第2話:詐欺師の誕生
ちなみに彼女と出会ってからは、怒涛につぐ怒涛の展開が私を襲った。
アングラさんを闇医者まで連れて行ったら、経過観察のために付添人が必要と言われてしまい、それ以降私はアングラさんの完治まで付きっきりだった。
リンゴが食べたいと言われれば皮をむき、好きな作家の新作を読みたいと言われれば書店まで走った。電子書籍は断じて認めない主義の人だったので、何往復もさせられた。
最初はパシリのような扱いが不満だったが、次第に慣れ、むしろ願いを聞くことで彼女との距離が縮まっていくように感じるようになる。
実際、こうした交流の積み重ねが彼女と私の関係を、パートナーのようなものに昇格させた。
「アングラ」というコードネームも教えてもらった。
月日が流れ、アングラさんが退院する前日、私は彼女にある話を持ち掛けられる。
「君、僕と一緒に来ないか?」
「というと?」
「詐欺師にならない? っていう悪いお誘いさ。まぁ、無理にとは言わな‥」
「行きます! どこまでも付いていきます‼」
即答であった。迷いなんてない。あるはずがない。
「そ、そんな二つ返事とは意外だねぇ。誘っておいてなんだが、理由を聞いても? 君が目指した弁護士の対極にある存在なんだよ?」
アングラさんは首をかしげながらも、海を閉じ込めたような青い瞳で私の目をまっすぐ見つめてくる。
「ずっとずっと、苦しかったんです。人のため、社会のために生きようと頑張り続けるのは。」
「‥ほう。続けて。」
「学生の頃はなまじ勉強ができたから、それに父は警官で、母は弁護士だったこともあって期待されてたんですよ。そして、私もいつかは立派な弁護士になるんだって。」
「ふむふむ。」
「話が飛びますが、私、妹がいたんです。私と同じように、あの子も弁護士を目指してました。」
「なんか展開が読めるねぇ。」
「ええ。結論から言うと、私は妹に先を越されました。勉強をずっと見てきたのは私。だからあの子は試験に受かったとき、こういいました。「ありがとう。おねぇちゃんのおかげだよ。」って。」
「うわぁ‥」
「あの子は優しい子ですから、決して私を煽るつもりはなかったはずです。むしろ心から感謝してくれていた。そして、私はそれを聞いて‥」
「腹を立てた?」
「いえ、逆です。安心したんです。ああ、社会の役に立ってくれる人は私以外にもいるんだなって。鎖が外れた気分でした。もう、頑張らなくてもいいんだって。」
「‥‥」
「でもやっぱり、今まで頑張ってきたご褒美が欲しくなるじゃないですか。ずっと社会のことを考えてきた。なら、少しくらい社会を裏切ったっていいでしょう?」
「それで詐欺師になるって? それはそれは‥」
つい長く自分語りをしてしまった。引かれただろうか。
だがアングラさんは下を向き、くくくと笑っているようだ。そして顔を上げて
「やっぱり見込んだ通りだよ。君は素質がある。僕についてくるなら、この手を取ると良い。さしずめ悪魔との契約って感じかな?」
右手を私の方へ差し出した。白くて細い、キレイな手だ。そして、私は悪魔の手を取った。
「出会ったっときから、私の魂はアングラさんに捧げています。お願いします、私に人を欺く力を与えてください。」
この選択は社会的に絶対に間違っている。糾弾されるべき悪に、私は心惹かれてしまったのだ。
でも、目の前の黒はどこまでも深くて、私の矮小さも優しく包み込んでくれそうで‥魂なんていくらでも売ってやる。
「ふふーん。ご機嫌だねぇ。じゃあ、これからよろしくね、ダウナー。」
「ダウ、ナー?」
「今思いついた、君のコードネームさ。その可愛らしいジト目から取ってね。どうだい?」
「ダウナー‥ダウナー‥‥ダウナー。」
「お気に召さないかな? じゃあ他のを‥」
「いえ! これででいいです。ダウナーがいいです! これからよろしくお願いします、アングラさん!」
「ああ。よろしくね、ダウナー。」
こうして私は晴れて詐欺師の道を歩み始めたのだった。
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