第一話 不良への一歩

「ちょっと、創真! もう6時よ。起きなさい!」

 母からの叱責のこもった声で叩き起こされる。

 カーテンを激しく動かす音と共に日光が差し込まれる。

 ここまで、必死に起こそうとするのも当然だ。

 なぜなら今日は水ヶ原高校の入学式。そんな日に遅刻なんてあってはならない。

「もう起きてるって……いま起きた〜」

「もう……中学の時みたいに遅刻とかはやめなさいよ?」

「分かってるよ……」

 朝から怒られてイマイチ調子が乗らない中、体を起こす。

ヨロヨロ歩きで洗面所へ向かう。

「痛った!! 足ぶつけた!」

 朝からこのザマじゃ今日一日ろくなことなさそう……

 ぶつけた足が思ったより痛かったが痛みを我慢してようやく着いた洗面所。顔に水をつけることでショボショボ気味だった目が見開く。

そのままリビングへ向かうところ既に朝食が出されていて母さんは食べていた。

「いただきます」

「そういえば昨日何してたのよ?」

温まった味噌汁を一口、口にすると突然聞かれた。

「何ってゲームしてたけど?」

「なんかやけにうるさかったけど、騒ぐのは程々にしてよね。まぁそれで寝坊してもあんたの自業自得だけど」

「俺の親とは思えない言葉が出てきてんだが……」

 まぁ事実だから僕は反論はできないのだが……それでももう少し優しくしてほしいなぁ

「いいからさっさと食べなさい。本当に遅刻するわよ」

 それからも他愛の無い話をしつつ、朝食を済ませて準備をしようと自室へ戻った。

 着替えている最中、携帯から着信音が部屋に響く。

 相手は中学の頃からの親友。前原拓人だ。

「どうしたんだよ。こんな朝から。」

『どうしたって、はぁ……創真昨日言ってたよね?起きれるか不安だから六時半に電話かけてくれって』

「あぁ〜そういえば言ったような……」

 部屋の置き時計は既に六時半を過ぎていた。

『その感じだと親に叩き起こされでもした?』

「まぁ。そんな感じ。」

『そっか。どうせなら一緒に行かない?』

「いいよ。近くの公園で待ち合わせて行くか」

『それでいいよ。それじゃ、また後で』

「ん。それじゃ」

 電話を終わらせると意外と時間が迫っている事に気づき、急ぎ足で準備をして家を飛び出した。


* ¥ *

「あ、ちょっと遅かったね。創真」

「はぁ……はぁ……いや、これでも急いで来たほうだって」

「まぁ普段よりはマシだとは思うよ。けど時間にルーズなのはどうかと思うよ」

「うっ、返す言葉もございません……」

 昔から拓人はこんな感じで小言を挟む。けどそれを言われる自分が悪いのはわかってる。けど言い方ってものがあるよなぁ……

「まぁいっか。行こう? 」

 荒れた呼吸を落ち着かせながらゆっくりと足を動き出せて学校へ向かう。

 俺達がこれから通うことになる水ヶ原高校を選んだ決め手となった理由は家から近いのと、見学の時の雰囲気だった。 

 そして自宅から学校までの所要時間およそ二十分弱。

 それ以外にも水ヶ原高校は進学校でもある。進学校というのもあり委員会はほぼ任意でやることになっているが、必ず皆はやりたがって挙手をする。

 しかし、自主性の欠片もない自分にとってそういう話。

「そういえばこの噂聞いたことある?」

「噂? どんなの?」

「僕たちがこれから通うことになる水ヶ原高校の生徒会長の噂だよ」

「生徒会長って……なんだ? 悪い噂とか?」

「その逆だよ。なんでもスポーツもこなせて勉強も出来て人望も厚いそれでいて凛とした人だから水ヶ原高校の王子様。っていう噂だよ」

 ――完璧人間……にわかには信じがたいな。そいうのはあくまで漫画や小説の中の話で実際にはいないと思っている。

「ふ〜ん……あっそ」

「あれ……? 興味ないの?」

「まぁ……な。というかお前ホントにそういう噂話好きだよな。」

「まぁね。そういう話を取り入れるのが生きがいにしてるからね……」

 拓人は中学知り合った頃から根っからの噂好きで知り合ったきっかけもある噂が元だった。

「情報網広すぎてもはや怖いわ……」

「まぁね……いろんな情報収集するのは普通に楽しいし創真も一緒にする?」 

「いや、遠慮しとく」

「そっか。と、言ってる間に着いたね。」

 話歩いていると20分の距離もあっと今に終わり眼前には通うことになる学校があった。

 壁面は部分的にボロボロだが全体的に見ると建て始めの学校といった感じでこういった綺麗な外見も決め手になった一つだ。

この校舎を見て思い出すのは試験の時に訪れた海の見える空き教室での面接を今でも思い出せる。

「ねぇ創真。あそこでクラスの掲示板貼られてるよ見に行こ」

「おう。そうだな」

 正門をくぐりすぐ左に学年ごとにクラスの掲示板が置かれていた。

 最初こそ人は多かったが、少し待っていると次第に人混みが少なくなったので隙間から顔を覗かせ掲示板を見る。一年二組に自分の名前があり、一組に拓人の名前が書かれていた。

