第8話『舞鶴兄弟』



 車の中は今治と透弥の口論ばかりで溢れていた。あまりにうるさくてコノハがキレること数回。大体は今までの生活に関する口論と、あとは今回で判明したお互いの疑問点をぶつけ合う過激な発言。

 理人はこれに慣れた様子だった。いをりの隣をちゃっかり占拠しているのが、更にコノハの苛立ちを加速させる。理人のことは、たった一回の救いの手を勘違いした、愚かな男としか思っていなかった。

 千葉も唯華もどうしてこんな大所帯で戻っているのか理解できなかったが、ただ、大きな怪我もなく口で済んだなら、それが一番だ。安心した唯華は助手席で眠った。


 車の中で話していたことだが、透弥の魔術は「死体を操り闇にとける」ことらしい。闇にとける方については、本人の努力で習得したものだそうだ。本来は死体を操る魔術だったので、派生させて新しい魔術を習得したということだ。——いや、この時点で結構な化け物だ。

 弟に関してはローレルの予想通り、魔術の匂いを消す効果だった。が、あともうひとつ。

 固有の魔術はそもそもひとつしか持っていないはずなのに、理人はもうひとつ、生まれながらに習得していた。それはまたおいおい話すと言っていたが、いをりに今言って欲しいと言われ、仕方ないな〜と声を蕩けさせた。


「海の男やで! 波に乗ったり水を操ったりできる」


 だいたい解釈が一致した。海のパーティーピーポー感がひしひしと感じるほど、ある。

 そんな特別なコアを持っているからか、自力で魔力を生み出せないんだそうだ。「せや」と閃いたように、後部座席で言い合っていた透弥に声をかける。なんだよと辟易した言い方を返す兄に、理人はニカニカ笑って言う。


「リンク 解除して〜な」

「あ? あぁ!?」

「ええねんええねん。俺はこの方が向いとった」


 驚きのあまり早朝だと言うのに、全員の耳を劈くほど声を荒らげた透弥を今治が諌め、7人が乗った車は何とかルバートに到着した。……ちなみにだが。これで本当にリンクは解除出来ているので、恐ろしい魔術なのである。

 あまりにも騒がしい到着になったが、無事この古いビルにたどりつけたことがなによりうれしかった。


 入口の扉を開くと、足を伸ばしていつもの椅子で眠っていた社長が、パチリと目を覚ます。異常な大所帯に驚いて、「夢?」と聞くが、傍で完徹作業を行っていた寄島が「幻覚」と返す。そして手前の3人がけソファで眠っていたローレルは「現実だよ」と言い、身を起こす。

 いちばん思考がしっかりしているローレルがぱっと身を起こし、布団をぱっぱと畳む。そして椅子の方へと案内するように立ちながら、彼は眠気が取れない顔で言う。


「お帰りなさい。そしていらっしゃい。新入社員たち」


 ——たち。間違いなく彼はそう言った。

 透弥が面食らって目を何度もぱちぱちさせているのもお構い無しに、ローレルは左手で透弥の方を指す。指ではなく手でやるあたり、失礼にならないように考えたのだろう。


「黒髪が舞鶴透弥、灰色は前にここに来た理人だね? 初めまして。俺が副社長のローレルです。ふたりはここに座ってくれるかな。」

「んぁ〜……あと今治も残って。もうみんな寝なさいよ」


 社長が欠伸をしながら上を指さすと、staff onlyの扉を鎖で開いて誘導した。疲れも眠気も限界の彼らは、細々とありがとうございますを呟いて、上にぞろぞろと上がって行った。コノハだけは眠気より怒りが勝っていたが。


 残った3人がソファにかけると、空いている方のソファにローレルがぼふんと音を立てて、投げるように座る。

 中心を舞鶴透弥、その右腕側に今治、左に理人が座っていた。

 社長が大きな欠伸をして、それを両手で覆って隠したあと、目を何度かしぱしぱさせながら自己紹介した。


「ん、知ってると思うけど荒野美里です」


 知っているのでふたりから特に何か言われることは無かった。


「で、着いてきたってことは入社すんの? いいよお」


 彼女はうつらうつらしながら勝手な持論を展開した。しかし入社に関して否定はしなかった。理人にとっては大変喜ばしい言葉だったが、入社するつもりが一切なかった透弥はまた顔を顰める案件になってしまう。

