純情カタブツむっつり女騎士、宇宙船になる。退役間近の凄テクおじいちゃん軍人とイク、終わりなきセイカン開発
石の上にも残念
01 出会い
「敵前逃亡は騎士の名折れだ、クレア」
垂れ下がったまぶたの奥にある濁った目がクレアと呼ばれた女性を見ている。
「敵前逃亡っ!?」
思わぬ言葉に語気を強めるのは女騎士。
夜闇を溶かしたような紫紺の黒髪、戦場にあってなお白い肌。
双眸は鋭い。
しかし、身体には縄が打たれている。
「言葉を慎め! 騎士風情が!」
濁った目の男の隣に立つ、二重アゴの男がすかさず叱責を飛ばす。
「し、失礼しました」
礼を取るクレア。
「しかし、敵前逃亡とは何故そのようなことに!? 撤退の指示を出されたのは卿ではございませんか!?」
無謀としか言えぬ吶喊命令。
幾人もの部下を失いつつ、それでも死に物狂いで戦いなんとか勝利を掴めるかと思えたその時に下された、意味不明な撤退命令。
そして、帰るなり縄を打たれこうして、引きずり出された。
「私は撤退など言っておらん」
濁った目に卑屈な色を浮かべる。
頬がやらしく笑っているように見える。
「な、何を!?」
「そもそも貴様が、私の静止を振り切り無謀な突撃を独断で敢行。その上、多くの犠牲を出し、自分は命惜しさにおめおめと逃げ帰って来たのではないか?」
「な!?」
辺りを見渡すがクレアを見下ろす全てが、いやらしい笑みを頬に貼り付けている。
クレアは察した。
つまり意趣返しなのだ、と。
目の前の男の愛人になれという誘いを断った自分への。
「しかし、私は無慈悲ではない。名誉ある死をくれてやる」
その言葉に続いて剣を構えた兵士が出てくる。
その顔は青く、手はブルブルと震えている。
「お前たち……」
それはクレアと共に戦い、生き残った部下だった。
「貴様の無能のせいで戦友を失った、その恨みを晴らす機会を与えてやる」
「この外道がぁっ!!」
泣きそうな顔の2人を見ればわかる。
何か弱みを握られたのだ。
「貴様だけは、決して許さん!!」
クレアは吠え、飛びかかろうとする。
しかし、縄とその先に括られた重りのせいで地面に倒れることしか出来ない。
その気迫に濁った目の男は椅子からひっくり返るほど、体を退ける。
「い、田舎騎士は騎士たる覚悟もないと見える。情けない。ほら、さっさとやれ」
震える声で、2人を唆す。
「貴様だけは! 貴様だけは!! 死んでも許さん!! この仇! 必ず果たす!!」
クレアの叫びは天高く、地の果てまで響いた。
☆☆☆
「というわけでして」
死んだと思ったら宇宙船になってました、という我ながら荒唐無稽な話をしどろもどろ説明するクレア。
そもそも生前の彼女はウチューセンなる言葉すら聞いたことがなかったのだ。
宇宙はもとより空を飛ぶことすら夢物語の世界にいたのだから当たり前だが。
しかし、理由は分からないが、宇宙船も知っているし、それどころか自分が、カルツベル宇宙軍の所有する『カストレア型遊動宙泳機SHA―Q3型』、通称、シャーク3と呼ばれる宇宙戦闘機の管理システムであることを理解おり、違和感すらない。
違和感がないことに混乱はあるのだが。
「ふーむ。死んだら宇宙船の管理システムにのぉ……」
顎を揉んでいるのは、短い髪がほぼ真っ白な好々爺然としたおじいちゃん、【ハルク・ホーナー】。
現在このシャーク3の操縦士をしている。
「まぁ、そんなこともあるんじゃろうな」
ぽんと手を叩いて、カッカッと快活に笑い飛ばす。
「信じるのですか!?」
「信じるも何も実際に起こっとるのだから、疑っても仕方あるまい?」
ひゃっほひゃっほと笑いながら言われれば返す言葉はない。
「ワシもクレバスに呑み込まれて、船体が破れて流石にもう無理じゃなーと思ったら、なぜか知らんがこうして生きてクレア殿と話しておるのじゃからな」
「……」
クレアが船体に記録されたログを確認すれば、確かにハルクとシャークスリーはスペースクレバス――宇宙に突如現れるブラックホールのような自然災害――に飲み込まれている。
普通に考えれば、荒れ狂う重力場に船体が引きちぎられ、船がこうして形を残していることすら考えられない。
もし、クレアに宇宙船に関する常識があれば、ログに記録されている『クレバスに呑み込まれてからの機動の非常識さ』に気づいたであろうが、あいにくと彼女にはその知識がなかった。
「うむ。色々あろうが、お互いこうして生きておるわけじゃし、とりあえず万事良しということにしようの」
ハルクの発言にそんな単純な!と反射的に思うが、考えてみれば最もだとも思う。
「……そうですね! 生きてればどうにかなります!」
本質的にかなり楽観的な2人だった。
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