6 人の話を聞かない屋敷
真人との対面も無事終わり、可瀬はこれから住む自分の部屋に案内された。
日野村の家は村の中では大きい方であったが、もちろん自分一人の部屋などない。それを思うと、ここの屋敷は比べ物にもならないほどの大きさである。
「こちらが可瀬さまのお部屋にございます」
部屋まで案内してくれたのは、
「いきなり祟り魔の退治など、大変でございました。都の役立たずな姫君であれば卒倒しているところでございます。さすが、真人さまが妻にと望まれた方にございます」
「はあ、」
この家は、都の姫君に何か恨みでもあるのだろうか。
部屋には銅製の鏡が置かれ、「
隅には可瀬が持ってきたなけなしの荷物。中に入っているのは、普段着ている
「今日はこの後、お二人で
言って穂積は、てきぱきと可瀬の身を整え始めた。作業の途中、彼女は申し訳なさそうに言った。
「本来であれば、真人さまが妻をお迎えになるのですから、他の豪族の方々もお招きし、宴の席を設けるべきところでございますが──、真人さまが二人でいいとおっしゃって」
「ああ、そうですね。その判断でいいと思います。私はへんぴな村の出なので都の作法も知りませんし、失敗をしては真人さまの顔を潰してしまいます」
「まあっ、そのようなこと! この穂積が全力でお支えいたします!」
穂積が可瀬の両手を握りしめ、ぐいっと顔を寄せる。
「分からないことは全て、この穂積にお聞きください。それでも駄目なら奈宅どの、奈宅どので無理なら──、真人さまにご相談を。可瀬さまをこちらにお召しになったのは真人さまです。可瀬さまが都の作法に疎いことなど、最初から分かっていたことにございます」
「……あのう、そのことなんですが、」
「なんでしょう?」
穂積の勢いに押されつつ、可瀬はおそるおそる切り出した。
「一応、妻見習いということで落ち着きました」
「は?」
案の定、穂積が訳が分からないと顔をしかめる。可瀬は真人とのやり取りを簡単に彼女に説明した。
「……という訳で、祓い士としての私を所望しているだけなので、正式な妻ではなく見習いということになりました」
「可瀬さまは、それでよろしいのですか?」
「妻より気楽ですし。真人さまの邪魔にもなりませんし。何より利害が一致していますし」
「なんとまあ、」
穂積が色白の顔を真っ赤にさせて、口元をへの字に曲げた。
「我が主ながら、女心を分かっていない中途半端な真似を──」
「いえ、ですから、真人さまとは利害が一致してまして、」
「ご心配ございませんっ。この穂積が可瀬さまを立派な妻にして差し上げます! ほら、愛情の部分はもう問題ありませんし」
「いや、あると思います。だから人の話を──」
聞いていない。
だんだんこの家の特性が分かってきた可瀬である。
まず、他の豪族や姫君に対する暴言がひどい、そして人の話を聞いていない。さらに言うなら、ごり押しが半端ない。
父親の国見はどこまで分かっていたのだろう。彼からは、「自分の目で見て、それでも嫌なら帰って来い。豪族なんざ、どうとでもなる」という、とても大雑把な説明だけだった。
穂積が、「ではっ」とすっきりした顔で笑う。自分がやるべきことがはっきりして、何やらやる気が出たらしい。
「まずは、お召し物からですね。今宵はせっかくなので、このままで。明日からは、ご希望どおり袴を用意します。そちらの素敵な帯はお母上君が?」
「はい。わざわざこの日のために織ってくれました」
「では、それは明日からも身に付けましょう。少し、手を加えても大丈夫ですか?」
「ええ、かまいません。でも、袴に飾り帯ですか?」
可瀬が戸惑いながら尋ねると、穂積は思案顔で首をかしげながら可瀬に問い返してきた。
「着飾ることはお嫌いですか?」
「嫌いではないです。ただ、動作の邪魔になるのは嫌です」
「心得ましてございます。嫌いでなければぜひ」
穂積が、得意げな顔でにっこり笑った。
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