スクラッパーズ!!

@itzk

邂逅

《邂逅》episode1:ラビ、その日常の変動

 『マテリア』。宇宙に浮かぶ歪な世界へと続く歪な穴、鉱洞ホールから産出する永劫と言えるエネルギーを保有する魔石。

 それらは機械工学、兵器に利用され、各惑星の技術、生活水準の向上に大いに貢献し、また一方で争いの元となり、宇宙中で未だ戦争の風が吹いている。

 そして革新と同時にもたらされたのは明らかな災いだった。

 『超人パラサイト』。鉱洞の歪さを象徴するそれらの化け物は内部から突如として現れ、マテリアと共に瞬く間に宇宙に広がった。

 これは、変動の中生きる少年、その周り人物の変化の物語。






 学園内部 階段踊り場


「ほら、言われた通り一晩で直しておいたぞ。」


 薄桃色の垂れた兎の耳を持つ獣人の少年は、数人の男に、灰色の髑髏の装飾が施された立方体を手渡した。


「おぉ、完璧に直ってるな。噂通り修理の腕は確かみたいだな屑獣人。」


 屑獣人と男たちに嘲笑うかのように言われた兎耳の少年は不満そうな顔を浮かべつつ手のひらを差し出した。


「あ?なんだその手は。」


「対価。当たり前だろ。徹夜だったんだからな、直すの。」


 男たちは少年の胸ぐらを掴み、


「調子に乗るなよな…。なぜ獣人のお前が俺たちと同じ土台に立ってるのか疑問にも思わないで呑気に生きやがって。」


 一人が腹部を凹む勢いで殴った。少年は口から唾液を溢し、腹を抑えよろめいた。


「行くぞ。」


 男たちは嗚咽する少年を蹴り、その場から離れた。


 惑星アマルティ

 鉱洞周辺惑星の一つ。80年前の戦争で破壊、廃棄された資材や兵器の廃棄処分場として使用されて星のほとんどが廃材で溢れかえったスラムと変わりない風景だが、近年ではほんの一部、200㎢ほどの範囲では再開発が行われている。

 このアマルティ工学専門学校はその地帯に近年建設され、一部他惑星でも活躍する技術者を輩出しているが、学校内部で蔓延るカースト制度のような待遇の違いも存在するのも事実である。

 それらは再開発地域の急激な収入の増加による貧富の差の拡大によって悪化した。そしてこの宇宙において、ヒューマンと呼ばれる獣の体質を持たない人類が上位に位置し、獣の体質を有するラビのような獣人は、差別待遇されている。


 兎耳の獣人少年、ラビ・リエルは廃材置き場周辺のスラムで補助金有りとはいえど、学費に殆どを消耗するためギリギリの資金とポジションで生活している。


「…あーあ。しっかり払ってくれればさ…。」

 ラビがポケットに隠し持っていたスイッチを押すと、男の持っていた立方体が発火した。


「な、なんだァ!!?急に俺の『ライター』が発火したぞ!?」


「あの野郎細工したのか!!」


 炎は燃え広がり、男たちの服に着火した。男たちは服を急いで脱ぎ、その場から逃げ離れた。ラビは燃える服に近寄りポケットから空色の立方体を出してスイッチを押した。

 立方体から水が出現し、服に燃え広がる炎を消した。そしてラビは服のポケットから長財布を取り出した。

「さっきの分のお釣りだと思ってくれれば妥当だよな。」


 『ギア』。マテリアと呼ばれる半永久的に利用できるエネルギー体を内蔵した半永久的に作動する『容れ物』。例えば電気を入れ込めば電池として活用でき、ガスを入れれば先ほどの男が持っていたライターのような活用もでき

る。兵器利用の際には拳銃や兵用ロボットといったものを内蔵している。

 マテリアのエネルギーで内部のものは使用するまで普遍のまま保たれ、消耗し切っても自然に回復する。ギアは、現在この宇宙において必要不可欠な機械で、インフラや戦争といったさまざまな場面で使用されている。


