第4話 初めての嫉妬
「それで……二人はどんな関係なのかな」
状況説明のために大山には中に入ってもらいそれぞれ座りながら対面する形で話すことになった。
「どんな関係と聞かれてもただの先輩と後輩って感じだよ」
先輩が苦笑いを浮かべながら苦し紛れに等しい説明をする。あながち間違ったことは言っていない。
「いえ。それ以上に個人的な関係性が見えるんですけれど……」
やっぱりさっきの説明で通じるほど甘くはなかった。こうなったら正直に話すほかないのだろうか……
「ちょっと先輩と話すから少し席外すよ」
そう言いながら僕は先輩を連れて一度廊下に出た。
「もう正直に話したほうがいいのでは? 少なくとも俺が思うに大山は悪いやつではないですし、言い広めたりはしないと思いますよ」
「そっか……君がそう言うなら信じてみるよ。彼女になら話していいよ」
「ありがとうございます」
それから教室に戻り大山にすべての事情を正直に話した。大山も最初こそ普通に驚いていたがそれでも飲み込んでくれた。
「なるほど……先輩自身は完璧な人を演じるのを辞めれずそれを佐々木君に偶然見られてそれを佐々木君が支える関係……」
「どう? 理解してもらえたかな……」
「あ〜はい。それで私にも黙っていてほしいと?」
「そうしてくれると助かるかな」
「……わかりました。このことは私達3人の秘密。ということで」
「ありがとう。大山さん」
「いえいえ。それより佐々木君。私達も授業だから戻るよ」
「お、おう。それじゃあ先輩、またあとで。」
* * *
先輩を教室に置いて僕らは先に自分の教室へ向かう。
正直この秘密はもう少しだけ先輩と僕だけの秘密にしたかったというよくわからない感情が芽生えた自分自身に困惑していた。
「佐々木君ってあの先輩に対しては何も思ってないの?」
「思ってないってなんのことだ?」
突拍子もない質問に頭にはてな文字が浮かぶ。
「いや…ほらさ、好きとかそういう感情はないの?」
「いや、ないよ。先輩との関係はあくまでそういう関係なだけなんだからさ」
「ふ〜ん……あっそ」
そんな会話をする間に僕らの教室が見えてきた。中からは授業をする先生の声が。
「やばい……完全に遅れた。どうしよ」
「どうしよって、入るしかないだろ。サボるわけにも行かないし」
どうしようかとあたふたする大山を無視して創真が扉を勢いよく開ける。座っているみんなと教卓に立っている先生の視線が一気に集中する。
「ちょっ……いったいどこに行っていていたの。もう授業は始まっているんですよ」
「すみません。ちょっと寝てたら昼休み過ぎてて」
「はぁ……もうこういうことしないように気をつけてくださいね早く席について」
「は〜い」
話が終わったところで自分の席についてノートを開く。大山はなんか恥ずかしそうに顔を俯かせながら席についた。よっぽど見られるのが恥ずかしいんだろう。
翌日。今日も俺は先輩に勉強を教えてもらうためにいつもの空き教室へ向かおうとしていた。
「佐々木君〜」
教室を出たところで陽気なテンションの大山に呼び止められた。
「なんだ?」
「赤森先輩に会いに行くの? 私もついて行っていい?」
「なぜ先輩と会うと断定してるんだ……まぁ、そうだけど」
「私も勉強見てほしくて〜」
そう言いながら大山はバッグからひどい点数の国語の小テストを見せびらかす。
「大山って文系も理系も得意じゃなかった?」
「ちょっと今敬語のところでつまずいじゃってさ」
「なるほど……先輩がいいと言ったらいいぞ」
「何その言い方〜」
そのまま他愛無い話をしながら二人は教室へ足を運ぶ。
見えてきた教室のドアは既に開いておりどうやら先輩が先に入っているようだ。
「先輩いますか?」
「待ってたよ……大山さん昨日ぶりだね。何か用事かな?」
