人する頃にはクレアは25歳になる。

もう嫁の貰い先などないだろう。

更に弟が成人すれば自分は用なしになり居場所もなくなる。

それでも家と弟のために、と自分の人生を捧げたのだ。


弟の成人までに死ぬことになるとは…それも戦働きでも病でもなく、ただの意趣返しよって。

しかも、謀略とはいえ敵前逃亡、命令違反の罰による斬首である。

弟の未来も難しいものになってしまった。


と、冷静になれば暗い話なのだが、今はそれどころではない。


とにかくクレアは見たことすらなかったのだ。


あったと言えば世話をした幼い弟のぐらい。


そんな彼女が、魔鎗を見てしまった。

むしろ、触ってしまったのである。


『すご……え? 大き…』

さっさと次の検査に移ればいいのに、なんだかんだとそこで立ち止まっている。

貴族の嗜みとして、使用方法は勉強済みなので尚更気になって仕方がない。

なんなら進みかけては、戻っている。


しかも、ハルクは気付いてないから、止められることも無い。


『ウソ!? こんなに!?』

しかも、最新宇宙戦闘機に搭載された優秀なメディカルチェック機能にかかれば、この剛鎗の最終形態すら予想することができてしまう。


聞こえないようにキャーキャー言いまくった彼女がメディカルチェックを終えたのは、通常かかる10分36秒を大きく過ぎ、34分28秒が経過した時だった。


「初めてでしたので、時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。閣下の体調に異変は全く見つかりませんでした。むしろ、その若々しさが素晴らしいです」

何食わぬ顔でそう報告したクレア。


「ふむ。ありがとう」

作戦中ではなし、10分が30分になったぐらいで気にしないハルクだった。



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