第3話:詐欺師の日常

 ちなみに詐欺師になると言っても、その道は平坦ではなかった。私の中に残っていた罪悪感が、何度も仕事の邪魔をするのだ。


 病気の母親のため、買い出しに走る子供から小銭を巻き上げた。


 妻に先立たれ、悲しみに暮れている老人から遺産を騙しとった。


 新居を立てる場所を探していた新婚夫婦に、ありもしない架空の土地を売りつけた。


 私はこの世界に踏み込むまで、ただの取るに足らない善人だった。騙されたと知ったときの人々の顔は見てこそいないが、それは容易に想像できる。


 そのたびに私は途方もない吐き気を覚える。あれだけ大口をたたいておきながら、罪悪感ゆえにもがき苦しむのだ。


 だけど、私がそんな風に機能不全になると、きまってアングラさんは私を抱き寄せ優しく背中をなでてくれる。


 まるで体を傷つける心の棘をふんわりと研磨するように。「僕がついてるよ。」と、聖母の愛で包み込むように。


 そのおかげで人を騙すことへの抵抗はなくなり、仕事のスリルは私とアングラさんの距離をさらに近づけてくれた。


 私たちの関係が深くなってからは、詐欺は結婚資金を集めるものになった。そして、今日が最後の仕事だ。今日の詐欺が終われば、目標金額に達するのだ。


 浮かれる気持ちを抑えながら、寝ころんでいるアングラさんの顔を覗き込む。彼女は結婚情報誌を呼んでいた。


「式を挙げるならどんなのがいいかな?」


「そうですね。ベタですけど、協会なんてロマンチックじゃないですか?」


「僕は詐欺師だよ? 背徳感がありすぎるなぁ。」


「でも純白のウェディングドレス、私はアングラさんと着たいです。」


「悪くないかもね。‥お? これなんかどうだい?」


「‥メタバース婚?」


「そうさ。サイバーパンクっぽくてカッコよくないかい?」


「アングラさん、そういうの好きでしたっけ。それにメタバースはこの前の仕事で事業を2つ3つ潰したじゃないですか。出禁ですよ、出禁。」


「あれは稼ぎが良かったから仕方なくね。いやー、前途あるビジネスを潰して心が痛むなぁ。」


「ふふっ、ひどい人。‥‥っと、アングラさん、そろそろ。」


「おや? もうそんな時間か。行くよ、ダウナー。」


「はい!」


 時間が来る。最後の仕事の時間だ。これさえ片付けば、私はアングラさんと一緒になれる。


 式を挙げたら何をしようか。新婚旅行とかも行ってみたい。二人だけで静かな時間を過ごしていたい。


 幸福な未来に思いを馳せながら、私はアングラさんの後に続く。目標達成の記念すべき最後の仕事は、結婚詐欺だ。


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