第036話 親子

 ──水無月五日(晴れ)夜更け


 勝負が終わって、ロディさんとイントさんが合流。

 落ち着きを取り戻したレームさん。

 両方の頬に涙が伝ったあとがあるけれど、幸い刃物傷はなし。

 ほっ、よかった~。

 女性の顔に傷を残したとあっては、責任重大ですから。


「よ、よかったですね……レームさん。顔に傷、残らなくって」


「……フン。別に傷跡できたって、よかったんだけどな。失恋の数だけ顔に傷……アタシの人生にゃ、ピッタリさね」


「えっ? じゃあその古傷……。失恋絡みでできたものなんですかっ?」


「昔、たくましくて粋な漁師が、ちょいと気になったことがあってね……。おずおず船に近づいたところ、銛で横一文字に抉られちまった」


「ひええぇ……痛そうです」


「それ以来、ああいうガチっとした男には興味失せてさ。そこのロディさんみたいな、優男が好みに変わっちまった……ってわけだ」


「……で。次はどんなタイプが、好みになるんですか?」


「いやこれまだ失恋じゃねーからっ! 顔に傷残ってねーってことは、失恋にカウントされねーからっ! 嫌味な性格してんなぁおい!」


「……素朴な疑問だったのにぃ」


「やれやれ……。そのロディさんにも、すっかり迷惑かけちまったな。やっぱ巨獣が二体じゃあ、こっそり対決ってわけにもいかねぇか。ハハッ」


 懐中電灯の明かりの向こうにいるロディさんを見つめる、苦笑いのレームさん。

 戦ってたさっきまでとは違う、つぶらな瞳をした女の子の顔。

 それを見返すロディさんは、普段人に接してるときの、穏やかな優しい顔。


「レームさん、とりあえずうちで休みましょう。それから今夜はもう遅いので、泊まっていってください」


「……いや、いい。下に停めてるトラック戻らないと、そろそろやべぇ。アタシが存在ごと消えちまう」


 存在ごと……消える?

 それって……眷属の守護神として、存在できなくなるってこと?

 あっ……!

 そう言えば肝心なこと、レームさんに聞かなきゃっ!


「レームさんっ! どうしてレームさんは、海から離れて行動できるんですかっ!?」


「……ああ、アタシの秘密、教える約束だったっけ。アタシのトラックに積んでる水槽な。あれ、アタシの縄張りの海の、海水で満たしてんだ」


「縄張りの海水を……水槽に……」


「そうすっと不思議と、乗ってる間は行動に支障なくてねぇ。それにトラックは元々、アタシの親父オヤジのモンでさ。言わばあのトラックは、眷属の地……ってわけ」


「なるほど……。ところでレームさんは、二代続けての守護者なんですか?」


「ははっ、ちげーよ。親父オヤジってのは、育ての親の漁師さ。親父オヤジは漁を手伝わせていた娘を、嵐の海で亡くしちまっててね。でもその死を、受け入れられなくって……。たまたま沖の岩礁で人間の姿してたアタシを、生まれ変わりだと思い込んじまった。この鼻っ面の傷を、『波にさらわれたときにできた傷だ!』って言って、聞かなくてよぉ……ハハッ」


「人間の……お父さん」


 あ、人間の戸籍持ってるって言ってたの、そういう事情……。

 本来の娘さんのを、譲り受けたんですね。

 違法行為っぽいけど、わたしも言える立場じゃないから……黙っとこ。


「まあ、失恋でできた傷より、そっちのが理由としてはいいからさ。しばらく親子ごっこに、つきあってやることにした。そうしたらいつの間にか、人の暮らしが板についちまってね……。親父オヤジが病で死んだあとも、この商売続けてるってわけさ」


「そうだったんですか……」


「……さーって! きょうのところは、すごすご退散すっか! ああ、そうそう。寿司食べ放題は、悪いがまた今度な!」


「あ、はい。また……」


 レームさん……わたしよりもたくさんのもの、人間の世界で背負ってたんですね。

 だから去っていく後ろ姿も、あまり寂しげじゃなさそう……に見えます。

 でもそれって、きっと……。

 たくさんの寂しさを経験してきたゆえの強さ……でも、あるんでしょうね。


「……さて、サラさん。僕たちも家へ戻りましょうか。事の仔細、聞かせていただきますよ」


「はい……。わかりました」


「それから、レームさんとはこれからも、仲良くしていきましょう。どうやら異種族での家族生活は、僕たちの先輩のようですから。助言をいただきませんとね」


「は、はいっ──!」

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