第4話

 私の考えたことが世界に反映されるのだとしたら――……私は売れっ子作家である! と断言したらどうなるんだろう?

 これは考えるだけじゃなくて、タブレットに入力しないといけないのかもしれない。だけど、さっきの体温が奪われていく感覚は文字にしていない。だったら、考えるだけで――想像するだけで――創造される?

 同人作家としてやっていくのも良いけど、私はプロの作家になりたい。出版社に所属して担当編集者と共により良い作品を……と考えている間に周りの様子が妙なことに気付いた。視線を感じる。それも多くの。

 辺りをゆっくり見回す。カフェ中の人が私を見て小声でなにかを話している。

 そうしている間にも、すっかり私の好みの容姿に変貌した店員さんが話かけてきた。

「小鳥遊先生。サインを頂けませんか?」

「え。は、はい!」

 先生呼びをされた!

 本当に、私は売れっ子作家なんだ! それならデビュー作はファンタジー作品の『ゆめのはざま』かな。あれは私の中で最高傑作だから、きっとそうだ。

 店員さんは色紙とサインペンを持って来る。本も持ってきた。パステルカラーのゆめかわいい表紙で、私の想い描いたままの『ゆめのはざま』だった。

 これは店宛てに書いている間に、他のお客さんからもサインを頼まれるのでは?

 そう考えると、我先にと言いたげにカフェ中の客が詰め寄ってきた。何十人も続けてサインを書き続け、私は疲弊した。私の疲れがわかったのかサインを求めていた人々が引いていく。それは押し寄せては去る波のようであり、実にあっさりしていた。

 会計を済ませ、店を出る。とっくに雨は止み、太陽がアスファルトを照らしていた。蒸発した水分が肌にまとわりついてくる感覚がする。

 家へ向かい歩みを進める。背後から人がついてきていないか注意が必要だと思う。売れっ子なら、ストーカーがいてもおかしくない。SNSで何度ブロックしても粘着してくる人もいるくらいだから、注意しないと。

 何度も後ろを振り返りながら歩いているうちに日は傾き、電信柱の影が斜めに長く伸びている。西日がきつくて暑いので、私は日陰を歩くことにした。

 子ども達が影がある場所だけを歩く遊びをしている。影ではない場所を踏むと地面からサメが出てきて死ぬらしい。

 微笑ましいなぁと眺めていると、ひとりの少女が影から出たようだ。他の子ども達が「サメに食われる!」と叫んでいる。次の瞬間、私の目の前に赤い花が散った。方々に飛ぶ赤い液体は、空よりも赤く、黒いアスファルトを濁らせた。少女の体を咥えたサメがこちらを見やる。その瞳のなんと恐ろしいこと。

 もうあの少女は助からないのだろう。サメはそのまま地面に潜り、残されたのは赤い飛沫のみだった。共に遊んでいた子ども達は誰もが冷めたような眼差しをしており、誰も少女がいなくなったことに対して悲しむ様子を見せなかった。

 私も影から出たらサメに食われるのだろうか。否、断じて否。そんなことはない。私は光の元を歩くことができる。サメは現れない!

 祈りを込めつつ、影の途切れた道へ足を踏み出す。

 なにもおこらない。

 それはそうだ。私は、光の元を歩くことができるのだから。

 子ども達は私が影の無い場所を歩いているのが不思議なようで、影を踏みながら後をついてきていた。だが、やがて影は途切れてしまう。

 子どものひとりが言った。

「あのお姉さんが歩けるなら、サメは出てこないんじゃないか」

 もうひとりの子どもが言った。

「それならおまえは影から出てみろ。今に食われるぞ」

 言い出しっぺの子どもが影から足を踏み出す。

 ああ、私の真似をしてはいけなかったんだ。

 影から出るとサメに食われる。

 それは、子ども達が決めた約束ルールであり、この世の理なのだから。

 断末魔を背にしながら、私は確信した。

 私の想像は、必ず、創造される、と。


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