 しかしそんな顔を見て少し目が覚めたか、彼女は続ける。


「理人はウチに入るんでしょうね。で、兄貴。あんた今治とバディ組んでくれない?」

「先に俺の質問に答えろ荒野美里」


 強気な物言いにニヤッと笑った社長は、右手をぱっと開いて、「どうぞ」と質問を要求した。答える気があるらしいので、透弥は遠慮なく口を開く。


「いつから見てやがった」

「最初から〜」


 彼女はにぱにぱと笑って、左手をほわほわと振っていた。——まだ眠気が一切取れていない。彼女ももう32歳で、徹夜が厳しいお年頃。体が辛いのか行動が少しおかしかった。


「今治がどうしても心配でね。あんたのその手錠の中間の鎖は私のだよ」


 つまり今治は最初から最後まで荒野美里の監視がついていたということだ。なにか大事に至りそうならすぐに介入するつもりが満々。

 そうならなかったことは、社長も感謝しているし、安心していた。


「で、今治が魔術師なのは、私らでもわかんなかったね。ややこい匂いするな〜とは思ったけど、事情がね……」


 またひとつ彼女は欠伸をこぼした。


「まだ聞くの」

「副社長殿にな。コレとコアの機械、んだこれ」

「社員じゃない人に社外秘は出せないね」


 ちっ、と誰にでも聞こえる大きさの舌打ちをすると、透弥は両手が手錠で捕らえられているというのに、態度を大きくして背を仰け反らして、仕込んでいた靴を脱いでいる靴下が見えるように足を組んだ。図々しさだけは社長に似た雰囲気があった。透弥は男の人として平均くらいで、理人の方がずっと大きい。確か理人は180センチメートルはあったよな、と今治が思い返すうちに、透弥が大きなため息の後に続ける。


「俺がルバート入りするメリットがねぇな」

「あるわ! あんで! 兄ちゃんの身の潔白をここで証明したらな」


 横から理人がキャンキャン騒ぐが、反対の方に頭を傾けて聞いていないと言うような態度をとる。本人はあまり容疑者であることを気にしていなかったので、身の潔白には興味がなかった。

 やっていないが疑うならどうぞご勝手に。これが容疑者としての舞鶴透弥の回答だった。


「透弥さんが嫌がろーと、無理矢理でもうちで暮らさせるんで聞かなくていいっすよ。書類取ってきまーアデデデ」

「どういう意味? 何が言いたいのかな今治くん?」


 透弥がニコニコ笑って——いや、笑っているように見せて怒り心頭の顔で今治の足を踏んで、文字通り足止めした。納得しないまま入社も嫌だが、今の今治は相当酷いことを口走ったように、透弥の耳には聞こえてしまった。——暮らさせる?


「だってもうあんなふうに置いていかれるの無理っすよ。透弥さんはまた俺と暮らすのいや?」

「嫌なわけねえ。だけど余計なもんが着いてまわる」

「毎食俺が作ってんのに?」

「う」

「バディになったら部屋も相部屋、ここは防音もしてあるから前みたいにゲームしたって怒られないし?」

「んぐ……」

「そもそも俺と暮らせる最後のチャンスなのに?」

「最後?」

「俺はここ殉職するまで住みますからね」

「……。………………。……わかった、もうわかった。俺も入るよ……」


 今治は掌で透弥をころころ転がして、結局ホールイン。最後のひと押しで綺麗にカップに吸い込まれる。まるで痴話喧嘩のような会話に飽きた社長とローレルは今にも眠りそうだった。

 きっと、彼らの事が収まるまでは見守っていたんだろう。やっと車に行こうかとなった所で初めて眠れたとすれば、彼らもずっと起きていた。今治はとても嬉しくなった。


 踏んでいた足を離してもらい、今治が上に行って、新入社員たちに書いてもらったのと同じものを持ってきた。透弥は字がそんなに綺麗でなく、端的に言えば"男の子の字"だった。それに対して理人の字はとても綺麗で、生きたゴシック体製造機みたいだった。この兄弟は似ているようで正反対な、ちょっと変わったふたり組。また変わったのが入ってきたなあ、と社長はしみじみ思う。

 書いた紙に問題がないのを見ると、自分勝手な透弥の事だ、眠りたいだろうと思い今治が手錠を外し、寝ましょう、理人くんも今日は俺の部屋で——とまで言ったところで、透弥が言葉を遮る。今治の顔の前にグッと掌を見せて、止まれと言いたげな動きをしたからだ。彼が止まると、透弥は少し姿勢を正した。


