第二話 まずは一歩。
「疲れたぁ……」
家に帰り、制服にシワができるのも気にせず布団に寝転がる。目を閉じ、今日の一日を振り返る。
素の自分を偶然見られたこと、自分を変える手伝いをしてくれる男の子ができたこと。
今でも濃密な一日だなと思う。恥ずかしいところを見られた時は終わった…と思った。だけどあの教室で佐々木君と出会えたのは意味があると思った。
それに佐々木君がどんな理由で手伝ってくれるのか気になる……。
けどこのチャンスを逃したらいずれ後悔する気がして私は一歩踏み出してみた。だからこそ佐々木君には感謝している。
この選択をした自分を変わる選択をして良かったと、勇気を振り絞ってよかったと思える日が来るのを祈って私はまた目を閉じる……
* ❅ *
「とは豪語したもののどうしましょうか……」
つい勢いで宣言するように息巻いたが具体的な計画は何一つ考えていなかった。
「考えてくれるだけでもありがたいよ…」
かといって先輩に聞くというのは筋違いな気がする……
暫くう〜んと声を唸らせつづけて思案していると先輩のほうが口を開く。
「それならまず私の行動を見てどんなところに改善の余地があるのか考える…というのはどう?」
「なるほど…確かにそれなら、自然と課題も見えてくるし良案ですね!」
けどその案一つだけ問題があった。
「ところで一年と3年の教室って棟が違いますよね?」
「そこは大丈夫。一棟の3階が三年生の教室だからすぐに行けるよ」
「なるほど……なら問題ないですね」
大体方針が決定したのでこの日の会議は終了してお互い別れて帰路に着いた。
「ふぅ……疲れた〜」
制服をハンガーに掛けてイスに腰を落とした。
今日はまだ入学式とHRだけなので午後一時には家に到着した。
「ほぼ何もしてないのになんでこんなに疲れてるんだろ……」
リラックスしようとリビングでカップ麺にお湯を入れるて待つ間考え事にふける。
少なくとも佐々木には思い当たる節があった。赤森との出会いそして、ある関係の構築が彼に重荷を無意識に与えていた。
「まぁ大丈夫でしょ〜友達作りは気が向いたらでいいし勉強もそこそこで〜」
先輩の抱える悩みは焦らずゆっくり考えていこう。まだ一年あるし――あと一年もすれば先輩は卒業する年……
「って俺、けっこう無鉄砲にも啖呵を切ることしたかも……」
「いっそ来年の新年にでも無理でしたてことで諦めようかな……」
――それなら最初から声をかけないでよ!
あ〜なんか嫌な事思い出しちゃったな……
「とりあえずしっかり先輩の事は考えとくようにしておこう……」
昔の苦い記憶が頭をよぎったがその雑念を振り払い目の前にカップ麺を啜りベッドに横になりその日は終わった。
そして翌日。今日は金曜日なので今日さえ行けば土日休みが待っている。学校に行くのが面倒くさい自分にとって休みほど嬉しいものはない。
「何故か早く目覚めたし……」
ぐっすり眠れたのか目が覚めるとまだ深夜の四時。 昨日は5時に起きたので多分その影響で起きたとは思うけどもう少し寝たかった……
「起きよ……」
起きたけど何をしよう。ゲームは…眠くなるから却下。いま寝たら寝坊するな…………眠いから寝る事にした。結果3時間ほど寝てしまった。
* ♧ *
結果、遅刻ギリギリだったが朝のホームルームには無事間に合った。
「はぁ…はぁ…もう二度と二度寝なんかしない……」
「息荒いけど大丈夫?」
席で息を落ち着かせていると隣から声をかけられた。
「大山に心配されるほど疲れてないよ」
「へぇ……の割には汗が見えますけど〜?」
「うっさい」
隣の席に座っている大山香菜は入学式の日から接点はなかったはずなのに何故か突っかかってくる。
「はいはい。黙りますよっと」
なぜこちらに構ってくるのは謎だけどしつこすぎるほど絡んではこないので一応仲良くはしている……つもりだ。
「とはいえ遅刻ギリギリが続くと不良のイメージが定着しちゃうよ?」
「ご忠告どうも。生憎、そういうの気にしないんでな」
「そっか。ならもう黙っときますよ〜っと」
聞いてもない減らず口を叩きながら大山は机に突っ伏した。
「はーい。みんな席について。出欠をとります」
ちなみに今日は教科書やファイルなどを配布するだけで終わりなので昨日以上に楽だ。
「早速で悪いけど。2人ぐらい教科書が入ってるダンボールを運ぶの手伝ってほしいのだけど誰かいる?」