「昨日改造した『ライターギア』で遠隔でのギアの起動も大丈夫ってのと、廃材置き場で拾った収納用のギアも問題なく使えるってわかったし。俺としてはいい収穫ではあったな。」


 ラビは二つのギアを手に握り、学校から帰る支度をしていた。

 ラビ・リエル。彼は所謂非行少年であった。3日に1日ほどの間隔で授業から抜け、学校の研究室で機械の改造を行っては生徒や廃材置き場で試している。

 その分工学分野に関しては秀才と言えるほどであり学校としては手放すのが惜しいため(というかラビの能力を学校側が発見して彼を入れた)研究費や生活費の補助金で支援しつつも学校の面子のため留年措置を取ると脅しをかけている。

 なお効果はない。


 ラビが帰る途中研究室前を通ると部屋内から、

「ラビくん。」


と声をかけられたため振り向くと、白衣を着た銀髪長身の中性的な人が立っていた。


「アイン先生。」


 アイン•クライ。アマルティ工学専門学校二期卒業生で、現在はこの学校の教師で校内の研究室の住人。

 整った顔立ちと妖艶な雰囲気から一見女性のようにも見られるがれっきとしたお兄さんである。

 不注意や非現実的発言が目立ち、研究室を爆破させたりとの問題を何度か起こしていて、生徒および他教師からは『何もしなければ美人』『天然バカ』などと呼ばれている。


「何やら教室棟が騒がしいと思って話を聞けば、またもや君が原因か〜。で、今度は何したの?対人用ライフル搭載ドローンでも作って上位連中で試射したのかい!?教えてくれよ〜!」

 

 本来教師と言う立場はラビの行いを叱責すべきなのだが、アインの目は昆虫を発見した少年のように輝いており、ラビの手を掴んで上下に激しく振った。


「落ち着いて…。別につまんないやつだよ。あいつらが隠し持ってた『ライターギア』、修理する体で改造して、ちょーっと所持金から改造費多めに貰っただけ。」


 ラビは手を軽く振り、不機嫌そうにアインの顔から目を逸らして言った。


「ギアの改造!!ギアの分野ってウチでも四年目で特定の希望コースの生徒で触れるくらいの高度な技術なんだよ!!それをしっかり扱えるほど改造…しかも一年にも満たないで!?やはり君は他生徒とも一線を画す存在だね!どこでその技術を?やっぱり独学かな?」


 目を輝かせ、鼻息を荒げてラビの話に食ってかかるアイン。ラビの腕を掴もうとするも軽く避けられる。


「まあ…技術の本とか資材とかは廃材置き場に探せば見つかるし…。」

(苦手なんだよなこの人〜。恩人だけどさ…。)


 ラビは幼少から両親がおらず、スラムで一人暮らしをしていた。金を稼ぐ手段として廃材置き場から使える資源を拾い売却する、というのが日課であり、能力を見込まれ学校に通うようになった現在でも資材調達のために廃材置き場に通うことは当たり前になっている。

 彼の能力を発見し、学校に迎え入れたのは目の前にいるアイン•クライ、その人である。


「じゃあ、俺行くから。先生またな。」


「わかった〜。また明日ね〜!あ、今日そこでなんか面白い物、ギアとか見つけたら俺に言ってくれよ〜?明日またゆっくり君の話聞きたいし!」


「了解。」


 ラビは急いでその場を後にした。その背中を見て子供のように手を振るアイン。


「ラビ•リエル。彼はやっぱり俺の心を激しく踊らせる。あの時からそうだったね、君は。」


◇◆◇


廃材置き場


「何が起こったのか…、俺にもよくわからないけど、簡潔にいうのであれば…間違いなく、今日は俺の日頃の行いに比例しないくらい運が良かった。」


 廃材置き場にポッカリと空いた巨大クレーターを見て、ラビは思わず小声でそう言った。


 たった数秒前、廃材置き場で資材を漁っていたラビの、文字通り目と鼻の先と言わんばかりの距離で中型(15mほど)の鮫の形をした宇宙船が墜落し、そうしてそのクレーターはできた。墜落地点が少しずれていればラビ自身、廃材と同様吹き飛ばされ絶命していただろう。

