第035話 トラウマ

「かっ……鎌だと~っ!?」


「わたしの手の指は、人間と同じ五本っ! 赤ちゃんの手に似てて、『人魚』の名が伝わってる地域もありますっ! 人間生活で鍛えた刃物さばきで……勝ちます!」


「ハッ……! そんな鎌一本で、アタシの硬い尾鰭と無数の牙に対抗する気かい……って、あ、あら……?」


 あっ……。

 レームさんの左目の下辺りに、縦に傷が一筋……。

 うっすら、血がにじんでる……。

 さっき振った鎌、あそこを切ってたんだ。

 それをレームさんが、胸鰭でぺたぺたぺた……。


「ひっ!? 血ぃ……!? かっ……顔に傷っ! アタシの顔に傷うぅ!」


「レームさんっ!? そ……そんなに痛かったですかっ!? すっ……すみませんっ!」


「い……イヤだああぁああっ! これ以上顔に傷増えんの、絶対イヤああっ!」


 わっ……!

 レームさん、すごい取り乱しよう……。

 胸鰭と尾鰭でバシャバシャ水面叩いて、体はその場でぐるぐる時計回り……。

 こ、これってもしかして……トラウマ?

 顔にある横一直線の傷、刻まれたときの恐怖が……蘇ってる?

 でも、たとえそうだとしても……。

 かわいそうだけれど……ロディさんを取られるわけにはいかないので、ここが攻めどころですっ!

 まずは鎌を振り回して……レームさんを威嚇っ!


「レームさん、ごめんなさいっ! やあっ! やあっ! やああ~っ!」


「ひいいっ!? 顔だけはやめてええっ!」


 レームさんが顔を泥にうずめてひるんだっ!

 この隙に……背びれを掴むっ!


 ──がしっ!


「せ~~~~のっ! でええぇええぇええいっ!」


 田んぼから出たほうは……リングアウトで負けっ!

 なのでこのまま、あぜへと放り投げますっ!

 この物を掴める手が……いまのわたしの、最大の武器っ!

 ううっ……めちゃくちゃ重いけれどぉ……ロディさんの……ためっ!

 んっ、んっ、んっ、んっ、んんんんっ……どりゃああぁああっ!

 飛んでけええぇええっ!


 ──バシャッ…………ズウウゥウウンッ!


「はあっ……はあっ……ふぅ……はぁ……ふうぅ……。田んぼから出たので……あなたの負けですよっ、レームさん!」


「つ……ううぅ……いってぇ…………はっ!? て……テメェ! 人のトラウマにつけこみやがったな!?」


「勝ちは勝ちですっ! たとえトラウマを抱えていても、他人の幸せを壊していい理由にはなりませんしっ!」


「チッ……。いい子ぶりやがってぇ…………はっ!?」


 あっ、小さな明かりが近づいてくる……。

 光の玉が、少しずつ大きくなっていって……。

 その向こうに人影……と、ネコの影がうっすら見えてくる。

 イントさん、解放されたあとロディさんを呼びに行ったんだわ。


「え、えっと……レームさん? とりあえず一旦、お互い人間の姿になりません? アハハハ……」

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