青原先生からの申し出に誰一人挙手もせずしーんとした空気が教室を包む。
「誰も挙手しないなら……じゃあ、佐々木君と大山来てもらっていい?」
「「へ?」」
謎の名指しによる呼びかけでお互い声が重なる。
「えと、なんで俺たちなんですか?」
「えっとね。なんかやる気ありそうに見えたから」
「えぇ……」
そんな適当な理由で決められても困る……
「あ、先生すみません。私今気分悪いのでパスさせてもらいます」
急に何言言い出すんだこいつ……さっきまで普通に話してたくせに……そんなに嫌なのか。
「ならしょうがないね…じゃあ、私と佐々木君の二人で行ってきます。みんなは教室で静かに待っててね」
「は〜い」
そんなこんなで先生に連れられて僕と先生は教科書が置かれている理科室へ向かっていた。
理科室へ向かう途中。青原先生は忘れ物を取りに職員室へ戻り、先に自分一人で向かうことに。
「失礼します。あ……」
先客がいると思ったらそこにいたのは赤森先輩だった。
「あ、佐々木君…おはよう」
「おはようございます。先輩が教科書取りに来てたんですね」
「うん。まぁね…誰も行きたがらないから消去法で私がね。君もそんな感じ?」
「なんていうか先生が適当に名指しされたんです」
「あはは……それは災難だね」
苦笑いしつつ先輩は自分のクラスのダンボールを運び出す。
「じゃあ私は教室に戻るからまたね。佐々木君」
「はい。それじゃあ」
自分もさっさと教科書の箱探して戻ろう…。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって」
遅れて先生も戻ってきた。
「大丈夫ですよ。ちょうど運ぼうとしてたところです」
「そっか。さっそく運んじゃおう」
「はい。あ、そういえばさっき赤森先輩と会ったんですけど赤森先輩はどんな人なんですか?」
先輩とクラスメイトとの会話で見えてくる課題があるかもしれない。
「赤森さん?彼女はいろんな人に慕われててよく相談にも乗ってあげてるみたいよ?」
しかし、教師からの視点で見えるものはあるかも。
「相談? どんなのですか?」
「流石に内容までは知らないわ。気になるなら聞いてみたら?」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえいえ〜」
相談に乗っている……これだけで先輩の人の良さが見えてくる。
もしかしてこれも彼女の噂の要因たる1つなのか……それは本人に聞けばわかることだ。
教科書を入れた重いダンボールを持ちながらよろよろになりながらも教室まで運ぶ。
想像の倍重かったので大山にはこれを持つのはさぞきつかったろうなぁ。それはそれとして、サボったのはズルい。
「お〜い持ってきたから開けて〜」
「はーい」
中には入り急いで教卓の、ギリギリな重さだったのでここに来る間、ほぼ一日のエネルギーを使い切った気がする……。
「疲れた……」
「おつかれ〜」
自分の席に戻るとさっきまで呑気にふて寝していたと思われる大山はひょこっと起き上がる。
「誰かさんがサボるから2つも持つ羽目になったぞ」
「それはメンゴ〜メンゴ〜」
陽気に平謝りするあたりサボッた事をなんとも思ってなさそうだ。もしかして僕以上に彼女は不真面目人間なのかもしれない。
「はぁ……まぁ、いいや。こっちから忠告」
「うん〜何〜?」
大山は気の抜けたような返事を返す。
「何かをサボるのも程々にな」
今朝の仕返しの如く忠告を言ってみると後々振り返ると自分が言えた義理じゃないなと思った。
そして諸々の用事が終わり放課後。僕はいるかどうかもわからない教室へ向かう自分の足取りは不思議と軽かった。
「先輩〜いますか?」
ドアをノックしながら開けてみる。中はしんみりな雰囲気なだけで彼女はいなかった。
「まぁそりゃいないか……」
それに先輩は生徒会長だし、こんなところに来る暇なんて尚更…………けど、
そのまま扉を閉じ、空き教室の真ん中にちょこんと置かれた机に腰を下ろした。
「今日は重い物運んだから疲れた……。ちょっとだけ寝るか〜」
誰に向けたわけでもない独り言を呟きながら、自然と重くなる瞼と共に眠気に誘われる。
* ❅ *
「ではこれで今日の生徒会会議を終了します。お疲れ様でした。解散」
『お疲れ様でした!』
今日も私は生徒会長としての仕事に熱を入れていた。会議はトラブル無く終了したので帰ろうとしていた時、声をかけられた。