「ルバート、入るからには俺からひとつ頼みがある」

「——そう。例の件関連?」

「いや、多分関係ない」


 そう、と美里が聞く姿勢に入る。ローレルもだ。寄島だけは限界が来たらしく、机に突っ伏した上に書類が山になっている。完全に眠っていた。


「俺の、もう1人の弟をWWGから連れ戻してくれないか」


 理人が視線を逸らして手遊びし始める。あまり気が進む話題じゃ無いのかもしれないなとローレルが思いつつ、透弥の言葉の続きを待った。


「まずウチは三兄弟。俺、次男、理人。血は繋がってるけど、次男はあんま似てねぇな」

「その次男坊を、って?」

「そう。あいつは名前を、琳と言う」


 透弥、琳、理人。あまり共通点を感じない名前がそれぞれ兄弟に付けられている。

 理由は親のみぞ知る。

 その先に彼が続けた言葉は短かったが、WWGのエージェントをやめた後は、琳が代わりに務める羽目になってしまったらしい。あまりいい仕事ではないから辞めさせるのが目的だが、反抗期で話も聞いてくれない、との事。

 その前にひとつ、また疑問が生まれた。それは今治がすぐに聞く。


「割り込んですみません。結局透弥さんがエージェントを辞めさせられた理由ってなんですか?」

「金の横領」

「最ッ低」


 今の今まで、今治はエージェントの仕事内容も、クビになった理由も興味がなかった。聞いたところで透弥は昔なら躱して答えなかったはずだから。しかし今の透弥は今治に負け、最早自暴自棄になっていた。何か聞かれたら、相当都合が悪くない限り何でも答えてくれる状態になっている。

 そして金の横領でクビ。悪人の役満だ。


「……金が欲しかったの?」


 社長が聞くと、透弥は首を振る。


「いや、WWGを辞めるために。金よりは縁切りたくてやった」

「でも琳くんは行っちゃったの」

「俺に対してのジェラがすげーからな、あいつ。俺の穴を埋められると思って、18年の4月くらいに居なくなった」


 これでは行って戻ってでトントン。そして気がついたら透弥は例の件の容疑者になって、今度は思うように身動きが出来なくなった。何とかふたりでやってきたが、限界が近くてルバートを手元に落とし込もうとしたと、経緯を話した。


「もう俺たちふたりだけじゃ限界だ。琳を、WWGから連れ戻してほしい。」


 珍しく透弥が頭を下げて、社長と副社長の方へと願いを伝える。今治は目を丸くした。舞鶴透弥が頭を垂れる瞬間を、挨拶の会釈以外で初めて見たのだ。それは理人とて同じ。

 正直社長はこの男と会って話すのは初めてだし、そもそもどんな人物なのかも知らなかったが、この様子が相当希少なものだと物語る両隣の反応で、楽しそうに笑う。


「いいわよ。元々私もWWG嫌いなの。ぶちのめすくらいなら手伝うわ」

「……そりゃどうも。」

「入社条件はそれでおしまい?」


 彼女が聞くと、他には特になかった透弥は頷いた。理人にも同じように聞くが、彼はそもそも条件なんかなく、ただ入れてくれれば良かったから、と頷く。


 つまり、只今をもって正式に、舞鶴兄弟は裏警ルバートに加入した。


 時刻は午前七時を回る。完全に朝になったバックストリートは、古ぼけたビルに太陽光を順々に当てていった。社長は寄島を起こして理人を紹介すると、「あんたの部下」と言った。ほとんど眠っている顔で、はい、と言ってまた首を机に落とす。眠気が勝っているので、多分次に目覚めた時にもう一度言ってやった方がいいだろう。寄島につけるということは、助手や今治がやっていた受付作業辺りを受け継ぐらしい。

 部屋が空いていないし、いくらそこそこに広いとはいえ、今治の部屋に3人も寝るところは無いので、理人は4階のリビングのソファで眠ることになった。……実はソファベッドになるらしい。理人は背が高いから、足が漏れ出るだろうが。

 1階で解散してから、透弥は今の今治の部屋に案内されて中に入る。昔と変わらずものの少ない部屋で、初めて入ったように感じなかった。当たり前のようにベッドに倒れると、透弥はすぐ眠ろうとした。


「や、何してんの? 俺のベッド」

「うるさい」

「なんだと」

「俺の方が足が長いんだから俺に譲れ、お前ソファ」


 この横暴な感じが懐かしくて、今治はクスッと笑った。しかしベッドは譲れない。「ジャンケン」と言って手を出し、合図に合わせて手を出す。今治はパー。透弥は寝ながら右手がチョキ。……普通に今治の負けだった。渋々今治がソファで寝支度をする頃には、透弥は眠っていた。疲れていたのは彼も同じだった。ようやく彼が肩に乗せていた重りを下ろせたのだろうか。掛けたままだったメガネは取ってやって、サイドチェストに置き、今治もソファで眠りについた。

