4 そこをなんとか妻見習い

「帰れないって──、ちゃんと説明をしてください」


 一瞬、真人の凍るような物言いに怯んだものの、可瀬は負けじと問い返した。真人が、そんな可瀬の様子を満足そうに見つめる。


「可瀬は都人みやこびとである俺にも物怖じしないな。それに思ったことをちゃんと言ってくれる。信頼できる人間の見本だ」

「それは──、父に常にそうあれと育てられたので」

「さすが日野村一の祓い士、国見どのだ」


 日野村は鍛冶の村だ。鉄が混じる石や砂を溶かして純度の高い鉄の塊を作り出し、それを刀などの鉄製品に加工している。日野村に住む人間は、誰もがこの工程のどれかに関わって生きている。

 炎を使って人の手で丁寧に作られた鉄には炎具神ホノトモノカミの神気が宿る。日野村が多くの祓い士を輩出している所以ゆえんである。可瀬の父親である国見は、村長むらおさであり村一番の祓い士でもある。


「父を知っていますので?」

「噂には。可瀬のことは奈宅を通じてお願いをさせてもらったが、国見どのとは一度ぜひ会って話してみたい」


 父を褒められ、可瀬は照れくさそうに俯いた。身内を、何より尊敬する父を褒められて可瀬も悪い気はしない。

 刹那、奈宅がぱんっと両手を叩いてにっこり笑った。


「さあ、真人さま、可瀬さま。国見どのの話で盛り上がったところで、ささやかですが祝いの夕餉ゆうげを──、」

「ちょっと待ってください! 話はまだ終わってませんし、さして盛り上がってもいませんっ。さっきから私の質問に何一つ答えてくれてないじゃないですかっ」


 まったく油断も隙もない。ぼんやりしていたら誤魔化されて勝手に話を進められる。可瀬がギッと奈宅を睨むと、彼は残念そうに肩をすくめた。


「困りましたね。私どもとしては、あなたに真人さまの妻になっていただきたいのです。さっきも祟り魔から真人さまをお守りくださいましたし。癒師ゆしの妻にはうってつけです」

「では、祓い士として真人さまの護衛に就きます。妻になる必要はないでしょう?」

「駄目ですよ!」


 今までいいだけのほほんとしていた奈宅が慌てた顔になる。


「妻でないと意味がない。真人さまは、妻にとお望みなのですから」

「……」


 ほんの少し、本当に妻に望まれているのかと、可瀬は柄にもなくどきりとした。結婚をする気もないし、自分がそういうものと縁のない女である自覚もある。しかし、望まれるというのはまんざらでもない気分にさせる。


 ちらりと真人に目配せすれば、彼は少し困った様子で笑い返してきた。

 その甘い顔に胸が跳ね返る。この都人の顔は、心臓に悪い。


「でもどうして? 私たち、会ったこともないですよね」

「それは……」


 真人が声を発しかけた刹那、奈宅がはっきりと可瀬に答えた。


「うちは思った以上に金がないのです。真人さまは、貧しい者から金や物をいっさい受け取りません。そのくせ、危険極まりない治癒ばかり請け負って」

「……ええと、だから? その話が、どうして私が妻になることと関係があるんですか?」

「あなたを祓い士として雇うお金はないってことです」

「つまり、私をただで働かせようという訳ですね」


 そういうことか!! なんかいろいろおかしいと思ったのだ。

 真意を確かめるべく、可瀬は真人を睨む。すると、やはり彼は少し困った顔をした。なるほど、本当に、本っ当に、困っているらしい。少しでもどきどきした自分が馬鹿だった。

 可瀬は大きなため息をつくと、鋭い視線を奈宅に向けた。


「やっぱり日野村に帰ります」

「な、なぜ? 可瀬さまはどうしてそんなに嫌がられるのです? 村の娘が中央豪族の妻にと望まれておるのですぞ。しかも真人さまは、その力の強さから希代の癒師とまで言われている方です」

「だからって、今の流れでどうして嫌がらないと思えるんですか? こっちが『なぜ?』って言いたいですよっ。他の祓い士を当たってください。たぶんどこかにいますよ、都人みやこびと好きな女祓い士」


 可瀬が大きく鼻を鳴らして吐き捨てる。奈宅がむぅっと口をへの字に曲げて唸り声を出した。


「しょうがない。では、妻見習いでどうでしょう?」

「妻見習いってなんですか? そんなの聞いたことがありません」

「はい。今、考えついたものです」

「お断りしますっ。そもそも、私は妻になりたい訳じゃない!」

「そこをなんとか」


 この家人は、どうあっても自分をただ働きさせたいらしい。

 可瀬は奈宅とぐぐっと睨み合う。辺鄙へんぴな村の娘が、都の人間相手に失礼極まりないが、こっちは知ったことじゃない。

 すると、


「奈宅、可瀬が怒っているからそこまでだ」


 真人が片手を上げて奈宅を止めた。

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