 おそらくクレーターが発生した辺りにいた物、人は跡形もなく潰れて焼けてしまっただろう。周辺にいた老人や中年、この場所の住人は慌てふためき逃げたした。


 ラビだけは違った。これほどの被害を出したにも関わらず、彼の目から見ればその宇宙船は比較的無事であった。墜落の原因と中の人の確認という未知の物体への興味、そして彼の深層部分の興味、それらの好奇心は彼が直前死にかけたこと、その大きな恐怖にも優ったのだ。


 クレーターの縁というべき部分は50°程の坂になっており、ラビはポケットからギアを取り出して起動し、タイヤのついていないスケートボードを取り出した。


「頼むぞー3号。」


 ラビ自身が廃材のギアから改造したものには番号を振っている。このボードは比較的昔に作られたものだ。因みにライターギアはそれラビの所有物であれば13号と名付けていたそうだ。

 ラビはボードに足をかけ、雪山のスノーボードの要領で坂を下っていった。

 墜落地点に到達すると、まず横掛けにしていたバッグから群青色のギアを取り出し、起動した。


「さーて、探索開始っと。」


 ギアが指先の切れたグローブに変形し、ラビはそれを装着、そして衝撃で歪んだ宇宙船の扉に手をかけた。手を当てられた扉は青い光と煙を発生させ、開いた。

 中に入ると切れた配線が垂れ放電してる、照明が壊れたため周辺が暗くなっているといった状況であった。

 それでも構わず奥に進むと操作パネルやモニターがある操縦室のような部屋についた。


「墜落したのはついさっきのはずなのに人がいない…?妙だ。」

(てっきり船員が気絶してるものだと思っていたけど、一体どこにいる?)


 辺りを目を凝らしながら探索するラビ。流石に暗闇に目が慣れてきて探索が楽になったと感じた。

 突如としてラビの背後を禍々しい殺気と、何かを突き立てられる感覚が襲った。


「動くな。」


 静かに両腕を頭の上に上げるラビ。彼はスラムに住んでいるが政府の管理下にあり、時々行われる役人の検閲ため、他の星のスラムの様に毎日血を見るような治安の悪さはなかった。

それ故、殺意を目の前で向けられ攻撃されるというのは、あまり経験しないシュチュエーションであった。にも関わらず反して冷静な自分が、少し奇妙に感じた。


「そのままゆっくりだ。持ち物を全て足元におけ。ギアもだ。起動しようとか妙な行動をした途端に即攻撃が始まるからな。」


 言われた通りにバッグとポケット内のギアを床に置く。好奇心から相手の顔を勘づかれないようそっと覗いた。相手はフードがついた裾が膝ほどまで届く黒のロングコート、そしてガスマスクをつけていた。ラビに異様に薄く長い刃物を向けていた。


「言われた通りにしたぞ。」


 瞬間、ラビは両方の掌を重ね、掌からは青い光が発生した。ラビの左の袖から隠し持っていたギアが溢れ落ち、青い光に反応して拳銃に変形した。


「妙な行動をとるなと…」


一刀両断。『斬!』という効果音が出てもいいような勢い、そして威力で拳銃を切り付ける。拳銃は文字通り真っ二つになった。切断面は研磨した大理石のように綺麗であった。


「言っただろ?」

 

 ガスマスクはラビを押し倒し、首元に刃を突き立てようと振りかざした。だがラビは冷静に、何も感じていないかのように目を閉じた。


「諦めか?」「どうかな?」


 その時、拳銃の残骸は閃光を放った。ガスマスクは冷静を欠き、刃物から手を離し目を抑える動作をした。ラビが生成したのは拳銃ではなく、その形状を模した『閃光弾』だったのだ。

