第136話:二人の速度
「お、ヒーローが戻ってきたぞ」
私が校門まで四苦八苦しながら戻ると、クラスメイトが全員集合していた。
みんな暗い顔をしていて、唯一ふっきーだけが明るい表情で笑っていた。
「……何でみんないるの?」
ふっきーに校門での待ち合わせを持ちかけたのは私だ。
他の子たちは体育委員じゃない限りそのまま解散だったから、もうほとんど帰ったと思ったけど…。
「みんな春に言いたいことがあるらしいぞ」
変わらずふっきーが嬉しそうに言う。
集団の中から体育委員の女の子が一歩前に出てきた。体操服をもじもじと両手で引っ張って、何か言いにくそうにしている。
そんなことよりも、体操服が伸びるとおっぱいが強調されるからやめて欲しい。あと、ふっきー。さりげなく見るな。
「えっと……城さんに謝りたくて」
体育委員の子がそう切り出す。
「私、自分のことばかりであんなこと言っちゃったけど、実際走る姿見て感動しちゃった」
……正確に言えばそれは私ではないけど。
「練習中も実はこっそり覗いてたんだ。結局不木崎くんにセクハラするんだろうって思って。でも、全然違った。タイムにこだわって、本気で取り組んでるのがすごく伝わってきた。あんなこと言った私自身が一番浮ついてたよ」
……え!覗かれてたの!?
あ、あぶな……。良かったー!ふっきーの胸板とかさりげなく触ったりしてなくて。誘惑は何度もあったが、何とか振り切ったのだ。
「しかも、スタートダッシュおかしかったし…怪我してたんでしょ?それなのに、あんなに笑顔でゴールした姿見て、私ちょっぴり泣いちゃった。女なのに情けないよね」
体育委員の子が言うと、他の子たちも感動したのか同調するように頷いている。
あ、それは私じゃないです。
加えて言うなら、その時私も冬凪先輩の胸の中で号泣していた。
よくよく考えたら私男の人の胸の中で泣いてたのか…。数か月前の私なら想像もしないシチュエーションだろう。
恐らくその事実をここで暴露すると、私の足は再起不能になりそうなので黙っておこう。知らない方がいい事実もあるのだ。
「ごめんなさい……許してくれない?」
「「「「「「ごめんなさい!」」」」」」
体育委員の子につられて、みんなが謝ってくる。
別に今回の件はクラスメイトが悪いとは一つも思っていない。私とふっきーがけしかけてしまった問題なのだ。体育委員の子がした反応も、何だったら普通の反応で、高を括っていた私が悪い。
「全然いいよ。私もちょっと出しゃばってごめんね」
「ちょっと……?」
「……だいぶだったかな?」
私たちはお互いの顔を見合わせて笑う。
もう大丈夫だ。女は喧嘩をしたらこうしてすぐに仲直りをするさっぱりとした関係なのだ。男の子はかなり長引くらしいけど。
「それじゃ、不木崎くん。ちょっと女同士で話したいから、少し離れててくれない?」
体育委員の子が笑顔でふっきーに言う。
ふっきーも笑顔で快諾して、仲良くな―!と言いながら少し遠くの方へ移動した。
さて。
ここからが本音なのだろう。
私とクラスメイトに緊張が走る。
お互い、先ほどまではふっきーという男子がいる場でのやり取り。
実際、先ほどまでの話も本音なのだろうが、わざわざ人払いをしたのだ。他に何か言いたいことがあるに違いない。
私は足を怪我しているし、逃げることもできない。
腹をくくるしかないようだ。
体育委員の子がゆっくりと頭を下げていく。
ビシッと美しい90度に曲がったところで、彼女は大きく息を吸い込んだ。
「ありがとうございましたッー!!!!」
え…?
「「「「「「ありがとうございましたッー!!!!」」」」」」
クラスメイトも同様に頭を下げる。一体何が起こってるの…?