「はい。今日はその……私も赤森先輩に勉強を見てほしくて…」
「うん。いいよ」
「速っ!」
まさかの即決。悩む間もないぐらい承諾することに俺は驚きを隠せず思わず声が出てしまった。
「……そんなに驚くこと?」
「あぁいえ。ちょっとは考えるものかと思ってたので」
「頼られたらそれに応える。それが私の信条だからね」
玲奈は誇らしげな表情で胸を張った。
「かっこいい! 先輩!」
「なんだか先輩がこうなった理由わかった気がします。」
「……? まぁいいや早速勉強を始めようか」
* * *
それぞれが勉強に集中する中創真はあまり勉強の方に意識を向けられていなかった。今まで二人だけで行っていた勉強の時は不思議と勉強に力が入っていた。
しかし大山というクラスメイトが加わるとなぜか集中できないかった。それどころか寝たいとすら思っていた。この沈黙に耐えきれず休憩を言い出そうと口を開こうとすると
「「一旦休憩に、あっ……」」
ハモった。俺ではなく大山と先輩が。お互い気恥ずかしそうに目を泳がせる。さながら初々しいカップルを見ている気分だ。
「ちょ、ちょっと私飲み物買ってくるね」
「あっ、はい!」
先輩が飲み物を買いに行ったことで俺と大山の二人きりの時間となる。
「なんか緊張してる?」
「な、なわけ! 気のせいでしょ」
とか言いつつも大山は分かりやすく動揺して見せる。声のトーンも高いし。
「いや〜王子様は伊達じゃないね……」
「その噂。知ってたのか」
「まぁね。実際信じてはないけどいざ話してみると凛としてて今でも心臓がドキドキだよ…」
女子からもこの人気っぷり。先輩の魅力の果てしなさがよくわかった。しかしここである疑問が頭に浮かんできた。
「あそこまで人望厚くて才色兼備な人が彼氏いないのかが不思議なんだよな」
「だよね〜赤森先輩ならどんな人とも付き合えると思うけどなぁ」
「まぁそこは本人がどう考えているのかは知らないけれどなにか考えがあるんだろ」
「お待たせ。それじゃあ続きの方をやろうか」
ゆっくりと扉を開き先輩が帰ってきた。ちょっとだけ目元が赤くなっていたように見えた。
* # *
「はぁ…はぁ…」
飲み物を買ってくると嘘をついてまであそこから離れてしまった。だってあの子の目が。態度が私がこれまで嫌というほど見てきた人の目だった。
「大丈夫……佐々木君も言ってた。悪い人子じゃないって。うん大丈夫。大丈夫」
大丈夫だと自分に言い聞かせるも必死に我慢してるのが馬鹿らしく思えて不思議なことに頬を涙が伝う。
「え、なんで……」
手で涙を拭ってもまた一滴、ニ滴と流れ落ちる。
「どうすればいいんだろう……誰にも言えないよこんな気持ち」
とりあえず涙は無理やり引っ込ませて私は言ったとおりに飲み物を買い教室へ戻った。
* * *
「それじゃあ続きやろうか」
先輩の一声で再び勉強会は再開された。今度こそはと勉強に力を入れようと思ったがやはり集中できなかった。
「あんまり今日は集中出来てないみたいだけど、大丈夫?」
「……なんでわかるんですか」
「だってほら、一問も進んでないどころかただペンを持ってただけじゃない」
指摘されたところを見ると英語のワークの問一のところからいっさい書けていなかった。他にもペンを立てすぎて大きな黒い点ができていた。
「うっ……すみません。なんか今日は集中できなくて」
「まぁたまにそういう日もあるかもね。なら佐々木君は休んでな」
そう言われ急に頭をポンと手が置かれた。何故に……?
そんな時、隣の大山から鋭い視線を浴びせられた。もしかしてこの頭ポンが羨ましいと思ってるのか?
「……赤森先輩! 私も佐々木君にしてたことしてほしいです!」
口を開くとまさかのダイレクトな要求。そんなにされたいものなのか?