 周囲が酷く暗かったためか、ガスマスクはいきなりの発光で何も見えなくなった。ラビは少しでも動けるように光を直視しないように目を閉じたのだ。


「閃光ッ!!?拳銃の形状はフェイクかよ…!味な真似を…!!」


 体制を崩すガスマスク、一方体を起こし、相手の腹に膝で蹴りを入れるラビ。 ガスマスクは奇襲に倒れた…かのように思われた。

 ラビの膝はガスマスクの左腕に掴まれ、ガスマスクはメキメキと音が出るほど膝を握った。


「いッッ…!!」


 ラビは痛みから思わず唾液をこぼし、頭を後方に垂らした。


「お前の戦法、及第点ってとこだな。まあ戦闘アマチュア相手ならって話だがな。」


 ガスマスクは膝から手を離し、背中から倒れ込むラビを支えた。


「格上に小細工は通用しない。相手の力量軽んじるのはやめた方がいいぞ。それで死んだら金にもならねえ。」


 即、ラビの額に手刀を当て、気絶させた。


◇◆◇



 目を覚ますとラビの家だった。彼の家はスラムの辺境のアパートの一室で、部屋は四畳半ほどで畳と木を主体とした作りだ。布団の中で寝ているのに気づき起きあがろうとしたが、痛みから体をうまく起こせずため息をつく。


「…お粥?」


 横に目をやると白い湯気を纏う卵粥が木製の器に乗せられていたのが見えた。


「気づいたか?お前の家、周りの連中に聞いて運んでやった。もてなそうにも俺の船はあの惨状だ。」

 ガスマスクは枕元で片膝を立てて座っていた。


(…なんなんだよコイツは。急に襲ってきてその後丁寧にお粥まで作るとか情緒どうなってるんだよ?)


「侵入者を警戒するのは当たり前だ。気が変わって助けたのは無害と分かったからだ。餓鬼なら尚更だ。お前は俺がどうして急に態度を変えたのか不審に思っているだろ?」


 リーズは肩をすくめその場から立ち上がった。ラビはその動作と見透かしたような言葉に苛つきを覚えたが、浅く深呼吸をして落ち着こうとした。


「無害って…攻撃したんだが?一応。」


「俺からすれば無害なんだよあの程度。ならアレか?お前蝿とか蝶が周囲飛んでるだけで有害の敵認定するか?」


(虫の羽音と同レベル…?)


 ラビは何とか体を起こし、器を手に取る。目を凝らし、器を何度か手前側に回してみる。


「毒とか入ってないよな?」


「そんな非効率なことする暇があるならお前をあの場で刺し殺してる。何より餓鬼殺ったところで金にもならねえ。」


 ラビはウンザリしたような顔で木製の匙で口に粥を運ぶ。途端、ガスマスクと真反対の方に顔を向ける。予想していた卵粥の味と違い、それどころか不味いと言える味だったからだ。


(米ボソボソで卵焦げてるし多分コイツ醤油入れたな…殆どない食料で残飯紛いの下手物を作るな…とは言えないな…。まあ自炊したところで俺もこんなクオリティの料理しか作れないしこんなもんか。)


 顔を顰めながらもなんとか完食した。ガスマスクはその間家を探索していた。


「何で入った?」「……資材漁り。」「強盗か。」

「確かにそうなるな。よく考えれば。後なんで墜落したのかとか、乗船員のことが気になった。それだけだよ。」


「そりゃお気遣いどうも。そのお人よしさがお前の死因になりかけたがな。超人パラサイトでも入ってたらどうするつもりだった?」


超人パラサイト平たく言えばエイリアンであり、各個体が独自の生態を持つ文化を持たない知能生物。なお、ほとんどの個体が凶暴。一部狡猾なものもいるが、倫理の根本が違うためまともに言葉を交わすことはほとんど不可能。生物を捕食することで独自に強化される。様々な星が兵利用しようとしたが、どれも失敗に終わっている。

