第3話 中間試験

 じめじめとした空にポツポツ雨が天井を打ち付ける音が響くそんなある日。創真は小テストの絶望的な点数を見て途方に暮れていた。

「やばいな……この点数」 

 今日は一時間目から英語の小テストがあり俺は慢心していた。しょせんただの小テストだ…と。

 その結果がこれである。

 何個かケアレスミスはあってもほとんどはバツで埋め尽くされていて惨めな気持ちになる……

「それに来月の中旬には中間試験があるしな……」

 このまま中間試験に臨めば赤点、補修(あるのかは知らないけど)は免れない。かといって自分だけじゃ、どうしようもない。

 頭の中に誰かに頼ればいいという妙案は浮かんだがそれもイマイチなものだ。

 前原は必ず友達と一緒に勉強をしていてるのでとなると消去法で大山に絞られる。が。

 大山に至っては単純に頭の問題。多分俺より点数が悪い気がする。

 最後にもう一人だけいる。しかし創真はあまり声をかけようと考えていなかった。

「それなりに関係性が構築されていても先輩に頼るのはなんか筋違いな気がする……」

 などと葛藤しても中間試験までの時間はもう少ない。もう背に腹は代えられないというものだ。

「とりあえず先輩を探そう。今日はまだ学校にいるはず」


* ≈ * 

 昼休みになり創真はいつもの空き教室へ足を運ぶもそこには誰もいなかった。  

「いないか……」

 そりゃそうだ。先輩からしたらここに来る理由なんてまずない。けどもしかして……と考えると不思議と心が踊った。

  しょんぼりしながら教室を出ようとしたら目の前には先輩が立っていた。

「あ……佐々木君。ちょうど君を探してたんだ」

 会おうと思ってまたここで会えるのは何か運命めいたものをつい意識してしまう。

「え……俺にですか?」

「うん。中間試験のことでね。なんとなくだけど……君も私を探してた感じかな?」 

「まぁ……はい。」

 別に特別仲がいい訳ではないけれど探していたという言葉が特別な響きを思いつい胸がざわつく。

「そっか、とりあえず私の方から話すね。佐々木君は中間試験の勉強は順調そう?」

「うっ…正直言うと割と不安です。今日英語の小テストもやばくてこのままだと補習なっちゃうかもですね……」

 質問への返答だけじゃなくつい本音も吐露してしまう。無意識に先輩に心を許しているだからかな…

「そっか……それなら私が勉強を見てあげようか? この前のお礼も兼ねて」

「本当ですか! でも……いえ、ぜひお願いします!」

 こっちから頼もうとしていたことに願ってもない申し出なので少し気は引けたがもちろん、断る理由もなかった。

「けどいいんですか? 先輩もテスト勉強あるんじゃ……」

「大丈夫。これでも学年一位はキープしてるし人に教えるのも勉強になるしね」

 と言いながら彼女は得意げに語る。その自信は素直に羨ましいとさえ思った。実際彼女の自頭がいいのか、単に努力できるタイプなのか……

「ならお言葉に甘えて頼らせてもらいます。先輩」

「うん! 勉強の事は私に任せて! とりあえずちょうど明日の昼休みは生徒会がないからその日に図書室で勉強しようか?」

「はい。明日で問題ないです。俺が先輩に予定を合わせますよ」

「そうしてくれると私としてもありがたいよ。あ、予定で思い出した。佐々木君スマホ出して」

「え…あ、はい」

 言われたとおりにスマホを取り出す。

「今日みたいに会う時場合、お互いの予定を把握できたほうがいいと思うんだ。だから一応連絡先は交換しておいて損はないと思うんだ」

 ラインの連絡先リストの中に家族と前原以外に先輩の連絡先が追加された。

「ありがとうございます。確かに連絡できればこうやってわざわざ探す手間も省けますしね」

「そういうこと。」

 話が一区切りついたところでタイミングよく鐘の音が鳴りだす。

「じゃあ私は教室戻るからまた明日ね。佐々木君」

「はい。また明日」

 とはいえまだ五、六時間目が残ってるんだけども……

「五時間は数学の小テストがあったな……」

 次の授業も小テストがあるのを思い出し憂鬱になりながらも創真は教室へと戻った。


* ≈ * 

「こっちは思ったより悪くなかったな……」

 本日2回目の小テスト。科目は数学。俺としては文系より理系教科のほうが少しだけ得意なのでまだ50点で済んだ。それでも50点なのは誇るべきかどうか……

「佐々木くんや」

 淡々とした声を発しながら大山が後ろから近づいてくる。

「なんだ……」

「点数は?」

「まずそっちから言え」

「私、85点!」

「50点……」

「やりぃ! 私の勝ち!」