そのまま体育委員の子が手を口元に当てて、小声で話し始める。
「私たちがあんな反抗したって言うのに、不木崎くんの透け乳首を見せてくれるなんて、やっぱり私どうかしてた」
「私たちじゃたどり着けない領域にいとも簡単に達してしまう…」
「しかもそれを分け隔てなくお配りしてくださる…」
「私も今日ので双子になったと思う」
「「「ありがとうございます…」」」
これではまるで崇拝の領域だ。私は神か仏の生まれ変わりなのかと言うほど、クラスメイト全員が平服している。
どうやら、冬凪先輩の作戦が思わぬ副産物を生んでしまったらしい。
確かに、男の透け乳首なんて、お願いしても、何だったらお金を払っても見られるものじゃない。刑務所行きのチキンレースだ。
それを高校の1年にして経験できたのだから、私もふっきーと関わってなかったら感無量で涙を流していただろう。
……これは利用させてもらおう。
「いいんだよ。やっぱり楽しいことはみんなと共有したいなって思って」
「か、神だ…!」
「私たちはなんであんなことを」
「やっぱり春がベストフレンド!」
「お腹の子もパパの乳首見られて喜んでる…」
でも、客観的に思うこともある。
……私を含めて、女ってやっぱり馬鹿ばっかりだ。
「ふっきー、おまた」
私が電柱柱に寄りかかっているふっきーに声をかけると、つけていたイヤホンを外して笑顔で迎えてくれる。話を聞かないようにわざわざイヤホンつけるとは…相変わらず律儀な人だ。
「おう、良かったな。仲直りできて」
「うん」
私たちも歩き始める。一応怪我した足の方だけ松葉づえをついているので、歩くスピードは遅めだ。……それなのに、この男はさりげなく合わせてくれる。きっと私が手伝ってと言わない限り手も貸してくれないのだろう。本当に心臓が苦しくなることを平然とした顔でしてくる。
「ふっきー。今日はごめんね」
「何のことだ?」
「種目選びで無理やりふっきーを選んだことと、怪我のこと隠してたこと」
私が言うと、少しふっきーは不機嫌な表情になる。
どうやら思い出させてしまったらしい。
「別に種目選びについては怒ってない。ただ、怪我を隠してたのはダメだ」
「うん……ごめんね」
「もう怒ってないよ。ただ、次はちゃんと教えてくれ。俺も今回の件みたいな軽率な発言は慎むから」
「……わかった」
一生懸命杖をつきながら歩くのは意外としんどい。
シリアスに謝っているのに、なかなか集中できない。一度止まってから言えば良かったと後悔した。
「歩きづらそうだな」
「……まぁ、松葉づえ初めてだし」
「俺もやったことないな。どんな感じなんだ?」
「……脇がちょっと痛い」
「ふーん……」
脇で固定しながら杖をつくので、圧迫されて結構痛い。
ただ、痛めた足で歩くよりマシだろう……多分。
「……」
ふっきーが押し黙って私の杖をチラチラと見る。
喉に魚の骨でも引っかかっているかのように、何か言いづらそうにしている様子だ。
恐らくだが、私の補助をしたいのではないだろうか。
ちょっと前ならこんなの自意識過剰だと、思ってしまったが、ふっきーと数か月過ごした今、なんとなくこれが正解のような気がする。
この人は人に優しくしないと死んでしまう病気にでもかかっているのだろうか。
私は意を決して口を開く。
「ふっきー、嫌じゃなかったら肩かしてくれない?やっぱりまだ慣れてなくて」
そう言うなり、ふっきーは嬉しそうな顔をしながら立ち止まり、私から松葉づえを奪い取る。
そのまま私の腰に手を回して固定した。
「全く問題ないぞ。家まで送るからな」
あまりに素早い行動で、思わず笑いそうになる。
私を以前犬呼ばわりしていたが、ふっきーだって今立派な忠犬のような立ち振る舞いだ。
私の腰に当たるふっきーの手の感触がまだ記憶に新しい。
嬉しい気持ちと心地よい感覚で、脳内が幸せに包まれる。
「ふふふ…」
我慢していた笑いが漏れ出てしまった。
それを見て、ふっきーが怪訝な表情をする。
「変なこと言ったか……?」
「あ、えっと……二人三脚みたいだなって思って」
私がごまかすように言うと、ふっきーが今の状況を確認して、ぷっと噴き出した。
「本当だな。速度は大分遅いけど…」
つられて私ももう一度笑う。
これでいい。この速度がいいのだ。
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お読みいただきありがとうございます。
今回で体育祭編は終了となります。一区切りですね。
ストックも心もとなくなってまいりましたので、ここいらで少し休暇を頂きます!
イラストも最近は全然投稿できてないし、まずはそっちからですかね…。
ぽちぽちイラストできたら投稿します!
ちょっと前に休暇取っただろ!と思われるかもしれないですが、あれは改稿に次ぐ改稿でまともに休めなかったので今回は本当に休暇なんです。。。
また、今回はエッチ成分もかなりマイルドになってまいりましたので、断腸の思いで成人向けの小説を読みますね!本当は読みたくないんですけど!断腸で!
あべこべ世界でも純愛したい ひらめき @hirame_kin
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