懐古
西順
懐古
死亡通知が届いた。高校生時代の先生が亡くなったのだ。知っていた。先生の死はテレビで取り上げられていたからだ。担任生徒に刺されたのだ。
テレビではセンセーショナルに報道されていた。『体罰教師が恨みを買って刺された』と言うのが見出しの大半で、コメンテーターたちの意見は体罰教師に否がある派とそれでも刺してはいけない派で分かれていた。
常識と言うか、法律と照らし合わせれば、これは殺人になるのか、それとも体罰と言う暴力に対する正当防衛だったのか。
教師を刺した生徒の弁護士は正当防衛を主張していたが、場所が学校で、生徒が家から持ってきたナイフで殺した。と言う所が裁判の焦点になりそうだ。と情報番組のMCが言っていた。
先生は確かに暴力教師と呼ばれてもおかしくない。俺が高校に通っていた当時から、悪さした生徒にゲンコツを落としていたからだ。だがそれは悪さをした生徒に対してであり、一般の生徒にまで暴力を振るうような理不尽な教師ではなかった。
そんな先生と俺が仲良くなったのは、先生のキーホルダーに、当時流行っていたバンドアニメのグッズが付いていたからだ。
「先生そのアニメ好きなんですか?」
「嫁さんがな。付き合って観ていたら俺までハマっちまったよ」
などと苦笑し、それから俺と先生は良く話すようになった。
尖った奴の多い学校だったから、正しく一般人だった俺は、肩身の狭い学校生活を送っていたのだが、高校で一番怖がられていた先生と仲良くなった事で、俺は他のスクールカーストの低い生徒たちとは違って、イジメに遭うような事もなく、高校の三年間を過ごす事が出来た。
俺がアニメーターの専門学校に行くのを親に反対された時に、味方に付いてくれたのも先生だった。お陰で俺は今アニメーターとして頑張れている。
高校卒業後、先生との付き合いは年賀状だけのやり取りとなっていたが、俺がアニメーターだと言うのがあり、先生の奥さんが同人に手を染めている人と言う事もあり、ともに気合の入った年賀状合戦を良くやっていたものだ。
あれから十年。動画から原画となり、重要な場面を任されるようになってきて、アニメーターとしてはこれから脂が乗ってくると言う時に、先生の死亡をテレビの報道で知った。本音を言えば葬式に行きたかったが、地元が地方である事と、先生が好きなアニメの二期を現在進行系で制作中である事、俺が始めて作画監督の一人としてこのアニメに関わり、俺の私用で穴を空ける事を躊躇われた事で、先生の葬式に出ないと決めた。行けない旨は電話で奥さんに伝えておいた。
人の噂も七十五日。あれだけ世間で騒がれていた体罰教師と不良生徒の話題も、今や人気女優と歌手の結婚話一色になっている。そんな中、俺は仕事が一段落付いたのを見計らって、先生の家に弔問に訪れた。
初めて訪れた先生の家で、初めて会った先生の奥さんは、痩せてはいたが元気そうだった。玄関先でお悔やみの言葉を述べ、土産を渡した俺は、仏間に通され、先生の写真が飾られた仏壇に香典を置いてから、線香に火を灯して手を合わせる。
一連の事を終えたら、すぐに帰ろうと思っていたのだが、先生の奥さんに呼び止められた。見せられたのは俺が出し続けてきた年賀状の数々だ。
「今年は駄目だけど、今後も、年賀状くださるかしら」
「分かりました」
と返事をした所で、俺は渡していないものがあったのを思い出して、自分のバックを漁り、ここに来るまでの電車の中で描いた色紙を取り出した。
俺の描いた色紙を見て涙ぐむ奥さん。色紙の中で先生が満面の笑みをみせていたからだ。
懐古 西順 @nisijun624
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