 マテリアの生成に関係しているとかいないとか。



「…遠い場所から来た船だって考えてたから…。中が危険だとかそんな事考えてもいなかった。」


「問題を他人事にするのはよろしくないなぁ。」


「反省してるよ…。ところで、あんたのことなんて呼べばいい?」


 ガスマスクはコートのポケットに手を突っ込み、ラビの枕元に座った。


「名前は色々ある。仕事の関係上な。だが一番気に入ってるのはリーズヴェルトって名だ。誰がそう呼んでたかは忘れたけどな。」


「リーズヴェルト…リーズでいいか。仕事?」


「まあ所謂何でも屋的な物だ。星から星へあちこちいく根無草な俺は、まあその星の連中のあれこれ叶えつつ金を稼いでたわけだ。今回はここに行こうとして、不時着したわけだ。超人パラサイトに襲われてな。」

 

超人パラサイト居たのかよ。」


「即殺害したぞ。だが野郎内部で暴れまくってエンジン部分とかモニターとか諸々の機械ぶっ壊してな。」


 『殺害』と言うワードをなんでもないことのように言い、掌でギアを転がすリーズ。ラビはそのギアを目にして衝撃を受けた。


「それ俺の!」


「お前が最後まで付けてたグローブのギアだ。お前が俺に対抗できたのもこれが原因みたいだが?教えろ。」

 そうしたら返してやる。とリーズが言う。

 顔に明らかな不機嫌さを浮かべながらも、ラビは逆らえる状況ではないと理解していた。


「俺は『改造者』って呼んでる、そのギア。簡単にいうなら機械を改造できるんだよ。その場で、工具がなくてもな。しかも普通に改造するより遥かに早く完成する。さっきのギアを拳銃型の閃光弾に変えたのもそれだ。」


「改造だ?このギア中心に動いてる宇宙じゃあ余りにも過ぎたチート能力じゃあねえか?」


 ラビは、驚いて若干気の抜けたリーズの手から『改造者』をひったくり、握りしめる。


「あ!貴様!」


「隙見せるからだ。それと、別にチートってほどじゃあないよ。制約が厳しいんだよこれ。」

制約

1、改造対象、または望む形状の設計図をほぼ完璧と言えるほど頭に思い浮かべる。

2、素材、質量は必要な分そのまま要求される。

3、1を満たしていたとしても実際使用者がそれらの作業を行うほどの技量がなければいけない。

4、使用回数が決まっており、上限を超すと2、3日間使用できない。(改造回数は6回)

5、『改造者』で生成したものは強度が比較的低くなる。


「まあパッとあげられるのはこの5個かな。」

 ラビはリーズの彼の背後に置いてあった自分のバッグをぶんどり、中身の安否を確認した。ラビが宇宙船内で落とした物を、リーズが拾って持ってきたものだ。殆ど正常に機能したため安堵の表情を浮かべるラビ。


「それ込みにしろ強力であることに変わりはないがな。成る程。それじゃあ俺が使えるわけじゃないんだな。奪うのはやめた。…このギアを扱える一つ頼みたいことがあるんだがいいか?」


「…何か聞き逃しちゃならんワードが聞こえた気がするが、何だ?」

 

 「アマルティ工学専門学校ってとこ案内してくれるか?」

 

 余りにも聞き馴染みのあるその場所の名を聞き、ラビは思わず空になった粥の器を落としてしまった。


◇◆◇


 翌日

 ラビはバッグと件のギアを握りしめ、高校へと向かった。リーズの横を歩くと普段死んだような顔をすして歩く周囲の人間も、恐怖を覚えたような顔つきになり、二人を避けて通る。


「俺は構わないんだけどさ、そのガスマスク外さないの?」


「それは可能だが、その場合この場の人間皆が危害を被る事になる。それでいいなら外す。」


「分かったそれ以上は聞かない。」(並々ならない事情でもあるのか…?)


