第135話:新たな一面
side.
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私が学校に戻ってきたときには、終盤に差し掛かっていた。
今日のヒーローである冬凪先輩は妹と抜け出してファミレスに行ってるらしい。まぁ、あの妹さんの感じからおそらく連れ出されたのだろう。
ふっきーには絶対に言わないように、と念押しされた。別にいいのでは…とも思ったが、好きな人の前では清廉潔白でいたい、という気持ちはわからなくもないので私も尊重することにする。……今度ちゃんとお礼しよう。
「春ちゃん、大丈夫だった?」
霞さんが私とお母さんにお茶を差し出す。
お礼を言いながら受け取り、私は問題ないことを伝えた。
そもそもただの捻挫なのだ。普通の女だったら病院に行くまでもない。
しかし、私は普通の女ではなく、インドアな女。普段怪我をしない分、こうして大事になっているだけの話……正直ちょっぴり恥ずかしい。
「ギブスまではいかなかったみたいだな。せっかく絵を描いてやろうと思ったのに」
「ふっきーの絵はあのしおりで十分だよ……」
悪いけどあの絵だけはやめて欲しい。目が覚めたときにも目の前にいるとか恐怖でしかない。
ふっきーも他に出る競技がないため、私たちと遅めのお昼に参加している。
……男の子というのは本当に自由が許されるなぁ。女だったら先生に連れ戻されてるところだ。
「この人が私のお姉ちゃんね。春お姉ちゃんって呼んでもいいよ!」
「……春ねえ」
「そ、その呼び方はダメ!私も使ったことないし、なんか可愛い!」
一方、椿と白髪の女の子はかなり仲良くなったみたいで、ずっと一緒にいる。
言い合いをしてるようだけど隣から離れないところを見ると、お互い相性はいいみたいだ。保健室登校の椿にはありがたい存在だ。
「えっと、ふっきー、この子は?」
「あー、俺の従妹の陽乃ちゃんだ。以前道場行った時に一緒に修行した子。ちょっと話した事あったろ?」
ふっきーの説明に、一瞬にして記憶がよみがえる。
「あー……あの従妹ね」
ふっきーの初チューを奪った女の子だ。
……まぁ、その後私が上書きしたから別にいいけど、あまりいい気分はしない。お腹がソワソワしてしまう。
「……こわい」
「ちょっとお姉ちゃん!あんまり陽乃を威嚇しちゃダメでしょ!」
私から圧が出てしまったのか、陽乃ちゃんという女の子がプルプルと震える。
……本当にこの子があんな大胆なことを?小動物にしか見えない。
にしても、初対面で威嚇するのは確かによろしくない。何だったらここには血縁者の霞さんもいるのだ。確認のため隣を見ると、霞さんはニコニコと私のご飯を取り分けてくれていた。……天使か。
浄化された私も表情を崩してなるべく笑顔をつくる。
「ごめんね。椿と仲良くしてくれてありがとうね」
そう言うと、少し表情を柔らかくした陽乃ちゃんが何度も頷いた。
「……いいの。私の方がお姉さんだから」
「違うから!同い年!同い年だから!」
「……はぁ」
「何でちょっと馬鹿にしたようなため息つくの!納得いかない!ふっきー!何とか言ってよ!」
「何とか」
「もぉおおおお!」
珍しく椿が劣勢だ。ちょっと面白い。
二人の漫談を肴に霞さんがつくってくれたお弁当は、一口食べるだけで幸せになれる味だった。
お母さんも、話そっちのけでお握りを貪っている。霞さんを養子にしたいとか言い出さないといいけど…。
……それにしても今そんなにガッツリ食べたら、今日のお寿司は夜中になりそうだ。
閉会式も滞りなく終わり、男性絡みの事件もなく体育祭は終了した。
毎年事案が発生していたから、ある意味快挙なのではないだろうか。
……ふっきーが透け乳首という逆事案を巻き起こしたからなかったのかもしれないけど。
後は、体育祭の片づけが待っているんだけど、怪我をした私は免除となった。池田さんがやたら機嫌が良く任せろと言っていたのが謎だが、ありがたく甘えることにした。
今の私では椅子を運ぶのだけでも一苦労だ。
「今日は歩いて帰るから、お母さんたち先に帰っておいて」
「貴女怪我してるのよ?」
帰り支度の終わったお母さんが腕を組んで少し眉を上げた。
おそらく私を車に乗せて帰ろうと待っていたのだろう。申し訳ない…。最初に言っておけば良かった。
「でも…歩いて帰りたいの。ほ、ほら、体育祭は帰るまでが体育祭って言うし」
「それは遠足でしょ?」
お母さんが呆れたように言う。う、うるさいな!
その会話を聞いていた椿が横からヌッと入ってきた。
「お母さん、わかってあげなよ~。ほら、きっとふっきーと帰りたいんだよ。このムッツリスケベ!」
ニヤニヤ笑っている椿に私は何も言い返せなかった。図星だ。でも、ムッツリスケベではない。
今回の一件を帰り道で謝りたいのだ。元はと言えば私が言いださなければ起きなかった話だし、怪我を黙っていたのもふっきーはかなり怒っていた。
ふっきーばかり責めてしまったけど、振り返ればほとんど私が悪い。
「足は怪我してるから、襲う心配はなさそうね」
「私をなんだと思ってるの…?」
「椿が言ってたじゃない」
「くっ……」
この二人が揃うと何も言い返せない状況に追い込まれる。二人からは自分から追い込まれにいってるんだよ、と言われるが…絶対にそんなことはない。
「それじゃ、先に帰ってるね~!ほら、陽乃いこっ」
「……うん、ちょっと待って」
影が薄かったが、陽乃ちゃんも居たらしい。
どうやらお母さんが送るみたいだ。
「……またね、春ねえ」
一言そう言って陽乃ちゃんがすぐに戻っていく。
……なに、可愛い!あの子可愛い!
お母さんがすっごく小さくなって、素直になったみたいな子だ。
無表情なところとかそっくり!
かなりバイアスのかかった目線で見ていたが、こうして関わらないとわからないこともあるものだ。
椿がそれズルい!と言いながら陽乃ちゃんと車に入っていく。
「気を付けるのよ」
「うん。今日はありがとう」
私もお礼を言うと、お母さんが少しほほ笑む。
お母さんもきっとそうなのだろう。こうして一緒に過ごさないとわからない一面が見えてくる。
私は駐車場で車が出ていくのを見届けて、ふっきーの元へ戻ることにした。
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