「えっと……あははっ。今は勉強中だよ」
大山の突拍子もない行動に先輩は思わず唖然とした態度のまま苦笑いを見せる。
「少なくとも『私は』頑張っています!」
今私はって言ったあたりあからさまな含みを感じた。
「う〜ん……まぁ、いいけれど」
そこで俺はさっきの大山の発言に物申したい気持ちを抑えきれず席を立ちだす。
「まるで俺はいっさい勉強してなかったみたいな言い方だな」
「みたい。じゃなくて事実じゃないの? 赤森先輩にも指摘されたじゃん」
向こうも向こうで反論仕返してきた。ここからさらに口喧嘩はヒートアップする。先輩の呼び止める声も気にすることもなく。
「少なくとも大山が来るまでは二人で充分集中できていた。けど大山がいると集中できないんだよ」
「あっそ〜けど集中自体は本人の問題じゃないの?人のせいにされてもね〜」
「ちょ、二人とも……」
「というか大山なら先輩じゃなくても頼れる人なんて山ほどいるだろ」
「言わせてもらいますけど私、友達今のところいないから!」
急な自虐的なことを言い出し双方気まずい雰囲気になっていく。
そんな雰囲気を壊すように先輩は突然立ち尽くす。
「もういいよ……私は君たちに勉強を教えるのをやめるよ」
「え、ちょ……」
そう言い残し先輩は教室を後にした。
「帰っちゃった……」
「どうするんだ……先輩怒らせたことないし、どうすべきだ? この場合」
ひとまず俺らは先輩に謝り、機嫌を戻してもらわなくてはいけなくなった。テスト勉強よりも優先しなくてはならない。
チャイムが耳に入りひとまず俺らその日を何事もなく過ごして終礼が終わった。
* * *
先輩に一応謝りたいとメッセージを送ったものの既読もつかず反応なし。
「とりあえずまた日を改めて……か」
家についてからも返信もなくただただ気まずい気持ちを引きずりながら明日を迎えた。
「とりあえず明日のことは明日の自分に任せるとしよう」
明日の不安はありもしない根拠の自分に任せて創真はベッドに飛び込み目を閉じた。
* * *
昼休み、二人に対して怒ってしまったと思いつつも今更どうすればいいのだろうと悩むも今日という時間はそれでも進む。
終礼まで終わった玲奈はいつものように生徒会長としての仕事をこなしていた。
「大丈夫か? 赤森」
「……え? 何がですか?」
「いや、なんか今日の赤森やけに張り詰めた表情している感じだったからな」
「え…あっ、本当だ」
寺島先生に指摘を受けるまで表情筋に力が入っていることに気づけなかった。
「もし疲れているなら今日はもう帰っても大丈夫だぞ? 普段赤森は生徒会の仕事頑張ってるしな」
寺島先生からの申し出はありがたかったがこれぐらいなら私は帰るわけには行かない。
「そうだぞ赤森。何事も根を詰めすぎては良くないしな。休憩も大事だ」
寺島先生に続き書紀の谷口先輩も便乗するように言葉を重ねる。
「うぅ……わかりました。では本日はお言葉に甘えてお先に失礼します。お疲れさまでした」
『お疲れ様でした〜』
挨拶をすると中のみんなは振り返りこちらに笑顔を向ける。相変わらずこの部屋の人たちはとても親しみやすい環境だ。いつまでも居たいと思える落ち着く場所。
下駄箱に差し迫るところで頭をさっきの考えにシフトチェンジする。口喧嘩に発展するのを見た時はもうほっとこうかと思ったけれど時間を置いて冷静になった今となってはすぐ感情的になった私も悪い気がする。
「だけど佐々木君たちも悪いよね……」
ひとまず向こうからコンタクトがあっても一日距離を置いてからまた話そうと。この話は結論付けて玲奈は帰路についた。
* * *
「あっ……」
「おはよう……」
なんとなく気まぐれで気持ち早く登校すると偶然先輩と鉢合わせした。先輩はこちらを一瞥するだけですぐに向こうを向いてしまった。
早く昨日のことを切り出さなくちゃ……
「あ、あの……先輩。その昨日のことなんですけど」
その話を切り出すと先輩はピタリと動きを止めた。
「俺もあの時はつい喧嘩しちゃって先輩の事をほっぽってごめんなさい!」
「……私こそすぐ感情的になってごめんね」
「え……?」
本来こっちが謝るべき立場なのに向こうからも謝られるのさすがに驚きを隠せない。
「いや、先輩は悪くないんですよ。だから気にしないでくださいよ」
「いや私の方にも落ち度はあったよ。ただ私は事実を認めて謝ってるだけなんだからね」
「いやいや」
「もう。いい加減認めてよ……」
お互い自分が悪いことは認めても相手の謝罪は聞かずでいっこうに決着つかずのこの話はいつ終わるんだろう。
「あの〜何やってるの? ふたりとも」
「「大山」さん」
まさかの大山も朝早く来ていたようで変なものを見るような目でこちらを見ている。
「えっと……赤森先輩。昨日は本当にすみませんでした。勉強を見てもらってる立場なのに自分勝手で」
それから大山は決心めいた目で深々と先輩に頭を下げた。
「ううん。さっき佐々木君にも言ったけれど感情的になった私も落ち度があるから。もうこのことは不問にしよう。ね?」
それでも先輩はいつもと変わらず優しい。女神と言われても違和感がないぐらいに。
「わかりました。次からは真面目にやります」
