6 人の話を聞かない屋敷

 真人との対面も無事終わり、可瀬はこれから住む自分の部屋に案内された。

 日野村の家は村の中では大きい方であったが、もちろん自分一人の部屋などない。それを思うと、ここの屋敷は比べ物にもならないほどの大きさである。


「こちらが可瀬さまのお部屋にございます」


 部屋まで案内してくれたのは、穂積ほずみという名の色白のぽっちゃりした仕女つかえめだった。


「いきなり祟り魔の退治など、大変でございました。都の役立たずな姫君であれば卒倒しているところでございます。さすが、真人さまが妻にと望まれた方にございます」

「はあ、」


 この家は、都の姫君に何か恨みでもあるのだろうか。仕女つかえめまで姫君に対しての物言いが容赦ない。

 部屋には銅製の鏡が置かれ、「厨子ずし」と呼ばれる立派な棚もある。そして、刀剣を置いておく刀架もあり、自分が大刀たちを持ってくることが真人には分かっていたのかと可瀬は思った。

 隅には可瀬が持ってきたなけなしの荷物。中に入っているのは、普段着ている衣袴きぬばかまの上下だ。


「今日はこの後、お二人で夕餉ゆうげをお召し上がりくださいませ。祝いの日ですので、ささやかですがぜいをこらしてございます。お召し物がだいぶ着崩れておりますね。お整え直しいたします。ささ、こちらに立って」


 言って穂積は、てきぱきと可瀬の身を整え始めた。作業の途中、彼女は申し訳なさそうに言った。


「本来であれば、真人さまが妻をお迎えになるのですから、他の豪族の方々もお招きし、宴の席を設けるべきところでございますが──、真人さまが二人でいいとおっしゃって」

「ああ、そうですね。その判断でいいと思います。私はへんぴな村の出なので都の作法も知りませんし、失敗をしては真人さまの顔を潰してしまいます」

「まあっ、そのようなこと! この穂積が全力でお支えいたします!」


 穂積が可瀬の両手を握りしめ、ぐいっと顔を寄せる。


「分からないことは全て、この穂積にお聞きください。それでも駄目なら奈宅どの、奈宅どので無理なら──、真人さまにご相談を。可瀬さまをこちらにお召しになったのは真人さまです。可瀬さまが都の作法に疎いことなど、最初から分かっていたことにございます」

「……あのう、そのことなんですが、」

「なんでしょう?」


 穂積の勢いに押されつつ、可瀬はおそるおそる切り出した。


「一応、妻見習いということで落ち着きました」

「は?」


 案の定、穂積が訳が分からないと顔をしかめる。可瀬は真人とのやり取りを簡単に彼女に説明した。


「……という訳で、祓い士としての私を所望しているだけなので、正式な妻ではなく見習いということになりました」

「可瀬さまは、それでよろしいのですか?」

「妻より気楽ですし。真人さまの邪魔にもなりませんし。何より利害が一致していますし」

「なんとまあ、」


 穂積が色白の顔を真っ赤にさせて、口元をへの字に曲げた。


「我が主ながら、女心を分かっていない中途半端な真似を──」

「いえ、ですから、真人さまとは利害が一致してまして、」

「ご心配ございませんっ。この穂積が可瀬さまを立派な妻にして差し上げます! ほら、愛情の部分はもう問題ありませんし」

「いや、あると思います。だから人の話を──」


 聞いていない。

 だんだんこの家の特性が分かってきた可瀬である。

 まず、他の豪族や姫君に対する暴言がひどい、そして人の話を聞いていない。さらに言うなら、ごり押しが半端ない。

 父親の国見はどこまで分かっていたのだろう。彼からは、「自分の目で見て、それでも嫌なら帰って来い。豪族なんざ、どうとでもなる」という、とても大雑把な説明だけだった。


 穂積が、「ではっ」とすっきりした顔で笑う。自分がやるべきことがはっきりして、何やらやる気が出たらしい。


「まずは、お召し物からですね。今宵はせっかくなので、このままで。明日からは、ご希望どおり袴を用意します。そちらの素敵な帯はお母上君が?」

「はい。わざわざこの日のために織ってくれました」

「では、それは明日からも身に付けましょう。少し、手を加えても大丈夫ですか?」

「ええ、かまいません。でも、袴に飾り帯ですか?」


 可瀬が戸惑いながら尋ねると、穂積は思案顔で首をかしげながら可瀬に問い返してきた。


「着飾ることはお嫌いですか?」

「嫌いではないです。ただ、動作の邪魔になるのは嫌です」

「心得ましてございます。嫌いでなければぜひ」


 穂積が、得意げな顔でにっこり笑った。

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