月にマシュマロを投げた

藤泉都理

月にマシュマロを投げた











 なあ、じゃあさ。

 お願いがあるんだ。


 任務に失敗した私たちに向かって、男は言った。

 今宵の月のように、まん丸い目をして。











 探偵が朝食に欠かさず食べるものがあった。

 丸太型のプレーンマシュマロ十個と、その上にかけるプレーンヨーグルト大匙三杯だ。

 これと言ってお気に入りのメーカーはなかったので、プレーンマシュマロもプレーンヨーグルトも安い値段のものを通販で購入。セールなどに釣られず購入する量は期限内に食べられるように、けれど足りなくなっても困るので少しだけ多めに購入していた。

 

 一日たりとて欠かした事はなかった。

 これらの味に出会ってから一度たりとも。

 欠かした事はなかったのだ。




「………騒がしい」


 味わい深き二階建ての民宿の中庭にて。

 仲間である探偵の悲鳴怒号に竹刀での素振りを中断した剣士は、転がり落ちて来た探偵を睨みつけた。が、探偵はその殺気に物怖じせずに剣士に詰め寄った。

 プレーンマシュマロがない。と喚き立てながら。


「通販であんなに大量に買ったマシュマロがなくなった、と言うのか?」

「そうだよなくなったんだよあんなに大量に買ったのに泥棒が入ったんじゃないかマシュマロの護衛はどうした護衛は!?」

「マシュマロの護衛の任を引き受けた覚えはない」

「知ってるよ!」


 片眉を僅かに震わせた剣士は竹刀を腰に携えると腕を組んで言った。

 天使が全部持って行ったのではないか。と。


「まったく。泥棒よりも先に思い当たる相手が居るだろうが」


 砂埃を立てながら去って行った探偵の後姿を横目に、溜息をついた剣士は竹刀を手に取り素振りを再開させた。




「てーんーしーちゃーんー」

「あ~。探偵君。おはよう~」


 民宿近くの川辺にて。

 ほわほわと話しかける天使に、ああ今日も可愛いなと、いつもならば抱く感想が生まれさえしなかった探偵は、天使の傍に置かれた五箱の段ボールに駆け寄って中を確かめた結果、絶望の淵へと落とされた。


「あ~~~。ごめんね~。死霊ちゃんたちが食べたいって言うから。景色のいい所で食べようと思って~。でもまだマシュマロはあるからよかったよね~」

「マシュマロは、まだ、ある?」


 天使に首を傾げられて告げられた言葉に、探偵は一瞬にして絶望の壁をよじ登り現世へと舞い戻って来た。


「うん。ほらあ~。ぼくたちが泊まっている部屋の台所の。下の戸棚の下板をぱかって取って~。テーブルの横に出現する小さな冷蔵庫の中に。段ボール一箱分のマシュマロを入れておいたよ~」


 え、そんな仕掛けがあったの。

 なんて驚く暇もなく、探偵は民宿に向かって走り出した。


「え~。君も~。探偵君みたいに~肉体がほしいって~?」


 先ほどマシュマロをあげた死霊にそう言われた天使は、だめだめと首を振った。


「ぼくと剣士君でも成仏させられなかった探偵君は、特別なんだよ。君みたいに弱っちい子には、肉体はあげられない。ん。そう。びっくりだよね。よっぽど現世に未練があるんだろうねえ。けど、本人も記憶がないし、調べてもまったくわからないんだもん。君たち死霊にも手伝ってもらっているのにね~。もうお手上げ~。うん。わかっている事はたったの一つ」


 探偵だって事。








 なあ、じゃあさ。

 お願いがあるんだ。


 任務に失敗した私たちに向かって、男は言った。

 今宵の月のように、まん丸い目をして。


 諦めないでさ。俺を成仏させてください。それまではさ。あんたたちの手伝いをするからさ。あ。肉体がもらえるならもらいたいな~。








「あ~~~。うんめえ~~~」


 天使に教えてもらった通りにして出現させた小さな冷蔵庫からプレーンマシュマロを手に取った探偵は、硝子の丸い器に十個入れて、その上からプレーンヨーグルト大匙三杯をかけ、その大匙を使って食べては相好を崩したのであった。




「探偵。依頼人が来た」

「はいはいっと」

「さあ~て。今日はどんな依頼かな~」


 剣士と天使と共に探偵たちが泊まっている民宿の部屋の中に在る居間へと誘った探偵は、個包装されているチョコ入りのマシュマロを依頼人に勧めながら、依頼内容を尋ねる、前に、依頼人に尋ねた。

 俺の事、知りませんか。と。











(2023.7.13)



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月にマシュマロを投げた 藤泉都理 @fujitori

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