 そう言いながら大山は子供のようにはしゃぐ。自慢しにくるぐらいなら正直どっかいってほしい。

「ていうか、大山って勉強できたんだな」

 率直に言って大山のようなタイプの人間は勉強は苦手だと勝手に思っていた。人は見かけによらないとはよく言ったものだ。

「むっ……随分失礼なことを言ってくれるじゃん。私一応これでも勉強自体は得意なんですけど?」

 ひとまず赤点ではないので良しとすることにした。

「全くそんな出来じゃ中間試験痛い目見るよ?」

「少なくとも50点取れれば充分いいだろ」

「君の場合数学はね……けど英語はどうかな〜?」

 英語の事を指摘され、不意に心臓が跳ねる。

「まさか…お前英語の小テストの紙、見たのか……?」

「見てはないけど……反応を見るからにヤバかったのはわかるよ〜」

「勝手に人の様子を観察するなよ……」

 鐘が鳴り五時間目が終わる。クラス中は小テストの結果で賑やかに騒いでいた。そんな中、先生からテストのことで指摘を受けた。「はーい。今回の小テスト悪かった人は来月の中間試験でもミスしないように頑張ってね。それじゃ」

 ここまで何度も中間試験の話題が出ると気がおかしくなりそうだ。

「それで? このままだと捕集コースまっしぐらの佐々木くん。私が勉強を教えてあげようかな?」

 まさかの大山からも勉強を教える誘いが出るのは先輩以上に以外だった。

「お前がそれを言い出すのはなんか怪しいんだが?」

「全く…人の善意を疑うとは君は相当の捻くれ者だね」

「悪かったな。純粋じゃなくて」

 六時間目が移動教室なので理科室へ移動しながらも談笑を続けた。

「それに……」

「それに?」

「悪いが、俺は既に先客がいる。」

「本当に〜? 見栄貼ってるだけじゃなく?」

「本当だよ。誰かは言わないけど」

「へ〜ならいいや別に」

 と言いつつ興味がなくなったと思えば俺を置いて一人先に向かった。

「あ、そだ。今日の夜に明日のことで先輩に連絡しとこうかな」

 ちなみに六時間目は理科で実験だったが中間試験への不安で頭が一杯になりあまり実験に集中できなかった。


* * *

「ふい〜疲れた」

 夕食も入浴も済ませ今日の疲労感を拭い取ってベッドに横たわる。

「テストの事はまぁ…先輩に頼ればきっとなんとかなるはず」

 早速明日の勉強会について連絡がてら軽いメッセージを送った。

『こんばんわ。先輩今大丈夫ですか?』

 すぐに既読が付く。先輩も今暇していたのだろうか。

『こんばんわ(⁠.⁠ ⁠❛⁠ ⁠ᴗ⁠ ⁠❛⁠.⁠)大丈夫だよ。どうしたの?』

『明日の勉強会のことで少し……』

『あぁ、明日は私も勉強はするけど君に教えるのをメインでやる感じかな』

 聞く前から既にプランは練っていたようだった。さすが、生徒会長、用意周到だ。

『なるほど……そういう感じにやるんですね。わざわざおれの為にありがとうございます』

『気にしないで。私がやりたくてやってるわけなんだから』

 こういう所に先輩の人となりが見えてくる。真面目で頭脳明晰、おまけに優しいときた。まさに非の打ち所がない。

『明日の事はこんな感じかな。あとは大丈夫?』

『はい。問題ないです。おやすみなさい。先輩』

『おやすみ。佐々木君』

 恐ろしいぐらいスムーズに勉強のためのプランも建てれたのであとは自分次第ではある。しかしサボってしまいそうだ……

 そんな不安をひとまず置いておいてもう眠気を感じる体を休ませようと部屋の電気を消し、今日はもう床につくことにした。


翌日。四時間目までの授業を教えて昼食の時間を迎えた創真は弁当をかきこみすぐに食べ終えた。その時スマホが震えた。

『私は昼食は食べ終わったけれどそっちはどう?』

「早いな。って俺もだけど」

『俺も食べ終わったので図書室行きますね』

『うん。入口近くの席で待ってるね』

 スマホをしまい一番苦手な英語の教科書とワークを持って教室から図書室へ歩き出す。

「改めて思うけど俺の為だけにわざわざ時間をとってもらうのなんか嬉しいような…申し訳ないような」

 きっと彼女からすれば俺が先輩の手伝いをしてもらうことへのお返しと思っていそうだな……

 けど冷静に見ると才色兼備の生徒会長と入学したばかりの一般男子。ぶっちゃけ他のやつでもつり合いがとれると思う…とはいえ俺が先輩の恥ずかしいところを見てしまったからというのが大きいか……

 そんなことを考えている間に図書室に到着。ひとまずこのことは一旦、頭から切り離すとしよう。


 中に入ると思ったより人はいた。ほとんどが漫画や本を読んでいたがごく少数は教え合いの勉強をしていた。

 (先輩は……あ、いた) 