「あちゃ〜僕と創真クラス別みたいだね」

「そうか。それは残念だな」

 仮に同じクラスになったらなったで拓人としかはなさそうなのでこれはこれでいい。

 自分のクラスの把握が済んだので人混みから離れた。

 目の前には一際大きい校舎がそびえ立っていて、そこの窓には誰かがこちらを向いていた。

「ん……あれって……」

 そこにいたのは腕には生徒会と記された腕章をつけ、髪を後ろに高く纏めてじーっとこちらを見つめていた。

 ―凄く綺麗な人だな……あんなに美人だと告白されるのも多そうだな。

「あ、どっか行っちゃった……」

 視線に気づき慌てて生徒会の人は窓から離れ、どこかへ歩いていった。

「はーい。一年生のみんなは私についてきてー!」

 教師からの呼びかけで一年生は固まり、それぞれの教室へ向かうことに。

 彼女の噂の確認はまた今度にすることにした。


* * *

 それからそれぞれ教室へ入り、自己紹介をしたり親睦を深める自由時間にになった。

「はーい。それじゃあはじめまして。私がこの二組の担任を受け持つことになりました、青原霞です」

 まず担任の青原先生からの紹介で自己紹介から始まった。

 先生のハキハキとした声は聞いてて気持ちがよくほぼクラスの生徒全員が話を聞こうと先生に視線を向ける。 

 そしてこのクラスになって一つだけわかったことがある。

 それは……このクラスの八割以上は陽キャが締めているということだ。

 人と関わることが面倒くさい自分にとって陽キャは正に水と油。相性が悪い同士……だと自分だけ思っている。

 それから順番に自己紹介をしていき入学式までの二十分が交流を交える時間となった。

 自分としては関わる気もなかったので突っ伏せしていた。

 そして入学式の時間が近づき各々、体育館へと向かうと次第に教室は静寂に包まれ青原先生に起こされて自分も向かうことにした。

「―丈夫…―ちゃんとできる……」

 教室から離れて体育館へ続く廊下を歩いているとどこかから声が耳に入ってきた。

「声…?近くの空き教室から聞こえるな」

 このままここに留まっていると入学式に遅れるが、気になる事ははっきりしないと夜も眠れないので、周囲の空き教室を手当たり次第に探すことにした。

「ここか? いやあっちかな…あ、ここって……」

 僕の目の前の教室はずっと思い入れがあった綺麗な海が見える空き教室。声はどうやらここから聞こえていた。

「誰かいるんですか〜?」

 ゆっくり扉を開けてみるとそこに立っていたのは例の噂の本人である赤森玲奈がいた。突然入ったから驚いたのか派手にすっ転んでいた。

「え、君は……?」

「あ〜っと……今年入学した一年2組の佐々木です。」

「一年、なるほどね……けどもうすぐ入学式じゃない? こんなところにいていいの?」

「いえ。向かうおうとしたところで先輩の声が聞こえてきたの気になって……」

「そう……それはそれとして佐々―」

 すると彼女の会話を遮られるように青原先生の声が廊下中にに響く。あの先生めっちゃ元気だな。