 リーズの発言に首を傾げながらも詮索は無駄と悟り一旦マスクの件は頭から離すことにしたラビ。暫く歩くと、カビや錆で廃れたようなスラムとはかけ離れたような白くガラス張りな建物が目立つ活気あふれる街に出た。


「雰囲気がグルっと変わったな。学校はこの先か?」


「まあな。」


 そうして街を歩くと例の学校へとたどり着いた。ラビはリーズと共に普段とは別の来客用玄関から学校へと入る。廊下をすれ違う教師や生徒からは化け物でもみたかのような対応をされ、避けていった。


「ところで今聞くことではないんだが、何でここに?」


「この星に来た理由はこの学校のある先生から依頼を受けたからなんだ。要件は現地で話すってそれだけだ。宛名は確か…。」


 二人はとある教室前を通った。すると突然、その教室から怒号とも言える爆音、そして煙が爆発的に溢れ出した。その爆風に巻き込まれ、窓側の壁に、煙で顔がよくわからなかったが、煤を被った白衣の人が叩きつけられた。


「せ、先生!!アイン先生また何やってんの!?」

 ラビは白衣の人、アインに急いで駆け寄り、顔の煤を払う。


「アイン、そうだったそんな名前だったな。…は?」


「やあラビくん。…後ろの人は?そうか。どうやらこの人が君が昨日見つけた面白い物、そうだろう?君ならあの事故現場に行くだろうとは予想していたよ。それにしても校内をガスマスクで徘徊…、これは面白い。フムフム。」


 ニコニコと、さっきの爆発をものともせず平然と立ち上がり顎に手を当てリーズを舐め回すようによく観察するアイン。二人は思わずため息をつき項垂れた。


◇◆◇


「いや〜!先月ほど前に出した依頼の人だったかあなたは。失礼しました!ラビくんに影響されてギアを解体してたらマテリアのエネルギーによって吹き飛ばされてしまったようで…。」


「俺のせい?」


 先程まで煤や埃で塗れ、破損した器具が散乱していたアインの研究室。今は掃除用ギア、そしてラビたちの手によって20分もせず綺麗に片付いた。

 現在二つのソファで向かい合う形で片方はアインとラビ、もう片方にリーズが座っている。


「それはいいとして、本題に入りたい。何を俺に望むんだ?アイン…先生。あなたは。」


 どことなく子供のように抜けてはいるが呼び捨てにもしづらい、そんな奇妙な雰囲気を放つアインに、リーズも思わず先生とつけてしまう。

 しかし先程までの抜けた雰囲気とは打って変わり、


鉱洞ホール。この時代の宇宙に生きる者ならもちろん知っているはずだ。俺はあなたにそこの探索及び内部での人探しとギアの回収を依頼する。危険で不確定な内容なのは承知ですが、この依頼は俺にとって重要なことだ。」


 と、一層、いや何層にも増してシリアスさを持つアイン。ラビはいつもと違う彼に鳥肌が立った。


(アイン先生、まともな喋り方できるんだ。)

「…というか鉱洞ホールって、マテリアが採掘できるっていうあの?」


「200年以上昔、突如として惑星ホライズ周囲に発生した巨大な穴。探索チームは過去に何百と現れ挑んだが、帰ってきたのは累計七十人にも満たない。だがある一人が質の高いのマテリアを内部で採掘した。マテリア自体はそれより過去に不特定ではあるが産出はしていた。精々安物の宇宙船のエンジンとして使える程度のだが。そこから鉱洞ホールの開発が長い時間かけて行われた。道中その所有権を巡る戦争も幾度と行われた。現在では鉱洞ホールの浅い階層は人の居住区が構えられるくらいには発展しているが、そこもあくまで無限と言える先の見えない鉱洞ホール内部の世界の一里にすら程遠い場所ではあるけどね。」


