第4話:詐欺師の5年間
「終わりましたね、アングラさん。」
「ああ。やっとね。」
めでたく詐欺をやり遂げた帰り道、私たちは月明かりが照らす路地裏を歩いていた。
手元の通帳に目をやる。そこには3000万円ほど振り込まれていた。
結婚詐欺はかなり簡単にできる部類だし、稼ぎもいい。今回、私もアングラさんも女性をターゲットに詐欺を仕掛けた。
彼女たちにメンヘラ気質があったからだろうか、少し精神に揺さぶりを掛けたら湯水のように金を出し、捨てないでと懇願してくるのだ。
まぁ、今日二人とも私たちに捨てられたのだが。
復讐されないように、ちゃんと手も打っておいた。きっと彼女たちは自殺を選ぶか、互いに殺しあうかのどちらかだろう。
昔のような罪悪感はすっかり消えてしまった。
今では人を欺くことに至上の喜びを見出している自分がいる。
無理もないだろう。詐欺の数だけ、アングラさんとの距離が縮まるのだから。
「これで達成、ですね? アングラさん!」
「ああ。よくやってくれたね、ダウナー。」
アングラさんが褒めてくれる。
「今回の仕事は長かったですね~。1年もかかっちゃいました。その分、稼ぎもいいですけど。」
結婚詐欺は稼ぎこそいいが、根気が必要だ。好きでもない相手に愛を囁き、時には奉仕じみたこともするのだ。メンヘラ相手だと命の危険を感じることもある。
「そういえば‥私は今回が初めての長期案件でしたけど、アングラさんはどれくらい長くやったことありますか?」
ふと好奇心で尋ねる。そういえば聞いたことがなかった。アングラさんは詐欺師としてどれくらい活動してきたのだろうか。年はいくつなのだろう?
彼女の本当の名前も、いつかちゃんと聞きたいな。
「そうだねぇ、僕の最長記録は‥」
アングラさんがふいに足を止めた。どうしたのかな。
「5年、かな?」
プシュッ、プシュッ、プシュッ
「え?」
力が抜ける。重力に逆らえず、地べたに膝をついた。
振り返る。アングラさんが私を見ている。手には煙の噴き出る何かを持っていた。
「ア、アングラ‥さん?」
「なんだい? ダウナー。」
にっこりと微笑み、彼女は私の方に歩み寄り、目の前でしゃがみ込む。その笑顔は、決まって彼女が仕事を終えた時に見せる満足そうなものだった。
だからこそ、私は今、自分が何をされたのかをすべて理解した。
「ど、どうして‥」
「言っただろう? これが最後の仕事だって。君のおかげでついに目標金額に達成したんだ。」
「結婚、する‥っ、資金だって‥」
「そうだよ。」
「じゃあ、なんで私を‥」
「ん? あぁ! そうか、君はそう思っていたんだね。まったく、罪な女だよ、僕は。」
アングラさんは可笑しそうにけらけら笑う。私を詐欺師に誘った指で、私の額をつついた。
「別に、君と結婚するなんて僕は言ってないよ。」
「う、うそだ。」
「君、賢いだろう? 思い返してごらんよ。」
地面が赤で染まっていく。思考もどんどん抜け落ちる。でも必死に過去を思い出し、彼女の言葉が真実だと言うことに気が付く。挙式の話をするとき、彼女は一度だって私の名前を呼ばなかった。
結婚詐欺にあっていたのは‥私もだったのか‥‥
「さて、時間が惜しい。愛する彼女のもとへ行きたいからね。5年以上も待たせてるんだ。」
そういうとおもむろに立ち上がり、もう起き上がることもできない私に銃を向けた。
「アングラ‥さん‥‥」
「心配しないで、僕たちは幸せになるよ。君の分まで、ね?」
「アングラさんっ!」
「じゃあね。」
最後の力を振り絞り、彼女の偽りの名を呼ぶ。もちろん、それは届かなかった。
プシュッ プシュッ
「‥‥ふぅ。長かったぁ。でも、これで迎えに行けるよ。待っててね、パンク。」
声が、遠ざかって‥いく。
死んで、しまう。でも‥‥
「アングラさん‥らしい、や‥‥」
そして私は、意識を失った。
私の魂は、いったいどこへ行くのだろう?
‥‥でも
‥‥まだ
死にたく、ない。
私は、手を伸ばした。
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