「うんうん。本当に次こそはしっかり取り組んでよ? 特に佐々木君」
「ちょ……なんで俺を名指しなんですか」
「あははっ! まぁ真面目にやるなら私を参考にすればいいんじゃない?」
「お前のその自信はどこから来てるんだよ……」
「それじゃあ私は教室行くからまた後でね」
「「は〜い」」
そう言い残して先輩は先に教室へ向かった。俺たちも教室へ歩き出す。
「なんだか赤森先輩に対しての見方変わったかもあたし」
「見方?」
「そ。なんだか頼れるお姉ちゃんみたいな?」
「あ〜まぁわかるかも。それに一つ年上っていうのもあるしな」
「そうそう! いつかお姉ちゃんって呼んでみたいな〜」
そんなこんなで思ったより早く無事仲直りができたことでこれからも勉強の方に集中できるようになった。 集中できればの話だけど……
* * *
今日も創真たちは勉強に明け暮れるために毎日。昼休みに集まっては勉強を繰り返していたそんなある日のこと。
「ちょっと休憩にしようか」
先輩の一言で休憩に突入する。創真が通う水ヶ原高校は昼休みは四十五分と他校に比べて長い。
なのでこうやって勉強する人もいればいま隣で休憩と知るとすぐ寝る大山のようなやつもいる。
「休憩って言った途端すぐに寝ちゃうんだもん。よっぽど勉強頑張ってるんだね」
最近大山と先輩の距離が縮んだように感じる。
前に大山は先輩のことを姉のように慕っているような素振りを見せていた。今ではそれが全面的に見えていた。
その頃から自分の胸の内側でズキズキとした感覚を覚えた。
「先輩。大山の場合ただ頭のエネルギー切れが早いだけな気が……」
「もう。またそういうこと言う……」
先輩は不貞腐れた様子でこちらを見る。
「まぁ少なくとも俺より真面目にやってるのは確かですね」
「まるで自分はそうじゃないって感じの言い方だね」
「実際そうですし……」
なんだかんだで殆どの物事に中途半端で取り組んできた結果、中学では3年間で毎年一回は補習を受ける羽目になった。
「だけど君も君でこうやって毎日ここに来てるわけなんだから。そう卑下することないよ」
こういった励ましのような言葉を聞くと自分の行いが認められているような気がして少しだけ胸が暖かく感じる。
「そう…ですか」
「うん。君は君なりに頑張ってるからいいの」
「ありがとう…ございます」
「まぁ、できればもう少しだけ集中して取り組んでくれると私は嬉しいね」
「うっ……それを言われると耳が痛いですね」
「やだぁ〜もっと寝たい!」
突然大山が声を上げたと思えばただの寝言だった。寝言で寝たいと言うのはもはや一種のギャグだろう。
「時間も充分とったしそろそろ再開しよっか」
そこからの勉強は不思議なことにとにかく捗った。それもチャイムの音も気ならないほどに。
* * *
「てなことがあってだな」
「とりあえず思ったより君がリア充してることはよくわかったよ。ビンタしていい?」
そう言いながら前原は手を出してきそうなぐらい近づいてくる。怖いって。
昨日の勉強会から翌日。昼休みになったが先輩は生徒会の仕事で忙しく今日の勉強会は無しになった。
そんな時創真は前原にある相談を持ちかけて隣のクラスに来ていた。
「よかねぇよ。リア充っていうよりハーレム?」
「やっぱり一発ビンタして惚気から目を覚まさせたほうがいいかもしれないね」
こんな毒舌男に相談するのもしゃくではあるが少なくとも大山にするよりは幾分かマシな気がした。
「そんな毒吐いてないで話聞いてくれよ」
「……わかったよ。それで?」
「最近俺が先輩と大山の3人で勉強会を開くようになったのは話しただろ?」
「うん。それで危うく君に手を出すところだったよ。まぁ手が出てもしょうがないよね」
「いや良くはないだろ。それで大山が加わってからというものあんまり集中できてない」
早速本題に移ると前原は真面目に聞こうとがらりと表情を変えた。
「それって環境云々の話じゃなくて?」
「そ。それと一つだけ心当たりがある」
「心あたり?」
そう言いながら前原は首をかしげる。
「そうだ。大山が加わる前は俺と先輩の二人で勉強してた。だから無意識に三人でいるこの状況が面白くないと感じてたのかもしれない」
「そりゃまたなん……あ〜なんとなくわかったよ」
前原は自分だけ理解したみたいで首を頷かせる。
「え、何なんだこの答えは」
「さぁね〜少なくともこれは創真。君自身が自覚するのが大切なことだと思うんだよね……」
色々と見透かしたように前原は語る。ますます理解が及ばない。
「じゃそういうことだからじゃあね〜」
前原はそんな捨て台詞を残し何処かへ行った。
「ん〜? 結局何なんだ……このモヤモヤのような気持ちは……」
それからも何日も考え続けても答えは自分の中には出なかったので考えてもしょうがないのでやがて創真は考えるのを――やめた。
ちなみに中間試験は度重なる勉強会の結果もあり五十点前後の点数でなんとか補習は回避できたのだった。
玲奈さんは不良になりたい。 ホオジロ夜月 @coLLectormania
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