「あーこんなところにいた! 佐々木君!」

「青原先生!? なんでここに?」

「なんでも何も、もう入学式始まっちゃうよ。ほら、急いで!」

「はい…今行きます」

 入学式が行われる体育館へ向かうために空き教室を後にしようとしたその時。

「佐々木君!」

 赤森先輩からの呼び声で振り返る。

「はい。なんですか?」

「き、今日の放課後またここの空き教室に来てもらっていい? 私待ってるから……」 

「は、はい! 終わったらすぐに向かいます!」

 出会ってすぐの生徒会長に呼び出され内心わくわくで胸はいっぱいだった。

 

 * ◇ *

 自分のクラスが二組なのもあってひとまず入場前には並ぶのには間に合った。

 体育館前にはもうほぼ全員が整列済みであとは自分だったので少しギスギスした雰囲気を感じた。

「このままクラスで浮きそうだな……ま、いっか」

 いよいよ自分のクラスに順番が回ってきたので入場する。

 中に入ると保護者たちはカメラをこちらに向け、上級生もこちらに視線を集めていた。

 そして着席してから校長先生や来賓の人の話。あとはクラスの担任の紹介などだ。

 寝起きが悪かったからこそぶっちゃけ眠い……

「それでは赤森生徒会長。お願いします」

 すると生徒会長と聞きふいに目が覚める。

 壇上の脇から彼女は髪を後ろにまとめて爽やかな雰囲気を醸し出す。

 それと同時に僅かに周囲の生徒たちはざわめく。

それもそうだ。赤森先輩はいわゆる王子様系女子。     

 自分は可愛いより綺麗と思う感情が勝る。

 というかイケメン女子高生って見てるだけで目の保養だし、眼福すぎない?

 しかし、一目彼女を見た瞬間不思議な感覚を覚えた。

 空き教室でみた時の彼女は接しやすそうな、雰囲気だったが今の彼女は凛としていてとても威厳のある風格を放っていた。

「本当に俺があった赤森先輩なのか…?」

 双子の姉妹といったほうがまだ納得がいくというものだ。

「新入生の皆さん。まずは入学おめでとうございます。この学校に入学されてどんな心持ちでしょうか―」

 それからも彼女の丁寧な所作の一つ一つには目を奪わる。

 それからも彼女の話は続いていく。

 赤森先輩自身の心境や新入生への励ましの言葉、僕としてはあまり話は興味はなかった。

 それよりもあとの放課後で色々と聞かなくてはならなくなった。

「赤森生徒会長。ありがとうございました。」

 堂々とした立ち振舞で先輩は身を退いた。 

 入学式が終わった後は軽いホームルームで小話を挟み、配布物をまとめて後は帰るだけだった。

 そしてホームルームは終わり各々帰り始めていた。

「さっきの先輩……あれはあれでかっこよかったけどなぁ……」

「先輩って、赤森先輩のこと? もしかして好きになったの?」

「って、うぉ! びっくりした……」

 背後からの拓人の声に驚き創真は机をガタッと鳴らす。一瞬視線を集めたがすぐに収まった。

「帰らないの?」

 たまにこいつはさり気なく背後を取るから本当に心臓に悪い…いつか仕返ししてやる……!

