単刀直入に申します!

あじさい

××××


「皆さん、お忙しいとは思いますが、しばし私の話にお付き合いください!」


 突然、演説が始まった。

 張りのある声に、行き交う人々は何事かと足を止める。


「短く済ませます! 単刀直入に申します! 我が国は今、大変な状況にあります! 未曽有みぞうの危機に直面しております! 経済成長がとどこおり、賃金が下がり、皆さんの生活が圧迫されています! 折からの少子高齢化によって、社会保障制度も厳しい局面をむかえています! 外交と安全保障の分野では、一部の外国やテロ組織によって、私たちの安心・安全がおびやかされています! 近隣の独裁国家がいつ我が国に侵攻してくるか、私たちの誰がいつどこでテロに巻き込まれるか、予断を許さない状況です! あらゆる可能性を想定し、万全のそなえをしておかなければなりません!」


 どうやら政治家のようだ。

 人々の多くはどこか安心した様子で、再び歩き始めた。


「あらゆるものが変わりうる現代において、我が国は難しい舵取かじとりをせまられています! 激しい荒波のような変化に対して、我が国は毅然きぜんとした態度で立ち向かわねばなりません!」


 男の演説は続く。


「未来へ向かうための改革が必要です! 時代に合わない法律、時代遅れな制度、前時代的な慣習を、大胆だいたんに変えていかなければなりません! しかし一方で、新しければ何でも良いわけではありません! 国際的な潮流、ヨーロッパやアメリカの価値観に合わせるばかりで、我が国固有の良さを失うことがあってはなりません! 変わりゆく時代だからこそ、先人たちから受け継いだ、古き良きものの価値を再発見することが肝要かんようです!」


 立ち止まっていた人々の何人かが、そうだ! そうだ! と声を上げた。

 男の演説に本心から引き込まれたのか、ただのサクラなのか、それは分からない。


「単刀直入に申します! 思い切った改革をためらっていては、我が国は停滞ていたいし、後退してしまいます! 経済でも、社会保障でも、安全保障でも、抜本的な改革を断行しなければ、我が国はさらに苦しい状況になります!

 必要なのは決して、ただの政治改革、ただの経済改革ではありません! 私たちが自立し、支え合うための改革です! 足の引っ張り合いはやめましょう! 腐敗ふはい癒着ゆちゃくも終わりにしましょう! 私利私欲で既得権益きとくけんえきにしがみつく人たちに『No!』を突きつけましょう! みなで一丸となって、困難をえましょう! 皆で手を取り合って、この国の未来をひらきましょう! そのための改革です!

 この改革には、決断力と実行力をそなえた政治家が欠かせません! ビジョンを持った政治家が、リーダーシップを発揮しなければならないのです! 皆さんの生活を守り、我が国を発展させる大規模な改革のために、私、××××! ××××が、立ち上がりました!」


 自分の名前を強調した後、男は声のトーンを少し落とした。


「私は神ではありません。いたらぬ点もあるかもしれません。しかし、神のような救世主が現れるのを待っていられる状況ではありません! 待っていられる状況ではないから、私が立ち上がりました!」


 男の声が再び大きくなっていく。


「立ち上がったからには、全身全霊、粉骨砕身ふんこつさいしんの努力で、我が国のあらゆる問題に取り組んでいく所存しょぞんです! 私には覚悟があります! ゆるぎない覚悟です! しかし、改革を実現するためには、まず皆さんのご協力が欠かせません! ほかならぬ皆さんの後押しがなければ、何も始まりません!」


 男は顔の横にこぶしり上げた。


「皆さん、選んでください! 選択のときです! 難局に直面する我が国の舵取かじとりを私、××××! ××××にたくしていただくか、それとも、口では綺麗きれいなことを言いながら、実際には何の能力もなく、我が国のことなど少しも考えず、私腹しふくやすことしか頭にない人間にまかせてしまうかを! 選ぶときです、皆さん!」


 男の高らかな声が、人々の頭上にひびく。


「私にはビジョンがあります! 景気を刺激し、経済成長をうながし、とみ幅広はばひろ分配ぶんぱいし、少子高齢化に歯止めをかけ、社会保障制度を建て直すビジョンです!

 私には実行力があります! 他のどんな人間よりも力強く、パワフルに、皆さんがより安心・安全に暮らせる社会を実現します! 友好国との同盟を強化し、我が国の防衛力を高めることで、外国の脅威きょういに対しても毅然きぜんとした態度で立ち向かいます!

 私には決断力があります! 政治の専門家として、我が国の法律、制度、慣習がかかえる問題を深く、正確に理解しています! 長年にわたってつちかった見識と経験を活かして、我が国が直面する様々な問題に対し、スピード感を持って適切に対処します!

 私にはリーダーシップがあります! 皆さんの声に耳をかたむけ、皆さんの声を政治に届けるリーダーシップです! 皆さんの生活を守り、社会を発展させていくリーダーシップです!

 あとは皆さんの選択! 皆さんが背中を押してくれさえすれば、我が国の未来はひらけます! より良い未来に向かって前進しましょう、皆さん! 後退しているひまはありません! 今こそ、前に! 前に! 進んでいきましょう!」


 立ち止まって彼の話を聴き続けていた人間の何人かが、熱烈な拍手を送った。

 すると、他の人々も拍手に参加した。

 それをほこらしげに受け止めながら、男が演説をめくくる。


「ありがとうございます、皆さん! ありがとうございます! 我が国が前に進むために、私、××××! ××××! ××××の背中を押してください! 私は××××! 皆さんの××××です! ご投票の際には、ぜひこの名前を思い出してください! ××××! ××××! ××××です!」




 お分かりいただけただろうか。

 結局、この男は最後まで、何をどうするという話をしなかった。

 この国の危機を強調した後、いかようにも解釈できる玉虫色の話を2、3回ずつり返していたのみである。


 もしあなたが、彼の演説を聞いて少しでも頼もしく思ったなら、ご注意いただきたい。

 口では綺麗きれいなことを言いながら、実際には何の能力もなく、我が国のことなど少しも考えず、私腹しふくやすことしか頭にない人間にだまされないように。

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単刀直入に申します! あじさい @shepherdtaro

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