 眠る前に最後に今治が思ったのは、脚の長さは多分そんなに変わらない、ということだけだった。


***


 朝——いや、既にそうだった。次に目を覚ましたのは昼頃だった。


 その声は防音を貫く理人の叫び。


「えぇ!? いをりちゃんてコノハセカンドしたん!? リンク出来へんやんけ〜!」


 うるさいな、とソファから身を起こした今治が、充電し忘れたスマートフォンの時計を見る。11時前。たった数時間眠っただけであんなに元気な声が出るのだから、若さは馬鹿にできない。

 うるささで起きたのはその兄も同じだった。人のベッドを占領した透弥は目をぱちぱちさせて、すぐに起き上がってメガネをかける。寝起きがいいのは変わらなかった。おはようと挨拶をすると、小さく同じように返した。勝手知ったるとサイドチェストを開いてヘアワックスを見つけた透弥は、借りると言ってすぐに蓋を開けた。洗っていない前髪が邪魔で、上にあげたかったんだろう。今治も透弥が使い終わってから手渡しで受け取り、自分も前髪を上げた。どうせすぐシャワーを浴びるのだが、不快感をちょっとでも減らす為にとった策だった。


 うるささに釣られるようにふたりが1階へ降ると、理人がクッションを抱き締めて、3人がけソファの上で小さくなっていた。怪訝な顔で見るその兄に、覚醒した様子の社長が両手を腰に当ててこちらを見、おはようと挨拶をする。弟の傍には困った顔の金髪の少女と、そのバディ。面倒をいきなりかけたのが分かって、透弥の眉間の皺が深くなる。はぁー……とため息をついて、とりあえず社長にも朝の挨拶を返した。


「何が……あった」

「ん? あんたの弟がウチのいをりにラブずっきゅんって話」

「あんたも古……。……めんどくさ」


 頭を抱えている今治は、もう既に他の社員がシャワーを浴びた様子なのを見て、俺達も行きましょうとグイグイ風呂場に押し込んだ。

 彼の心労はここから先きっと絶えないが、そんな透弥のせいで心労を重ねるのは今治なのだ。


 シャワーを浴びて今治の服を借りて部屋に戻ると、社員が全員揃っていた。椅子の数が足りず、ダイニングテーブルからいくつか持ってきて、全員でローテーブルを囲む。濡れた髪をタオルで拭きながら透弥が最後に座ると、社長が理人と透弥を指さして、ニコニコの笑顔で声を張る。


「はい、ということで或る兄弟こと舞鶴兄弟、弊社に入社けってーい! どーぞよろしくぅ」


 椅子の上で大きな態度の足組みの兄は微動だにしなかった。弟はしょぼくれているが、よろしゅー、と小さくなりながら呟いた。

 変わり者の兄弟が入ってきてしまった。

 だが強いことに変わりはない。大きな助力になるだろう。


「……俺がどんだけ強いかわかんないだろうから、ランキングくらいは聞け」


 透弥は白い鳥を左手の人差し指に留めさせる。鳥に対して「俺の現時点のランキングを」と言うと、鳥はすぐに口を開く。


「舞鶴透弥、魔力量1位。魔術3位。総合3位」

「……1位?」


 今治が信じられないとばかりに透弥の顔を覗くと、得意げににっこり笑って鳥を戻す。もちろん驚いているのはほかの社員も同じ。

 総合や魔術で片手のクラスに入ったのはもちろんだが——そもそも、魔力量が、1位? そんな魔術師に今治が勝てたというのか。周囲が今治と透弥を交互に見始めた頃、透弥がようやく今治の驚きに言葉をかける。


「俺が負けたのは、お前を絶対殺さないからだよ」


 そして彼は付け加えて、理人はリンクしないと魔術が使えないせいで、ランキングには参加出来なかったから指標がないことも告げた。

 ——彼が参加出来なかったのは、他人の魔力だったからだ。


「そんなわけでよろしく。」


 透弥は衝撃的な自己紹介を終えて意地悪そうに笑った。そんな顔がいちばん似合うな、と今治はなんだか安心した。


 刹那、入口の扉がバン!と音を立てて開かれる。そこに居たのは横浜——魔術警察の横浜だった。

 ちゃらんぽらんな言い方で「こんちゃー」と言いながら入ってきたが、舞鶴透弥と理人の姿を視認すると、一瞬で瞳が敵意に染まり、どこから取り出したか即座に銃を構える。いをりと千葉だけ銃に脅えたが、ほかの魔術師たちは全員見慣れたように横浜を見た。