 長く、比較的知的な台詞を長々と言うアインに開いた口が塞がらないラビ。

 

「…概要をペラペラとどうも。」


 リーズは腕を組み差し出された緑茶の注がれた湯呑みを掌の上で回す。アインは一度立ち上がり、研究室の自身の机から小型の金庫を取り出して二人の前に出した。


「俺がここを卒業して間もない頃、数人の友人と恩師と鉱洞ホールに探索に行った時奥地で拾ったものだ。」


 ダイヤルを正しい順序で回すと歯車が噛み合ったような音と共に金庫の隙間から白い煙が吹き出た。また爆発かと身構えた二人だったが、煙が晴れると薄茶色でシワだらけの細長い何かが姿を現した。二人は戦慄した。


「おいおい…、こりゃ腕かよ…。」


「俺の友達の一人、だったものだね。奥地のとある地点に行った時彼の体はまるでビニール袋かのように萎み畳まれていった。鉱洞ホールの持つ特異性にやられたんだよ。他の友人が急いで手を差し伸べたけど、彼の腕を引きちぎっただけだった。残ったのはそれだけ。」


 ラビは口を押さえる。人がこの腕のようになっていく様を想像し、気分が悪くなったのだ。


「俺たちは命かながら逃げ出したよ、何人かの友人と、そこで発見したギアを残してね…。強力且つ鉱洞ホールと肩を並べるほどの特異性をもつやつさ。」


「何人も犠牲になったのか…。ちょっと待って、発見?そのギアは誰かが作ったとかじゃあなくて?」


 自身が日頃触れ、改造しているギア、それが鉱洞という危険で歪で奇妙な世界で見つかった。そんな不可解なことを聞き、ラビの吐き気は薄れる。


「現在流通しているギアはかつて鉱洞ホール内部で発見されたあるシステム、ギアと全く同等のものをもとに作られたんだ。だから奥地に行くとギアを見つけるのも珍しくない。」


「もともと鉱洞内の誰かに作られたものってことか?」


「まだ未明だねそこら辺は。…話を戻すと、リーズヴェルト…さん、あなたには件のギアと友人を回収してもらいたい。それによって発生するであろう恩恵の半分を報酬として。」


「成る程。こんな奇妙な話、メッセージには書けないわけだ。だが了解だ。鉱洞ホール内の天然のギアの存在、荒唐無稽だが本当ならば俺にとっても美味しい話だ。」


 リーズは静かに立ち上がり、ラビを持ち上げた。


「引き受けよう。行くぞラビ。」


 ラビは宇宙に放流された猫のような顔をし、暫く頭が真っ白になっていた。


「何で俺も?ただの学生だぞ?」


「昨日の戦闘を見て、鍛えりゃいい手駒くらいにはなると思ってな。本人はともかくお前の扱うギアは文句なしのぶっ壊れだ。」


 首を依然として横に振るラビ。助けてと言わんばかりにアインを見つめるも、すでに彼はソファに顔を突っ込んで熟睡していた。


「疲れちゃったの!?この短時間で!?」


「学校には長期休暇で通しとくからなー。宇宙船は修理に出しといた。三日も経たないうちに直るそうだぞ。その間にお前の力をある程度把握しておきたい。帰って作戦会議だ。」


 ラビを引きずり研究室を後にするリーズ。


「分前は半分やるからな。安心しろ。」「金の問題じゃないんだが!!というか一個人の容量を超えてるだろこの依頼!本当に何でも屋だなアンタは!」

 ラビはリーズに抗いながらも、自身の心の深層から溢れる危険への好奇心に困惑していた。


◇◆◇


 荒唐無稽ではあるが、鉱洞ホールの謎、技術の革新にも関わるアインの依頼。つい昨日までただの学生だったラビは彼の所有する改造という特異なギアの力を利用されるため鉱洞ホール、マテリア、果ては宇宙の情勢を巡る争いに巻き込まれることになるのだが、それはまた別のお話。

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