7 素直に誤魔化さず
その日の食事は、穂積が言っていたとおり豪華なものだった。雑穀の少ない米、焼いた海老、根菜と
「これはなんですか?」
黄色い固形の物を可瀬は不思議そうに見つめる。真人が笑って答えた。
「牛の乳を煮詰めたもので、
箸でつまみ上げた
「ん──、美味しい」
「良かった。また用意させよう」
真人が嬉しそうに笑った。その親しみのある笑顔は、初めての者に向けるものじゃない。可瀬はあらためて彼に尋ねた。
「やはり、どこかでお会いしたことありますか?」
「どうして?」
「こうして話をしていると初めてという感じもしなくて」
「でも、初めてだろう?」
「まあ、そうなんですけど」
また話をはぐらかされた気がした。鹿肉を口の中に放り込み、それを味わうふりをして真人の様子をちらりと伺う。
何度見ても、上品で綺麗な都人だ。箸を持つ手も、食べ物を口に持っていく所作も、それをごくんと飲み込む様さえ絵になっている。
粗雑な自分とは正反対だ。どうしたって、こんな行儀作法もなっていない女が彼の妻になんてあり得ない。やっぱりこの婚姻は「祓い士」としての自分が必要なだけだったのだと、可瀬は思う。
その一方で、大口を開けて食べる自分の姿がなんだか恥ずかしくなって、可瀬は口に持っていこうとしていた米の量を半分にした。
祝いの食事(そもそも祝う必要もないが)も二人きりだし、きっと自分との婚姻は必要最低限の事実だけにとどめたいのかもしれない。
真人との会話もそっちのけで可瀬があれこれと考えを巡らせていると、真人が思い出したように口を開いた。
「そうだ。明日、周辺の村へ
「かいゆ?」
「治癒をして回ることだ。村の民たちは、怪我をしても病気になっても我慢するしかない」
「それはぜひ、行きたいです。ええと、これってただの祓い士として行くんですよね?」
「……できれば、妻見習いとして」
真人が言い直してきた。どうあっても妻として囲い込みしたいらしい。
悪い人には見えないが、肝心なところで本心が見えない。自分に対する待遇がすっきりせず、思わず可瀬はため息をついた。
それから二人は、都までの道のりはどうだったなど、どうでもいい話をして食事を終えた。可瀬を下がらせ、一人となった広間で真人は可瀬の食膳をじっと見つめる。ややして、穂積が膳を片付けにやってきた。
「真人さま、どうされました? いやですね、可瀬さまの食べた後の膳をじろじろ見るなど」
「元気よく食べる女だと思って。訳も分からずここに来たわりには物怖じしないし、自分の気持ちにも清々しいほど正直だ」
「それはまあ。真人さまには珍しくお気に召されたご様子で。わざわざ連れ帰った祟り魔も祓ってくださったそうではないですか。お
穂積がさっさと食膳を片付け始める。真人は話しかけるとはなしに穂積に尋ねた。
「村の娘は皆ああなのか、それとも可瀬がああなのか」
「さあ? 確かに、可瀬さまは野山の木々のようにのびのびと真っ直ぐに育っておいでです。ひねくれ者の真人さまにはぴったりのお方かと」
「ぴったりか。食事中にため息はつかれたけどな」
言って真人が苦笑する。
「嫌われてはいなさそうだが、少なくとも好かれてはいないな」
「そこは自業自得でございましょう。祟り魔を祓わせた挙げ句に、妻見習いなどとくだらぬ提案をなさるからですよ」
この
「可瀬は地位や名誉に執着も高望みもないときている。正攻法では言いくるめられず、ああなった」
「ならば、誤魔化さずに自分の気持ちを素直に伝えればよろしかったのでは?」
「誤魔化さず、か?」
「はい」
誤魔化したつもりもないのだけれど。
真人は反論しようとしたが、穂積に全てを見透かす母親のような顔をされ、なんとなく黙ってしまった。
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