「赤森。ちょっといいか?」
声の主は生徒会顧問の寺島先生。寺島先生に声をかけられた私は振り返る。
「どうしました?寺島先生」
寺島先生は生徒会の顧問としてはあまり似つかわしくない程に来ているスーツは着崩されていた。
「ここの一棟の見回りだけしてから帰ってほしいんだよ」
「見回りって残ってる生徒がいないかの確認ですか?」
「ああ。実は今、入学式のシーズンっていうのもあって書類の仕事が立て込んでてな」
と言いつつ先生は詫びる口調で私に頼み込んだ。
「そういうことでしたら。引き受けますよ」
「ありがとう〜! 本当に助かるよ。鍵はこっちでするから生徒の確認だけよろしくな」
「はい。じゃあいってきます」
荷物を持ち、生徒会室をあとにしながらさっそく私は見回りの任を開始した。
とはいえ流石にこの時期から残って何かをするような生徒は一人も居ませんでした。
見回りもまもなく終わりを迎える間際のことでした。
下駄箱の方を向かっている途中に彼と出会った教室が目に入った。
「流石に……いないよね。会う約束もしてないし」
けど一応見るだけ見てみようかな。
居るかもと思い音を立てない様にゆっくり扉を開けてみる。
「あっ……居た」
扉の隙間からは真ん中にぽつんと座り突っ伏せしていた佐々木君が見えていた。
もしかして私のこと待ってた……のかな? いや、ないか。
声をかけようと音を殺し、中に入り彼の直ぐ側に近づく。
「お〜い、佐々木君。起きて〜」
私は優しく体を揺すり起こそうと試みてみた。
* ♧ *
「う〜ん……ふわぁぁ〜、あれ、先輩?」
先輩の優しい声かけで目目が覚める。
「おはよう。佐々木君。なんでここで寝てたの?」
「なんでって……えっと、何だっけ?」
寝起きというのもありそこまで頭が回らず寝る前の自分を必死に振り返る。
「ここにいたってことは……私を待ってたとか?」
「あ、そうだ。先輩に用事があってここで待ってたんです。それで、眠くてちょっと寝てたんです。」
「え……そうなの?」
そう言う先輩は不思議そうな顔を覗かせる。
「はい。とりあえず先輩に会えてよかった」
「そっか。それで、用事ってどんなの?」
「はい。先輩が変わるための課題を一つ思いついたんです。」
「課題……そっか! 考えていてくれたんだ!」
「はい。それで――」
早速、例の課題について僕は先輩に一通り話した。僕が考えた内容は至ってシンプルなものだ。
人の相談に乗ったりする彼女にとって人の頼みを受けるハードルは低いと見た僕は、誰かからの頼みを断るというのを課題に当ててみた。
「なるほど……最初にすることとしてはまだ簡単な方かも……」
「とりあえずこれをチャレンジしていくのがいいと思います」
「うん……そうだね。考えてくれてありがとう! とりあえずもういい時間だから、帰ろう」
「そうですね……って、もうこんな時間!?」
室内の時計は三時を指している。眠る前は十二時ぐらいだったので、およそ三時間寝たということか。
「そうですね逆に寝すぎて首が痛いですね」
「とりあえずまた明日」
そのまま特に何事もなくお互いに帰路についた。
翌日。今日から6時間目まで授業の通常の時間割の日常が始まった。
とはいえ、入学式まで日もないので自己紹介、オリエンテーションが行われて終わった。
そして昼休み。僕は黙々と昼食を食べていたが大山がこちらに机に寄せてきた。
「よいしょ」
「なんだ? 机寄せてきて」
「いや〜一人で食べてもつまらないからさ、君のところに来ただけ。あ、私のことはお気にならさらずに」
なんだコイツ……話したくて近付いたと思ったけど。変なやつ。
「言われなくてもそうするよ」
そう言って僕は弁当のおかずを口に入れる。
「って何も言わないんか〜い」
すかさず大山はノリツッコミを入れる。
佐々木の中で益々、大山に対して変人というレッテルが貼られていた。
「普通! これぐらい可愛い女の子がいたら沢山話したいと思うでしょ!」
自信げに大山は語るが自分でそれを言うか普通。
「仮に大山が可愛かったとしても俺は気にならないから安心しろ」
「うわ〜それは女子に言うとは、絶対モテないね」
「別にモテたい願望ないから関係ないよ」
「そうですか〜ふぅ〜お腹いっぱい」
ちらっと大山の机の方を見るとコンビニで買ったらしい袋から菓子パンが見えていた。
「少食なんだな。パン2つって」