 そんな中先輩はまだかまだかと暇そうに髪先をくるくるしては戻しての動作を繰り返していた。

「赤森先輩。お待たせしました」

「お、来るのを待ってたよ佐々木君」 

 呼びかける声に反応して振り返る彼女はいつもはみせない爽やかな笑顔を向けていた。

「あ、はい……」

 その様子に若干違和感を感じていたはいたがその理由がわかった。

 今は周囲に俺以外にも生徒が多くいるからだ。どことなく今も視線を集中しているのを感じる。

 今の先輩は普段俺と接するときは全く異なる赤森玲奈生徒会長という全校生徒の模範という仮面を被っている。

「どうかした? 佐々木君」

「あ、いえ。なんでもないです。早速お願いします」

「うん。それじゃあ、どこから教えようか?」

 それからというもの苦戦しつつも先輩が教え上手なのもあり文法のいくつかはなんとか解き方を完全に理解できた。

「先輩。ここはこの訳で合ってますか?」

「うん、正解! 飲み込みが早くていい感じに覚えれてきてるね」

 ふと室内の壁の時計を見るも昼休みが始まった一時からまだ十五分も立っていなかった。まだあと三十分以上あると思うと少し気が遠のいた。そんな時周囲の生徒からひそひそ話が聞こえてきた。

「あれ、赤森さんが勉強教えてる子誰だろう」

「さぁ……彼氏じゃない?」

「え〜赤森さんはああいう地味な感じの男子と付き合わないでしょ」

 おそらく赤森先輩と同学年と思われる女子が普通に聞こえる程の声量で陰口を叩いていた。俺としては気にもしないが先輩はそうでもないみたいだ。

 顔にこそ出してはいないが、どことなく怒っている人特有の覇気? のようなものを感じ取った。

「佐々木君。ちょっと場所を変えようか」

「え…あ、はい」

 玲奈に促されるように創真は図書室を出て玲奈の後をついていった。


「ごめんね……せっかくの勉強中だったのに」

 渡り廊下の途中で先輩は足を止めて振り返りそう言った。

「いえ……さっきの人の影口のことですか?」

「うん、まぁ…ね。別に私自身はどうも思わないよ。けれど私が仲良くしてる人の悪口は許せないの」

 彼女は真剣な表情でそう語る。さっきの悪口ガールズに対してはお互い考えていたことは同じだったみたいだ。

「ふふふ……なんだか笑えてきますね」

 思わず笑えてしまい笑みがこぼれる。

「……? どうして?」

「いえ。俺もさっきの悪口を言っていた女子に対してそのまま先輩と同じ事を考えてましたよ」

「そうなんだ…確かに似たもの同士だね。私達」

「ですね。」

 全く異なる人でもこうやって仲良く笑いあえると思うとさっき考えていた釣り合い不釣り合いは考えるだけ無駄なのかもしれない。

「あ、それはそれで勉強ほんとうにどうしようか」

「それならいつもの空き教室とかどうですか? 多分開いてますよ」

「確かに……そこなら人が来ることもないだろうしそこで続きをやろうか」 

「はい。それと先輩。今日はありがとうございます」

「どうしたの? 急に」

「いえ。ただなんとなくお礼を言いたくて」

「……変なの」

 と言い残し彼女は一足先に教室へと歩き出す。

 例え不釣り合いに見える関係でも持つべく礼儀を持って接すればいい関係はきっと長く続く。

 そんなこんなでいつもの空き教室に到着。今回も何故か開いていた。もしかして誰かが毎回開けていたりして……

「じゃあ早速英語の続きをしようか」

 それから途中だった問題の解答を数問続けたところで集中も切れはじめた頃に窓の方に目をやった。

 絶賛梅雨の時期である今は外をみても薄暗く灰色の空模様と雨が景色をかたどっていた。

「どうしたの……あ〜今日も雨みたいだね」

「ですね…じめじめしてて最近憂鬱ですよ……」

「それは私もだよ。登校して鏡を見れば所々髪がはねちゃってて……」

 そう言いながらも今の先輩の髪は一本もくせ毛も立たず綺麗な黒髪は整えられていた。

「けどそんなに長いと整えるの毎日大変じゃ? 切らないんですか?」

「ある程度は切ったりするよ? けどお父さんが長い髪が好きって…言ってたからね……」

 そう語る先輩の横顔は少しだけ寂しそうに笑っていた。

 そんな時、昼休みを終えるチャイムが鳴りだす。

「終わっちゃったね。勉強はまた今度にしようか」

「ですね。今日はありがとうございます。またよろしくお願いします。」

 荷物を纏めて教室を後にする。ドアを開けるとまさかの彼女が立っていた。

「およ……? 佐々木君?」

 おそらくここの廊下を歩いていた大山と偶然会ってしまった。しかしまだ俺しか見ていないはず……

「……あれ、後ろにいるのは赤森先輩?」

 そうでもなかった。どうやら普通に見えていたらしい。どうしたものか。この状況、どう捉えても誤解されてもおかしくはない。

「えと……二人は何やってたの? こんな空き教室で」

 何より大山からの視線がそれを物語っていた。完全にそういう関係だと断定しているような見方をしている。

 どう説明したものか……






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