「……何故ここにいる」

「え? 入社したからだよ。久しぶり〜平社員」


 透弥はわざわざ人の神経を逆撫でするような言い方で、右手の指をパラパラ動かして横浜に挨拶する。リボルバーを回してトリガーに人差し指を引っ掛ける。今にも撃ってきそうな形相だった。

 こういう時にこそ社長がまぁまぁと止めてくるのを千葉といをりが待っていたのに、彼女は爪を眺めて一切気にしていない。自分で蒔いた種位、第1位様が何とかするだろうと思って放置していた。


「撃たねぇだろ? これでやっと参考人のひとりが所在判明した……。良かったね」

「お前の口八丁には飽き飽きしてんよ。何考えてんの」


 警戒心を解く気がない横浜をふふんと笑ってやると、丁度いいか、と透弥は呟く。グッと身構えた横浜に向かって、わざとらしい口の横に手を添えて、背もたれにだるんとよっかかりながら、


「ジジイは元気してる?」


 と聞いた。

 理人はせやねぇと笑って横浜の回答を待つ。

 さらに疑問が増した社員たち、そして横浜本人も何を言われているのか分からず、ぎっ、と透弥を睨んだ。

 なんだ知らなかったのか、と目を丸くして、透弥は続ける。


「いや、等々力だよ。等々力誠司。俺らのオヤジ」


 横浜は目を見開いて驚いた。それは社長も同じ。

 ——等々力誠司。

 この男は魔術警察の署長であり、このルバートと提携することを提案した張本人だった。


 連続殺人の容疑者で魔力量1位の兄、魔術師のなり損ないの弟。そしてその父親は魔術警察トップ。生きているだけで役満、キャラクターの暴力だ。

 驚きのあまり銃を下ろした横浜が、複雑な色の顔になる。何か言い返す語彙は彼になかった。


「警察さんもどうぞよろしく。容疑者の舞鶴透弥でぇす」


 悪人顔とはこのこと。

 人を小馬鹿にして、透弥は胡散臭い笑顔を浮かべていた。見慣れている理人と今治だけは、いつも通りの彼が全開で安堵出来た。


 兄弟 前編:完


***


 コツコツ、コツコツ。大理石の床に響く皮の靴底が当たる音。教壇の前で片腕の肘を支えるように手で持ち、支えられた手は頬に添えている。


「あらあら、まあまあ……」


 若い男の声だった。男は神父服を身に纏って、教壇の奥に写し出したプロジェクターの映像を眺めている。髪は緑で、男にしては少し長めのカット。瞳は青だった。


「ルバートかぁ。裏警かぁ……。」


 見ている映像は、昨晩の旧六本木ヒルズ。映し出しているのは下のフロアの戦闘。特に眺めているのは——和服。


「んふ、ふふっ。会いたいなぁ……話したい……んふふ……」


 男は肩を震わせて笑う。

 心底楽しそうだった。


 奥の部屋から同じ服——神父の服を着た男が入ってくる。青い髪の単発に伏せた目で、しかし見えているようで、カツカツと部屋の中心まで入ってくる。映像に集中していて気づかなかった男に声をかける。


「斑鳩さん。そろそろ信者を入れますよ」

「……は〜い。よろしくお願いします、センパイ」


 ——神父連・バックストリート本館。

 代表・斑鳩怜真。

 東京BS連続殺人事件容疑者。


 彼はとても喜ばしい瞳で、コノハを眺めていた。

 その顔は、コノハにそっくり。瓜二つだった——。


 一方ルバート。舞鶴透弥の意地悪が落ち着いたところで、横浜の依頼を聞く。しかしコノハが得も言われぬ不快感に身を捩らせる。動きがおかしいコノハにいをりが声を掛けるが、平気だと彼女を心配させないように返答した。

 横浜はチラチラと透弥を睨んでいるが、本人はいいおもちゃを見つけたくらいにしか思っていないので、また指をぱらぱら振って煽るばかりだった。怒りを出す前に書類をカバンから出す。


「——あの、神父連の本館周辺で、大人数が行方不明になる事件が起きました……。これの調査と犯人の連行をお願いします」


 それでは。

 本事件詳細。

 名:空中庭園人狼ゲーム事件——


2章 空の食卓編


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ビバップ・ライフ ぱちめろ @8melmel

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