「まぁね〜ありがとね話してくれたから退屈せずに済んだよ」
「ん? お、おう」
そう言って大山は机を戻して机に突っ伏せしたまま眠りこけた。
まるで嵐のように騒がしいやつだな……
そして終礼が終わり、放課後。赤森さんの様子を見に三年の教室へ向かう。
階段を登り先輩のいる教室への途中で、三年生とすれ違いざまにちらりと見るがそれも気にせず僕は足を進める。
「確か……二階の奥の教室だったっけ」
ちょうど目的のある教室へと差し掛かったところで話し声が聞こえてくた。
「赤森さんってこのあと用事とかってある?」
「今日は特にないけれど……」
「良かった〜実はさ、彼氏に呼ばれてるから教室の掃除当番変わってくれない?」
気づかれないようにちらっと顔を覗かせてみるとそこには赤森先輩と一人の女子が対面していた。
その女子は嘲笑気味に笑っていて、掃除を押し付けたがっていたのは明白だった。
「う〜ん……」
先輩は渋るように声を唸らせて目をつぶる。
「やっぱ、何か予定あったりする?」
「いや、そういうことじゃないんだけど……」
「……?つまりどういうこと?」
彼女のしどろもどろな反応を見るにきっと『頼みを断る』という自分が課した課題のことを実践しているようだが、だいぶ苦戦していた。
「あ〜……ちょっと予定確認するから少し待って」
と言いつつ彼女から視線を窓に移して予定の確認……ではなく、スマホも取り出さずただ深く深呼吸をしていた。
そして改めて先輩は彼女の方を振り返り
「松崎さん。申し訳ないけどその頼みは引き受けられないよ」
言い切った。はっきりと、その時の彼女はあまり顔こそ見えなかったが、小刻みに体が震えていた。
よっぽどはっきり断るのが怖いんだろう……それでも先輩は勇気を振り絞り言い切った。
逆に松崎先輩はというと了承してくれると思い切ってたのもあり、目を大きく見開き、驚きの表情で一杯だった。
「え……そう……もういいや、他の人に頼む」
言葉遣いの荒さは抑えていたが、呆れを含む静かな怒りを僕は感じ取った。
そしてそのままドアのところまでそこからは少し荒れた状態で何処かへ歩いていった。
「つ、疲れた……」
彼女が去ったのが分かると先輩は膝からゆっくり崩れ落ち近くの席にそのまま腰掛ける。
流石に出ていいか……
「お疲れ様です……先輩」
「びっくりした! いたの? いつから?」
「掃除当番を頼まれるところからです」
「そっか……それはそうと私なんとか断ることが出来たよ。佐々木君」
「そうですね。ちゃんと断れてましたね。それに多分あの人もただ先輩に当番を押し付けたかっただけだと思いますし、断って正解ですよ」
「けど……」
「けど?」
「流石に松崎さんには嫌われちゃったかな……」
さっきまではただ嬉しそうだったのに今は嫌われた事実に対してショックを受けていた。
「けど先輩。ああいう人はいつもいい人を利用しようとしますから嫌われても大丈夫ですよ!」
僕はそこにすかさずフォローを入れた。
「そっか……そう、だよね……ありがとう」
とりあえず少しは元気を取り戻したようだ。それでもまだ緊張は解けていなかったの僕は彼女の近くの席に座って落ち着くのを待った。
*
教室に夕日がゆっくり差し込んで窓からは暖かく気持ちい風が髪を揺らす。先輩は目を閉じてリラックスしていた。寝てはいないようだ。
「ふぅ……。落ち着いた。ありがとうね佐々木君」
「いえいえ。それよりこれで一歩前進ですね」
「そうだね。そういえば君に一つ聞き忘れてた事があったんだった。」
「いったい何ですか?」
「まずは一つ目。君は私の手伝いをしてくれてるけど逆に私は君に何をお返しすればいい?」
「お返し……ですか」
僕はこの質問をされることはずっと前から予想していたので答えは決まっていた。
「特にお返しなんていらないですよ。あくまで僕の気まぐれです」
「けど……」
それでも先輩はお返しをしたそうにするも口ごもった。
「なら……何か思いついたら言いますよ」
「そっか……なら思いついたら言ってね」
先輩は安心したように優しく微笑んだ。
「今日はもう夕方なので僕はこれで帰りますね」
「うん。今日はありがとうねまた明日」
そのまま僕は先輩のいる教室を後にした。その時の先輩は本当に心から嬉しそうに笑っていたのを僕は印象に残っている。
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