「いやさ、その先輩に空き教室で会う予定なんだよ。だから先に帰っていいぞ」

「え〜。気になるついてっていい?」

 そう言う拓斗の目はキラキラと輝いていてあからさまに面白がっているのは明白だった。絶対言うものか……

「駄目に決まってるだろ。盗み聞きもな」

「大丈夫。大丈夫。一言聞いたら帰るから」

「それは盗み聞きっていうんじゃないのか……?」

 拓斗の噂や好奇心をもったことへの執着心はトニカク凄い。

 仮に彼女なんて出来た日には暫くの間茶化される日々になるだろうなぁ……

 不毛な心配をしつつ拓斗を置いて今朝の空き教室へ向かった。


* * *

 例の空き教室は一年生のクラスのフロアと2年生のフロアの中間にあるので人の行き来は多い。

 念のため扉をノックしてから入る。

「先輩。いますか? 佐々木です」

『もういるから入っておいで』

 中から先輩の声が聞こえたのを確認してドアをあける。

 中に入ると中央に机と椅子がそれぞれ向かい合う配置で置かれている。そしてその片方に先輩は座っている。

「さ、座っちゃって」

 促されるように席に着く。

「それで先輩、話というのは」

「まぁ薄々察しはついてるとは思うけど、今朝見た私のあれは忘れてほしいの」

 そう頼み込むように話す先輩は表情を曇らせている。

「今朝のあれ……?」

「君と会った時にテンパってすっ転んじゃったことだよ」

「別にいいですけどその前に一つ聞いていいですか?」

「何かな?」

 不躾と知っていても好奇心が勝ったので例の噂と合わせて聞いてみる。

「今日の入学式で壇上に立ってたのって先輩ですよね? 今朝の時打って変わって雰囲気がだいぶ違って見えましたけど……」

「うん……確かに壇上に立ってたのは私だけど」

 先輩の反応からして例の噂と密接な関係があるように見える。

 しかしそれでも頑なに話さないのを見るによほどの理由があるのだろうか。

「そうですか……そこまで言うのなら聞きません。しかしそれとは別に一つ聞いても?」

「何かな?」

「入学する前、友達から聞いた生徒会長が完璧人間っていう噂、本当なんですか」

「その噂けっこう広がってる感じなんだね……」

 噂の話を始めた途端、先輩はすぐに表情を曇らせていきどこか諦めやの色が見えた。

「どちらかというと僕の友達が噂好きで、それで……」

「そうなんだ……」

 それからお互いは口を開かずただ沈黙が続く。

 そんな空気を壊すように僕は先輩にある提案をした。

「なぜ先輩がそこまで噂通りの人物になろうとするのかは気になりますがもう聞きません」

「そうしてくれると助かるよ。」

「その代わり一つ先輩を手伝いたいと思って」

「手伝う? 何を?」

 こんな申し出を出すのは自分でも変わってるとは思った。

 だからこそ今日の先輩を見ててとても生きづらそうに見えて何かをしてあげたいと思ったからだ。

 だからこそ……!

「先輩を不良にさせてください!」

「……え?」

 赤森先輩は目を丸くしてずっとキョトンとした表情を浮かべる。


* ❅ *

「えっと、不良にするというのは言葉の綾でして――」

 必死に言葉の弁明をするの彼の姿が可愛く思えて胸がざわつく。

 今日出会ったばかりの一年生にこんなことを言われたのにまず驚いた。

 どうして彼は、佐々木君は私に手を差し伸べるんだろう…彼自身にもそれなりの理由があるのかな。

 けど素の自分も彼に知られた以上、私も腹を括り覚悟をある決心をした。

「ふふ、わかってるよ。君の優しさは充分伝わってるから」

「良かった…変な誤解されたらどうしようかと」

「ところで具体的に何か考えはあるの?」

「実を言うとほぼ考えなしに言いました……」

「そうなんだ……だけど私の秘密を知られたからにはとことん手伝ってもらうからね。佐々木君」

 この日から私と彼の変わった関係の日々が始まった。

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