第七章 新しい世界へ!
棚田のその先へ移動する手段を得たサラ、これから待つものは──?
第037話 出発進行!
──水無月十二日(晴天!)
きょうは、わたしのための車の試運転!
古いトラックを改造して、コンテナの中に大きな水槽を積んでます。
水槽の中には……水田の水と泥をたっぷり!
そう、レームさんから教えてもらった、眷属の地から離れて移動する方法!
トラックもロディさんの所有物だから、きっと大丈夫!
これで国道の先へ……街へ……海へ……行けるはずっ!
で、でもぉ……。
「……すみません、ロディさん。わたしのために、トラックお仕事で使えなくしちゃって……」
「サラさん。それは気にしてはいけないと、言ったはずですよ。そろそろ買い替える予定だった車を、流用してるだけなんですから。社員も新車が来て喜んでます」
古いとは言え、まだまだ走れるトラックだって言うのは、従業員さんから聞いてて知ってる。
ロディさんのこういう優しさは、すっごくうれしい。
でも……レームさんの一件があったから、すなおに喜んじゃいけない気もしてる。
わたしより、もっとふさわしいお嫁さんがいたかもしれない。
この幸せを授かるに足る人間のお嫁さんが、いたかもしれない……。
でも、この場にレームさんがいたら、きっとこう言うと思う──。
『──バカッ! 嫁を人間に限定されちゃあ、アタシがロディさん奪えないじゃないかっ!』
くすっ……!
人間じゃないこと、ずっと気にしてましたけど……。
レームさんという恋敵が現れて、なんだかずいぶん楽になりました。
いやまあ、ロディさんにちょっかい出すのは、やめてほしいんですけどぉ……。
「……よしっ、タイヤの空気圧もOK! ではそろそろ、出発しましょうか」
「は、はいっ!」
きょうのために履き慣らした、新しい運動シューズよし!
日差し除けの麦わら帽子よし!
カメラに、新品のフィルムのセット……よしっ!
いざ、助手席へ──!
──バタンッ!
トラックの助手席……。
何度か練習で、敷地内で乗せてもらってますけど……。
視線が高いのが……ちょっと落ち着きません。
──バタンッ!
ロディさん、運転席へお出まし。
ううぅ……初めての、眷属の地からの離脱……。
うまくいきますようにっ!
「……それじゃ、出発します。すぐに引き返せるよう、最初はゆっくり進みますから。具合が悪くなったら、すぐに言ってくださいね」
「あっ……。は、はいっ」
「緊張してますか?」
「ちょ、ちょっとだけ……。眷属の地から離れるのも、ドキドキですけど……。トラックの座席は目線が高いので、乗るたびに足元がふわふわしちゃいます。アハハッ」
「ふふっ……。本来はこのトラックより大きなサラさんが、そう言うのはなんだか意外ですね」
あっ……。
そ、そう言えば……そう。
全長で言えば、わたしこのトラックより大きい。
だから緊張するの、変……かも。
それに一緒にトラックへ乗るってことは……。
ロディさんもわたしともに、大きな体になってくれてるってこと……かも!
「……あの、もう大丈夫です! 出してくださいっ!」
「わかりました! それでは……出発進行っ!」
「出発進行ぉ!」
──ブロロロロオオォ……。
わたしの膝の高さを越えた稲が並ぶ棚田を横目に、トラックがつづら折りの道を、ゆっくりと下る。
全開にした窓からは、歩くときよりほんのちょっぴり鋭い風。
ロディさんの私有地内のコンクリート舗装を抜けて、いよいよトラックは、国道のアスファルト舗装の上へ……!
──ブッ……ブロロオオォ……。
一時停止したトラックが、ゆっくりと国道へ。
わたしの足先も、まるで薄氷を踏むようにジンジンと疼く。
いままで遠目でしか見たことなかった、国道を挟んだだれかの家の棚田。
それがゆっくりと、前から後ろへ、右から左へと流れていく。
わたしの体…………異常なしっ!
「……ロディさん! わたし平気ですっ! わたしレームさんみたいに、眷属の地から離れることができましたっ!」
「それは朗報です。ですが油断は禁物ですから、ゆっくり安全運転で行きましょう」
「はいっ!」
棚田のわきを、ゆっくりと下っていくトラック。
遠くに見えた街並みへと、次第に近づいていく……。
ロディさんが安全運転なので、後ろから来た車が、何台も追い抜いていきます。
中には追い抜きざまに、クラクションを激しく鳴らす人も──。
──パパパパァーッ!
あぁ、また……。
……って、このトラック……レームさんのっ!
「ハハハハッ! サラ! 約束どおり寿司食い放題させてやっから! 街までついてきなっ!」
タイヤの音交じりに、レームさんの声っ!
うう~っ……未踏の地に知り合いがいるというのは、心強いですねっ!
「ン゛ニャア~……」
「あれっ……? この鳴き声……イントさん?」
座席の後ろから、イントさんの鳴き声……。
わわっ、わずかなスペースにイントさんっ!?
(ちょっ……イントさん、なにやってるんですか! そんなとこでっ!)
(なにって……。不出来な嫁が街で粗相をしないよう、ついていってあげてるのでは……ありませんか……。車酔いの体質に……鞭打って……)
(……ネコも車酔いするんですか?)
(ネコもイヌもするのよ……。ロディに見つかったら降ろされるから、隠れてつきそってあげてるの……。ううぅ……)
(アハハッ! ロディさんの敷地内から出られないのは、わたしと同じだったんですねっ!)
嫌味な小姑、ちょっ……とだけ、いい気味かも。
そして……つきそってくれて、ありがとうございますっ!
イントさんも、わたしの大切な家族っ!
「あっ……! 見てくださいっ、ロディさん! 街! 街ですよっ! うわあぁ……建物がいーっぱい!」
「僕はほぼ毎日、見ている光景ですので……ははっ。僕にはサラさんのその、街の初見の反応が物珍しいですね。写真は撮らなくていいんですか?」
「あっ……撮影、忘れてました。忘れてたってことは……撮らなくていいんですっ! きょうは初めての人間の街を、目と心にしっかりと焼きつけますっ!」
「……ですね。何事も初めてはレンズを通してではなく、肉眼で見るのがいいでしょう」
……左右に並んだ、きれいな色の、おしゃれな設計の建物。
お洋服屋さん、アクセサリー屋さん、あれは……うーん何屋さんだろう?
知らないお店がたくさん……。
その一つ一つが、わたしの知らない世界……。
うーん……すごいっ!
「ロディさんっ! 街ってすごいですねっ! 気になるお店がいっぱい!」
「サラさんがいた山も、同じですよ。まだ見ぬ湖沼があって、まだ見ぬ洞窟があって……。見慣れているかそうでないか、そこに好奇心があるかないか……の差だと思います」
う……。
一見、あまのじゃくな返答!
けれどこの性格だからこそ、わたしをお嫁にもらってくれて……。
この性格だからこそ、わたしは惹かれてる!
ロディさんがほかの女に篭絡されなかったのもきっと、この性格に二の足を踏んで、結婚に踏み切れなかったから……。
でもでもわたしは、勢いで結婚しちゃいましたから無問題っ!
──ロディさん!
これからも……この不束な嫁を、よろしくお願いしますっ!
ヌメヌメ花嫁の愛されスローライフ -両生類新妻奮闘日誌- 椒央スミカ @ShooSumika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます