第5話:詐欺師の結婚
カラーン‥カラーン‥
晴れやかな日差しが、教会を模した式場を照らす。鳴り響く鐘の音は、ここにいる人たちの前途を祝福するかのようだ。
滑稽だね、ここにいるのは地獄行きがふさわしい奴らばかりなのに。
「パンク。」
「アング、ラ、rarara」
「声帯ユニットの調子が良くないみたいだね。今度診てもらおうか。」
「アイ、シテ‥ル。」
「ああ、僕もだよ、パンク。」
僕の最愛の人、パンク。真っ白なショートヘアに、身体の右半身が機械で覆われた女の子。今日、僕は彼女と一緒になる。
ずっと人を騙し続けてきたが、この気持ちに嘘はない。
「‥ここまで長かった。多くの人を不幸にしてきたよ。でも、だからこそ私たちはその人たちの分まで幸せになろうね?」
「ウン。」
パンクが慣れない機械の身体を動かし、僕を抱きしめてくれる。ああ、この瞬間のために僕は生きてきた、そんな気がするよ。
パンクが僕を庇って意識を失ったときのことは今でも思い出す。鉛を体中に流し込まれ沈んでいく、深淵にも似た絶望だった。
もてる金を全てつぎ込み治療を依頼したが、医者に「到底足りない。」と言い放たれてからは、狂ったように詐欺に明けくれた。
詐欺は得意だし大好きだ。詐欺師とは神様が僕に与えた天職なのだろう。
だが時にはヘマもする。取引先と揉めた結果、撃たれてしまったときは本当に死ぬかと思った。
でも僕は生き延びた。ジト目が印象的の女の子のおかげで。そこからは運が回ってきた。
なんでか知らないけど、ダウナーと名付けたその女の子は僕に好意を抱いていたみたいだった。
だから最初は軽―い気持ちで利用しようと思ったけど、思いのほか詐欺の素質があったらしい。彼女のおかげで、治療費はみるみる集まっていった。
彼女には今でも感謝している。本当さ。
だから最期は責任をもって僕が殺した。僕のことが好きだったんだから、きっと本望だったろう。
これは試練だった。そして僕はそれを乗り越えた。だからこうして、僕の隣にはパンクがいてくれる。
人は僕のことを人間じゃないと罵る。でも、僕にはこうして誰かを愛せる心がある。立派な人間さ。
自分でいうのも何だが、僕はとても頑張った。だからこの結末は神様がくれたハッピーエンドなのだろう。
コンコン
「失礼します。アングラ様、パンク様、お時間です。」
「おや? もうそんな時間か。」
スーツを着た女性が、ノックをして扉を開ける。そろそろ誓いの時間だ。僕たちが夫婦になる瞬間が訪れる。いや、どっちも女だから婦婦か?
「行こう、パンク。さぁ、手を取って。」
無機質な手が僕の手に重なる。命の温もりがなくとも、確かな愛を感じるよ。
「アリガトウ。」
がしゃりがしゃりと音を立ててパンクは立ち上がり、ぎこちない動作で僕の手を取る。
行こう。向かう先は祭壇である。本来なら僕かパンクのどっちかが先に待機しておくべきなのだろうが、細かい作法は無視だ。裏社会の良いところだね。
スタッフさんが扉を開ける。日の光が一気に降り注いできて、思わず目をそらした。
「良い面してるぜ! アングラァ!」
「パンクもイカしてるぅ!」
「おめでとうございます、先生!」
「今後ともごひいきに!」
紙吹雪が僕たちの歩く道にまかれる。それと同時に招待した人、勝手に来た人たちから一斉に祝福の言葉と拍手を送られた。
かつて共に仕事をしたアウトローたち。
私を専属詐欺師として雇っている組織の人たち。
パンクの義体を製造した研究者たち。
誰もかれも、醜悪な業を背負った人間だ。私も、パンクも含めて。でもこの風景を見て実感する。これこそが僕の生きるべき世界だと。
「よう、お二人さん。」
「やぁユダ。君が神父役を買って出てくれるとはね。信仰心でも芽生えたのかな?」
「まさか。ただ酒が飲めるから来ただけさ。」
真っ青な修道服を着た女はユダ。かつての相棒だ。今は死体処理の仕事をしている。あの子の処分も彼女に依頼したのだ。
「‥天下の詐欺師様も年貢の納め時かい? テメェの惚気話は散々聞かされたが、まさか本当に結婚しちまうとはな。」
「まぁね。君もいい相手を見つけたらどうだい?」
「はっ‥‥言うじゃないか。さて、と。」
ふてぶてしくも祭壇の上に腰掛けていたユダは乱れた服を直してしっかりと立つ。そして式を始めるのだった。
「えぇ、病める時も‥‥何だ? なんて読むんだこれ。けん、やか?」
「
「チッ、めんどくせぇ! 全部省略! さっさと誓いのキスをしちまえよ! ディープなので頼むぜ?」
「ユダ、ラシイネ。」
「だね。‥‥いいかい、パンク?」
「キテ、アングラ。」
パンクの瞳をまっすぐ見つめる。ガーネットを閉じ込めたような、赤い瞳を。
こんな幸せな気分はいつ以来だろうか。
僕たちの距離がどんどん近くなり、
「ンッ」
パンクが目を閉じた。縋るように僕を手を掴む。大丈夫、僕はここにいる。どこにも行かないよ。
そして、僕は薄桃色をした彼女の唇に、自分の唇を重ねた。噓偽りのない永遠の愛を、確かに誓ったのだった。
そのあとは盛大に披露宴を執り行った。予想はしていたが、些細ないざこざで来客同士での銃撃戦も勃発した。幸い死者は出なかったが。掃除代が増えるのは避けたいからね。
宴もたけなわになり、来客たちが僕たちに挨拶をして帰ってゆく。今でこそ友好関係を築けているが、明日には僕に敵対するかも分からない。
それでも味方であるうちは信頼を構築する。それが僕たちのルールだ。ユダとかいう生臭シスターは挨拶に来なかったがね。
脆弱が訪れつつある会場で談笑をしていた僕とパンクだったが、一人のスタッフさんが手紙らしきものをもってこちらへ来た。
「失礼します。アングラ様、お客様から祝辞をいただいたので、お渡しに参りました。」
「祝辞? 誰だろう?」
招待した人は全員来たはずだが‥抜けがあったのかな?
何気なく手紙を受け取り、中身を読んでみた。
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アングラ様、パンク様、この度はご結婚、誠におめでとうございます。
直接お祝いの言葉をお伝え出来ず申し訳ありません。祝辞をしたためてまいりましたので、ご一読いただけると幸いです。
結論から言います。私はあなたを憎んではいません。あのような別れ方をしたというのに、不思議ですね。私の想いはまだ冷めていないようです。
ですが、私を置いて幸せになる。それだけは絶対に許しません。
あなたが私を不要と思っても、私にはあなたが必要です。私の献身はあなたの愛で報われるべきなのです。
私はあなたからたくさんのものを貰いました。今、その全部を使います。そして必ず、あなたを迎えに行きます。
また会える日まで。
あなたの花嫁より
追伸:文句は受け付けないぜ。アタシのコードネームは、テメェもよく知ってるだろ?
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「ふ、ふふ‥やるじゃないか。」
「アングラ?」
祝辞の形をした挑戦状を思わず握りしめ、グシャグシャにしてしまった。それを見てパンクが心配そうに声をかけてくる。
「君、この祝辞を誰から受け取った?」
「はい。純白のドレスを纏った、低血圧そうな女性からです。背中と腹部に赤い薔薇の模様が刺繍されていたのが印象的でした。」
「今どこに?」
「ユダ様を連れてお帰りになりましたが‥」
「そうか‥‥地獄にすら行けなかったんだね、あの子は。‥パンク。」
「ナニ?」
スタッフを遠ざけ、パンクと二人きりになった。彼女には、しっかり伝えておかなければならない。
「ごめんね。ちょっと昔の仕事が片付いてなかったらしくて。パンクにも手伝ってほしいのだけれど。」
「ジャマ、ナノ?」
「ああ、すごくね。僕たちの幸せを阻む壁だ。」
「ジャア‥」
パンクは機械仕掛けの右半身を起動させ、青白い光を放つ。いつだって僕の窮地を支えてくれた、殺し屋としての彼女の姿だ。見た目は変わっても、やはり気高く美しい。
「コワシテ、アゲル。」
「ありがとう。これが僕たちの最初の共同作業だ。」
どうやら思った以上に素質があったらしい。顔が綺麗だったから慈悲をかけたが、それは間違いだったか。まさかユダの奴を味方にするとは。
でも不思議だ。なぜだか彼女の生存を知って喜んでいる自分がいる。崖に突き落とした我が子が這い上がる瞬間を見たようで、何と言ったらいいか。
だが、僕に牙をむくなら、掴んだ幸福を奪い取ろうとするなら‥
「容赦はしないよ。死にきれなかったこと、後悔させてやるさ。待っているがいい。」
「フフッ、アングラ‥タノシ、ソウ。」
これくらい乗り越えて見せる。だって、僕たちには愛があるのだから!
君が得られなかったものだよ、ダウナー?
詐欺師の結婚 呵々セイ @kanari315
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